第64話・紅竜の家出(家出の理由なんて人それぞれだけど)

 「あたらしいお母さんがこわいひとなの」


 まあ何があったか知らないけれど、事情も聞かずに官憲に突き出すのも大人げないか、と話くらいは聞いてあげることにした。

 夜になって人通りも絶えるこの辺りじゃあ物騒だし、かといって一部でちょお有名なわたしが一緒じゃあ、人通りの多い場所で、ってわけにもいかないし。

 ってことで、結局どっかの家の屋根の上を拝借することに相成ったわけだ。どこの誰だか知らないけれど、ひととき場所をお借りします。なんか家の中は静かだったから、留守中なのかもしれないけれど。

 双子は屋根の上になんか登ったのは初めてらしく、今の境遇を忘れてきゃいきゃいとしばし騒いでいる。ま二人同時に、っていうのが流石に無理で、まずは姉の方、続いて妹の方と屋根の上に引っ張り上げてた時の不安そーな顔はどこに行ったのやら、って話だ。


 『どお?なんか悩みとか忘れられるんじゃない?』

 「そーだねえ…」

 「うーん…」


 石造りの二階建ての家の上、板葺きの屋根はそれほど角度も無くて、腰掛けていれば転がり落ちる心配もそうそう無い。姉のニモアはもとより、妹のルクナも、人心地ついたって顔になって、それほど灯りもない夜景より頭上に何も無い夜空を見上げていた。

 意外と、本当に意外だけれど、この世界の人たちは夜空に思いを致す、なんて真似をしない。いや割かし裕福な人々はするんだろうけど、都市の住人にそんな余裕はないみたいだ。

 三周目、お嬢さまが亡くなってから方々を旅してた時に出会った数少ない人たちは、特に変わり者だったみたいで野営地で星のことを語ったり、わたしが知ってる地球の常識を聞かせたりしたものだ。


 「お空きれーだね、おねーちゃん」

 「そうだね」


 …でも、街の人たちにとって空は狭いものだから、なのかもしれないな。少なくともわたしはそう思いたいよ。そこにある夜空を見上げてしばし苦労とか悩みを忘れることもない、だなんてさみしいものじゃない。


 『ちょっとは落ち着いたかね、子どもたち。それでなんで家出なんかしたの教えてくれる?』


 かといって、そこでしんみりし続けてるわけにもいかなくて、わたしは当面の問題ってヤツに触れる。

 あたらしいお母さんがこわい、ってどーゆーことなの。


 「……トカゲさん、あたしたちのこと怒るの?」

 『怒ったりなんかしないわよ。大体、わたしだって家出の最中なんだから。あとトカゲ呼ばわりはいーかげんにやめい』

 「えーっ、トカゲでしょー?」


 ちがうっちゅーに。

 不満を示すために口を開けて威嚇してみたけれど、双子はきゃっきゃと喜ぶだけ。でもまあお陰で家出を叱られることへの怖れみたいなのは無くなったみたいで、それからは落ち着いて自分たちの今の境遇を、たどたどしく話してくれた。

 それは、よくあると言えばよくある話ではあった。

 病気で生みの母親を亡くしたこの子たちには、要領は良くないけど優しい父親がいた。その父親は後妻としてとある女性を迎えたのだけど、どうも子ども好きとは言い難いひとだったようで、なかなか懐かない先妻の二人の子どもを些細なことで叱りつけたり、時には叩いたりということが続いた挙げ句、この二人はもう家に居たくないと家出をすることにした……って話みたいだった。


 『あんたたちのお父さんは、その新しいお母さんに何も言わなかったの?』

 「……だって、お父さん、あたらしいお母さんといっしょにいるとわらってるんだもん。お父さん、こまらせたくない」

 「うん……お母さんいなくなってからね、お父さんすごくかなしそうだったの。でもあたらしいお母さんきてから、お父さんよろこんでたみたいだから……」

 『そっか』


 …正直言ってね、この子たちの話だけで全部を判断するのが良いとは思えないんだ。わたしにとっては赤の他人でもあるのだし、それにここでわたしが『おらこのクソ親父ぃっ!てめえのガキにこんな真似させた罪を自覚させたろかワレェッ!!』……とか怒鳴り込んだって、何の解決にもなりゃしないのだ。

 一番は、この子たちが自分で家に帰る切っ掛けをつくって、それで一家仲良くなることだろう。まあそれが簡単に出来りゃー苦労はしねーってもんだけど。


 『家出したのはいいんだけどさ、あんたたちこれからどうするの?』

 「……わかんない。でも、あたらしいお母さんこわいし…」

 『お父さんは?やっぱりこわい?』


 シンクロした動きで首をふる双子。お父さんのことは好きなんだろうけど、それだからこそお父さんと仲の良い(ところを見せる)後妻にいびられてるとか言えないんだろうなあ。

 でもねー…。


 『あんたたちはお父さんのことは好きなんでしょ?お父さんを悲しませたくないからって、家出しちゃうくらいに。でもさ、あんたたちがいなくなったことを知ったら、お父さんは喜ぶかな?悲しむかな?』

 「………わかんないよぉ…トカゲさん、むつかしいこときかないで」

 「お父さん、あたしたちのことはだいじにしてくれるの。だから、しんぱいはさせるとおもう…」


 双子、っていっても姉と妹の立場はそれぞれに考え方の違いを生んじゃうのかもね。さっきからむずがるようにしてるのが妹のルクナ。割としっかりした受け答えをしてるのが姉のニモア。

 じゃあ。


 『ニモアはお姉ちゃんなんだよね。ルクナのこと、好き?』

 「うんっ。あたりまえだよ」

 「あたしも!あたしもおねーちゃんのことだいすき!」

 『あはは。仲が良くていいよね。じゃあさ、ニモアはルクナがお姉ちゃんに何も言わずにどっか行っちゃったら……どうする?』

 「だめだよルクナ!かってにいなくなったら、あたし泣いちゃうよ!」

 「いなくならないよぉ。おねーちゃん、だいすきだもん!」

 『だよね。じゃあ、さ。二人がいなくなったら、お父さんがどう思うか……考えてみよ?』

 「え……えーと、うーん……」

 「お父さん……」


 ……我ながら卑怯な話法だとは思うけど、子どもながら自分で考えて、答えを出すというのは大事なことだと思う。

 好きなだけじゃ世の中やっていけない。好きを好きなままでいられるほど、世の中簡単じゃない。

 だから、そんな自分の好きとどう向き合うのか、折り合いを付けるのかってことの繰り返しなんだよ。人生ってやつはさー。

 わたしは、生前…て言い方も最早アレか。とにかく、日本でサラリーマンやってた時は、簡単に好きとか言えなかった。いや好きなものはあったけれど、他人にそれを教えて好きを共有するとか、他の人の好きを受け入れたりとか、そんなことが出来なかった。

 今でこそお嬢さまやネアスのことが大好き、とか言えるけれどさ、それだってすぐにそうなったわけでもないし、紅竜の身で簡単に吹聴出来るモンでもないってのは、今でも変わらない。

 そう考えたら、絞り出すように、苦しげに、自分の「好き」をわたしに明かしたネアスのことを思い出した。

 ネアスは、自分のものとも言い切れない何かに突き動かされて「好き」を手に入れた。わたしのせいだとしても、そう抱いている感情だけは、確かにネアスのものなのだと思いたい。勝手なことを言ってると我ながら思うんだけどね。

 だから、わたしが怖れたのは、ネアスが苦しくて自分の「好き」を投げ出してしまうことで、三周目のわたし自身がネアスに否定されたと思えてしまうことなんじゃないだろうか、って。


 『……やっぱり、お嬢さまやネアスと話さないとダメなんだろうなあ』

 「トカゲさんっ!!」

 『わひっ?!』


 と、自分の家出の理由をあーだこーだ考えてたら、妹のルクナの方が立ち上がってわたしの手をとっていた。手というか、爪の顕わなウロコだらけの前脚だけど。


 「あたし、お父さんがしんぱいだよぉっ!」

 「……うん。あたしも、ルクナがいなくなったら、ってかんがえたら泣きたくなっちゃった……だから、お父さんもあたしたちがいなくてしんぱいしてると思うの」

 『あ、ああ、うん。そうだろうね。きっと今頃、二人を探しにいってるんじゃないかな』


 勢い付いた双子の勢いに呑まれて、なんだか曖昧な笑顔になってしまう。こっちの表情なんか分からないだろーから気にするこたーないんだけどさ。


 「おうちかえるよ!おねーちゃん!」

 「そうだね!それで、おとーさんあんしんさせよ?」

 「うんっ!」


 まあ、そういうことになったらしい。

 この先どうなるかなんて分からないし、新しいお母さん、って人がどんな人なのか分からない以上、安心できる、だなんて簡単にも言えまい。


 『……じゃあ、二人のお家まで送ってあげるよ。いいかな?』


 だから、わたしに出来ることくらはしてあげようと、そう思ったのだった。

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