第58話・なつがっしゅくっ!! その7
「別にわたくしについてくる必要はないと言うのに」
『わたしがお嬢さまに引っ付いてきたかっただけなので、好きにはしてますよー』
「わたくしだってたまには一人になりたいこともあるわ」
そう言いながらもお嬢さまは悪い気はしないみたいで、朝食後のお散歩めいたお出かけの足取りに、昨日までひーひー言いながら課題に取り組んでいた様子は微塵も感じられない。
ちなみに今は、お嬢さまも久しぶりという街中を、わたしは並んで歩いてる。いやわたしは浮かんでるんだけど。
通りすがるのは当たり前だけどブリガーナ家に大なり小なり世話になってるとゆー住民たちばかりだから、お嬢さまが誰か分かると愛想良くアイサツはしてくる。隣に浮かんでるわたしを見ても、驚く人は少ない。
というのも、だ。
「あなたも久しぶりでしょう?確か…三年前でしたわね。ここに来たのは」
『そうですねー』
「ふふ、お祖父様も一緒で、あの時は大騒ぎになったものだわ。ねえ、覚えているでしょう?ブロンヴィードが…」
『あ、お嬢さまお嬢さま。わたしあれ食べたいです』
「…もう、情緒の無いことですわね。先ほどお腹をいっぱいにしたところでしょうに」
誤魔化したみたいになったのは、実際に誤魔化したからだった。
何せわたしには、この四周目での三年前の覚えとやらが無い。いや三周目に来た覚えはあるけど……高等部での二年生の時だったっけ。一番覚えているのは。
あの時は、ブリガーナ家だけでなくトリーネ家も一緒だった。ネアスとお嬢さまはここでも睦まじく、わたしさえ混じるのが難しいくらいにさんざめいてたものだ。
……そういえばあの時、少し不安になったんだっけ。お嬢さまを見るネアスの視線が、なんか……。
「コルセア。屋台はいくつもありますけれど、どれを食べたいのかしら?」
『え?あ、あー、そうですねー、やっぱりお肉でしょ、お肉』
「それは許すから一つだけにしておきなさい。屋敷に戻ったら空も飛べなくなっていた、なんてことになったら大変だわ」
いくらなんでも残り二、三日でそりゃないでしょー、とは思ったけれど、数分後、「もっと!もっと!」と居並ぶ屋台を制覇しよーとするわたしをお嬢さまが「いい加減にしなさいこのおバカっ!!」とはたき落とすことになったのは我ながら忸怩たる思いである。だってどの屋台も美味いんだもん。ねーお嬢さまー、ここのお店全部帝都に持って帰りません?
「そんなに気に入ったのなら置いて帰りますわよ」
ダダをこねる子どもみたいな扱いをされてしまった。
・・・・・
「ふふっ、そんなに美味しかったのなら、帰ってからわたしが同じようなもの作ってあげようか?」
『ネアスぅ、やっぱりネアスはわたしの女神さまだよっ』
午後はネアスに引っ付いて街中をお散歩中。
昼食の時、午後はネアスにつきあいますー、ってお嬢さまに告げたら「どういうことですの!」と憤慨していたけれど、好きにすればいいってゆーたのお嬢さまじゃないですかー、と返したら黙り込んでいた。
しかも止せばいいのにネアスも、「じゃあ午後はわたしがコルセアを独り占めさせていただきますね、アイナ様」って煽ったもんだから、青銅帝国いちのキャットファイトが繰り広げられる……ことには流石になりはしなかったけど。
「そんなこと言わない方がいいと思うんだけどなあ。アイナ様、ちゃんとコルセアのこと大事にしてるよ?」
『それは分かってる。お嬢さまはわたしの大切なご主人さま。でもでも、それとは別にネアスはわたしの一番の友だちだから』
「ありがと。うれしいよ、コルセア」
にこーっと花の咲くような笑顔になるネアス。あーもー、やっぱりこのコかわいいよぉ。わたし自身にそっちの趣味はないんだけど、思わず転んでしまいそう……って、自分がハマれない世界にこのコを叩き落とそうとしてるんだよなあ、わたし。しゅーん。
「ど、どうしたの?突然低くなったりして」
気分と一緒に浮かんでる高度も低下し、ネアスと並んでいたわたしのアタマはちょうど彼女の腰の高さあたりになっていた。
そんなわたしの項垂れたアタマに、右手をのせてよしよし、って優しく撫でてくれるネアス。
それで罪悪感が払拭されたりはしなかったけど、友だちの気遣いを無下にするほどガキんちょでもないつもりだ。ネアスの手を押し上げるように再浮上し、また目の高さを揃えるとトカゲなりの笑顔を見せてあげた。
『それじゃあ、どこかに行ってみる?わたしがネアスを守るから、少しくらいなら危なっかしい真似しても平気だよ?』
「みんなを心配させるようなことはしたくないけれどね。でもコルセアがそう言ってくれるなら…」
と、しばし考え事をするように視線を上に向けていたけれど。
「わたし、もうちょっと泳いでみたいかな」
意外とやんちゃなことを言い出すネアスなのだった。
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