第57話・なつがっしゅくっ!! その6
「明日は休みにしたいわね。どうかしら」
「賛成。今日は頭使って疲れた…」
「……ですね。わたしも同感です…」
ブリガーナ伯爵家所有の別荘、というのは別荘というレベルの広さじゃなく、これを維持するために人を雇ったらいつの間にか街が出来ていた、という話がホラとも思えない広さだったりする。これちょっとしたお城並の面積があるんじゃないかしら。それを一家の別荘とか、アタマ悪いにも程があるわー、ってのは転生前安月給のサラリーマンだった自分のひがみってものか。
で、その応接間の一室(二十近く同じよーな部屋がある!)にて、アイナハッフェ班の面々はお疲れの様子でソファに腰掛け天上を仰ぎ見ていた。
今日で合宿五日目。小舟を空に浮かべる、という目的のためにはまず暗素界に小舟の存在を認めるのが先決で、そのためにはやっぱり暗素界の自分自身と交渉する術を見つけなければならない…ってことになり、昨日今日とあーだこーだやっていたのだ。
対気砲術のために各個が所持している触媒は、基本的な使い方では大雑把なコトしか出来ない。それをどうにか工夫して、コミュニケーションをとるための手段として使えるようにする…ってまた面倒な真似にとりかかり、それはわたしという暗素界と通じる存在のために取っかかりくらいは掴めて、試行錯誤に取りかかっていた、というわけだ。
「そうだな。コルセアの力もあって進展が無い、というわけではないのだ。一日くらい休んでもいいだろうさ」
ひろーこんぱいの三人に比べて殿下は割とケロッとしてる。といって何もしてなかったわけじゃなくて、要所要所でわたしも「ほほー」と思わされるよーな口出しをしていたから、分かってるところは分かってるんだろーな。
『そーいやお嬢さま。ここには何日滞在する予定なんでしたっけ?』
休むのはいいけど、明日で最終日でしたー、なんて話じゃ意味無いし。
「コルセア。あなた旅のしおりも読んでいなかったのかしら?」
『なんですかそれ。初耳ですよ』
ていうか浮かれた修学旅行生じゃあるまいし、そんなもの作ってたのかこの人はもー。
「明日休めば残り二日しかないの。だから休みとはいっても気は休まらないかもね、コルセア」
『ネアスぅ、休める時は何も考えずに休む!これ長生きの秘訣だよ?』
「なるほどなあ。だからおまえら竜は何百年も生きるって言われてんだな」
『いー度胸じゃない。明日一日をベッドの上で過ごしたいなら相手になるわよ、バナード』
「やんのかこら…と言いたいとこだけど、俺ももーダメ……」
挑発にも乗らず、バナードは二人掛けのソファを一人で占領して横になっていた。
こないだ、ネアスとどーなのよ、なんて話をして以降、バナードはこーしてわたしに何かと突っ掛かってくる。突っ掛かるというか割と遠慮が無くなったというか。いや遠慮が無いってんなら、学校の中庭で撃ち落としてくれた時から既に無いんだけど、もう少し気易いとゆーか、お嬢さまやネアスとも少し違った方向性でわたしを構うとゆーか。
「……まあとにかく、皆さん湯浴みするなり食事するなりして、明後日の朝までは好きにお過ごしなさいな。殿下も、たまには羽を伸ばされた方がよろしいですわ」
「気遣いは有り難いが、少し出かけてくる。明後日には戻るから、俺のことは気にせずとも良い」
んなこと言われても気にはなるよなあ。殿下の立場的にきっと、仕事でもしてくるんだろーし。
……そいじゃあ。
「コルセア。止めておきなさい」
『はぁい』
……殿下についていこーかと思った意図は、お嬢さまの察するところとなって申し出る前に止められた。なんかもー、無駄に鋭いっつーか付き合いの長さもたまに災いするとゆーか、なー…。
・・・・・
『おはよーございますおじょうさまぁ……』
「おはよう。そういえばこうして一緒に寝るのも久しぶりだったわね」
寝ぼけまなこでもぞもぞしてたら、同じふとんの中のお嬢さまがわたしの喉をかいぐりかいぐり。わたし、虎もびっくりするよーな勢いで喉をごろごろ鳴らす。
「ふふ。今日はあなたもわたくしについていなくていいわ。好きなように過ごしなさい」
『……うぃすー。とりあえずごはんできるまでねかせてくださーい……』
お嬢さまは先に起きてさっさと着替えに行ってしまった。わたしはその後に残された、国宝級のやぁらかさを誇る枕に長い口を埋めてもうひと寝入り。
ああ、なんか長くて怠惰で気持ちのいい一日になる気がするぅ……。
「お、意外に早いな」
『……なんで起き抜けに初めて見るのがあんたの顔なのよー。ネアスを出せー』
「機嫌悪いな。どうかしたか?」
朝食の支度のいー匂いにつられて起きてきたら、廊下で最初に顔を合わせたのがバナードだった。
なんか汗なんかかいてて、ひとっ走りでもしてきたトコ?
「ああ。日課なんだよ。天気も良いし、腹が減るまで走ってきた」
『ごはんの前に運動しようとか、信じられないことするわねー。わたしじゃ考えられないわ』
「少しは大地に足付けて駆けてみるのもいいんじゃねーの?痩せるぜ」
『あんたにまで言われたくはないわねー。それにこのお腹、ネアスには好評なのよ?』
「膝にものせられなくなってからじゃ遅いと思うぞ。じゃ、な」
余計なお世話だ、まで言わせずにさわやかすぽぉつ少年は去って行った。まあどうせ朝食の時にまた顔を合わせるだろう。文句はその時言えばいーや。
「コルセア」
『おや、殿下。これからお出かけで?』
「ああ。野暮用、ってやつだな」
飄々とした殿下の態度からは、実際「野暮用」程度を済ませにいくような雰囲気しかしないけど、実際どーなんだか。
朝食もとらずに馬に乗って出かけようとする殿下を玄関前で見送りながら、わたしはちょっと要らないお節介くらいはしておこうかなあ、って気になる。
『殿下ぁ。よけーなお世話だったら忘れてもらってもいーんですけど、お嬢さまもわたしも殿下の手助けくらいは出来ると思うのでー、何かあったら相談してくださいね』
鐙に足をかけていた殿下、ピタリと止まって探るような目付きでこっちを見る。悪いこと言っちゃったかな。
「……アイナに迷惑をかけるような真似はしたくないからな。気持ちだけは頂いておこう」
そして、何か話そうとしたのを自分で制して、結局わたしの申し出なんか聞かなかったみたいに馬を走らせて行ってしまった。
まあ、わたしに迷惑はかけたくない、とは言わなかったから、それでいいか。
「コルセアー、ごはん出来たよー」
『はぁい、今行くー』
殿下の姿が見えなくなった頃、別荘というかお屋敷の中からネアスの呼び声。
何をするのかは決まって無いけど、とにかくごはんは食べないと何も始まらないや。
わたしはそう思い直して、いい匂いのする方向にふんわふんわと漂っていった。
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