第56話・なつがっしゅくっ!! その5

 合宿もたけなわ。

 最初はどーなることかと思っていたけれど、四日目の今日に至るまで課題は真面目に進められている。

 三日目の昨日までの実績と呼べそうな実績となると、暗素界の我が身に、その側にある物体に対し現界から認識を問い合わせる、というやり方が出来そうかも…?ということが分かったくらいで、実際に現界の人間にそれが出来るかどーかとなると、今お嬢さまとネアスと殿下が試行錯誤している段階なのだ。

 暗素界の我が身、なんて言っちゃったけれど、通常対気砲術で向こう側にアクセスする時のよーな大雑把なやり方なんか通用するはずもない。それで精度とか威力を問題に出来るのは、暗素界と現界の間にある気界に力を作用させて、かなり強引に都合良くねじ曲げているからだ。どつきあいをするのと会話をするのとではコミュニケーションの難易度がずぇんぜん違って当然というものなのだ。

 ただ、そこはネアスの出番、というものでもある。

 この場の四人のうち、ネアスは触媒の扱いについては最も秀でている。生まれた時から身の回りにあったのだから当然、と言いたいところだけど、ネアスの場合それだけに留まらない、天賦の才能ってものにも恵まれているように思う。

 具体的には……と考えたところで、用足しの済んだと思われるバナードが戻って来て、わたしの後ろから声をかけてきた。


 「こ」

 『わたしの後ろに回るんじゃねーわよ死にたいの?』


 振り返って大口開ける。

 見えこそしないだろーけど、そこから出てくるのがおやさしい水なんかじゃないだろーことは想像がつくだろう。


 「そんな怒ることかっ?!」

 『いや別に。なんかやってみたくなっただけ』


 具体的には歳をとらない世界一有名なスナイパーの真似だ。

 実際に読んだことはないけど、ネットでネタを見ただけとゆー、一番始末に負えない輩のすることでもある。体感的には数百年前のことなのによく覚えてるな、わたしも。


 『まあ冗談だからそんなに怯えないで。で、何か用?』

 「いや用っていうか、なんかしょぼくれてんなー、と思って。座っていいか?」

 『お好きにどーぞ』


 わたしが許可するより先に隣に腰を下ろしたバナードを、また三人に向けた顔の横目で睨む。横方向の視界が広いのはトカゲのいいところだ。

 それにしても、こんなところで油売っててもいいのかね、こいつわ。ごしゅーしんのネアスはあっちでお嬢さまと熱心に討論交わしてるってのに。


 『……バナード。あんたネアスのこと好きよね?』

 「んなっ?!」


 ずっこけていた。座ったまま足を滑らすとは器用な真似をするなー。


 「なっ、なんだよいきなり……悪いかよ」


 で、起き上がって元の体勢に戻ると、顔を寄せ小声で文句を言ってきた。そんなことしなくても、ネアスに聞こえたりなんかしないと思うんだけど。


 『悪いだなんて言ってないでしょ。ただの野次馬根性ってだけよ。で、どーなの?』

 「……トカゲに気取られるくれーなんだから、もしかしてバレバレか?」


 どーだろ。わたしは原作の知識があったからそういう風には見えたけれど、他の人がどうなのかはよく分かんない。

 ネアスだって、「仲の良いお友だち」以上に見てるとは思えないし。


 『むしろバレバレな方が幸せだったかもしれないわね』

 「どういう意味だよ」

 『ネアスはさ、あれでけっこー他人の感情とかには鈍感だってこと。そう思うでしょ?』

 「まあ、な」


 おっきなため息。わざとらしいくらい。まあ、苦労してんだろうなあ、とは思うけど応援する気にはならない。

 バナードは別にキライじゃないけれど、なんか殿下みたいな思い入れが持てない分、さほど気の毒とも思えないのよね。それにネアスの方にその気が無い以上、ほっといてもいいような気がするし。

 けどまあ、事情によっては話が違うかなあ、と思って聞いてみた。


 『バナードはネアスとはどんな知り合い方をしたの?なんでネアスが好きなの?……って、なによー、その目は』

 「いや、お前って案外昔のこと覚えてないのな、と思ってさ。そもそも初等学校の運動大会でお前がネアスを俺に引き合わせたんだろ?いきなりやってきて、結構な使い手だから舐めるんじゃねーぞ、みたいなこと言われたし」


 ……そうだっけ?

 あれ?それって三周目の出来事だよね。ネアスとバナードをくっつけりゃいーや、と思って無理矢理顔合わせさせたの。確かにわたしだけど、原作じゃそんな場面があるわけない。アイナハッフェ・フィン・ブリガーナにひっついているペットのドラゴン(しかも幼少時代は喋れなかった)が、そんな真似するわけがない。

 ……どゆこと?

 これって、悪役ルートじゃなくって三周目からの続きってことなの?その割にはお嬢さまは悪役してるし、あ、でもそれって何を根拠に悪役ルートだって判断したんだっけ…?

 よくよく考えてみたら、ブロンヴィードくんは生まれてるし、悪役というかネアスとの対立ルートではお嬢さまには割と冷淡だった殿下も今般はお嬢さまにきっちり好意を抱いているし……。

 水面のキラキラが反射する逆光を背に、ネアスに指突き付けて何やら言いつけているお嬢さまの横顔を見る。

 確かに、四周目の今回の最初っから、お嬢さまはネアスにはキツい物言いを隠そうとはしない。威丈高で時々腰と口元に手を当て「おーほっほっほっほ!」と悪役令嬢笑いはするけど、でも本当にネアスを傷つけるようなことは言わないし、見ようによっては心の底からライバルとしてのみ敵視している…ように思えなくもない。


 「おい、コルセア。どうした?」

 『え?…………ん、んー…あ、そうそう。それでバナードがネアスのどこが好きなのかなーって話』

 「なんかそういう雰囲気でもないんだけどなあ。お前、どっか体調でも悪いのか?」

 『トカゲの顔色なんかうかがってんじゃないわよ』

 「それ意味違うだろ。まあ竜の健康なんか想像もつかないし、何か違和感あるなら手遅れになる前に言っておけよ。こないだお前、本当に消えかかってたんだから」

 『………』


 ご心配どーも、とお為ごかしを言う隙も与えず、バナードは立ち上がって三人の方に歩いていった。

 桟橋の端っこにいたお嬢さまたちは、それでようやくバナードが戻ってきたことを知ったのか「遅いですわよ!」とか文句を言って、バナードは「うるせーお嬢さまだな」とか言い返して、ネアスは「まあまあ」とバナードをではなくお嬢さまを取りなして、殿下は何か楽しそうにそんな三人を見守っている。

 うん、割と……わたしが願った通りの光景のはずだ。

 でも、何だろう。何か、知っておかなければならないことを知らないがために何かがハマりきってないみたいな、この感覚は。

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