第40話・光と闇の校外実習 その4
『お嬢さまぁぁぁぁぁぁ、どぉこでぇすかぁぁぁぁぁぁっっっ!』
もう完全に暗くなっている上に、雨が本格化してきた。
地上は墨を塗ったくったみたいな真っ暗闇。それだけじゃなく、山は木々に覆われていた。
でも、お嬢さまが遭難しているってんなら、やらなきゃいけない。わたしは縦ロールバージョンの悪役令嬢スタイルのお嬢さまだけでなく、三周目でその生涯を見届けたアイナハッフェ・フィン・ブリガーナのことをも思い出しながら、次第に雨足の強くなる空を右往左往する。いやだって、人間に比べれば夜目が利くとはいっても、ほぼ光源の無い中を夜の森に紛れ込む人を探すなんて、どう考えたって無理ってものだ。
『……って言ってもねー…どうにかお嬢さまの方から場所を知らせてくれないかなあ…』
それすら出来ない状況にある、ってことは考えなかった。その先を想像したらわたしの心が潰れる。
ならば、と。
いつの間にか篠突く雨、ってな具合になってた夜空に滞空し、大きく息を吸う。
これから響かせる音は、暗素界からやってくるものでなくて現界でわたし自身が大気を震わせる声だ。
胸を反らした格好のまま、そして息を止めた。
現界に存在する竜としては、わたしはまだ幼生に過ぎない。だから、どれくらいの声が出せるかなんか分からないけれど。
わたしの大事な人に絶対に届け、と空を仰いだままに、放つ。
「
天に轟いた。
そうとしか言いようがなかった。
自分でもびっくりするくらい、大きな声が出た。
現界の竜として世に畏敬と恐怖をまき散らす、っていうのはこういうことかと思った。
そうして、息が切れるまで咆えた。叫びすぎたせいか喉が痛い。
いくら竜でも呼吸はしないといけないから、咆吼は止んでもまだ大気震えてる中でわたしは喘いだ。
「………はあっ、はあ、はあ……はあ……はあ~~~~~……」
息が辛い。喉どころか内臓にまでしくしくと疝痛じみたものが襲ってる。なんだか帝国全土まで届いてしまったんじゃないだろうか。騒ぎにならなければいーけど。竜としてはそれほど大きいとも言えないこの体から、よくもまああんなでっけえ声が出たものだ。
ただ、ここまでやったのならコルセアが自分を探してる、ってお嬢さまなら気がつくはず。近くならわたしを呼んでくれるだろう。
そう思って耳をそばだたせてみたけれど、未だ自分の声が残響する空の中では、それらしい声は聞こえなかった。
暗い中ではあったけど、基本的に実習で通る山道からは離れていないはずなのに。……もしかしたら道を外れてどこかに落ちた?
いやそんなはずはない、と暗い予感のたちこめた頭をブルッと振る。そうじゃない。お嬢さまは無事だ。ただ、わたしに声が届かないだけだ。お嬢さまはきっと、わたしの存在に気付いてはいる。じゃあ……。
『どうしろってのよ……お嬢さま、お嬢さまぁ……どこですかぁ……』
一度戻って応援を頼んだ方がいいんだろうか。あるいはわたしの今の声で、異変でも起きたのかともうこちらに向かっているんだろうか。その中にはネアスもいるかもしれない。悪役令嬢のお嬢さまにつっかかられてもにこにこ笑って嫌がる風のない、ネアスが。
『だめだ……こんな夜の山道に来させるわけにいかない。ネアスたちまで遭難しちゃう……』
雨は相変わらず強いまま。風がないのが救いだけれど、気温も下がってきている。こんな中を一晩中お嬢さま一人にしておいたら……。
ぶるり。
寒さではなく、その想像の怖ろしさで身震いする。
お嬢さま、わたしはここにいます。
ここで、必死にお嬢さまを探しています。どうか、この声が届いていたら……わたしにその姿を見せて…ください…っ。
なんだか泣けてくる。
わたしは、悪役令嬢として大成した今度のお嬢さまと一緒に育った覚えはない。けれど、「三周目」と呼んでいた前世のお嬢さまのことは本当の慕っていた。そして不思議と、そのお嬢さまと今のお嬢さまが別の人間には思えない。髪型も違うし物言いだって被るところは多くはない。
けれど、ネアスをライバルと呼んだかつてのお嬢さまと、あなたを越えてみせると強く宣ったつ先日のお嬢さまが別人だとは全然思えないんだ。
わたし自身がこの世界での繰り返しを終えて、この紅竜としての生涯を正しく全うするためにも。
わたしの大切な親友である二人の女の子が、幸せな人生を過ごすためにも。
それから、わたしをこの世界に送り込んだ紐パン女神……のことはいいとしても。
そう思うと、胸の奥に滾るものがあった。
そうだ。わたしは暗素界の紅竜。出来ることなんて、こうして空を飛んでそれから……火を吐くことくらいしか無い。
だったら、出来ることをやるしかないじゃない。思い切りやってやろうじゃない。
再び大きく、息を吸う。
暗素界から発し、気界を越えてやってきた衝動はわたしの胸の内にある。
雨ごと吸い込んだ大気は衝動に取り込まれて形を成した。
そして、あとはそれを吐き出すだけ。
吼えろ。わたしの炎。
がぼん。
音としては間抜けな効果音と共に、大きく開いた顎から目も潰れんばかりの光源が飛び出した。
巨大ではないけれど膨大なエネルギーのカタマリは、放たれると一直線に天上に向けて飛んで行く。
それがいつまで続くのかと思った瞬間、火のカタマリは爆散した。
同時に、一瞬にして夜闇を昼日中のように変える。遅れて轟音とも爆音ともつかない音が、明るい夜空に響いた。さっきの、わたしの咆吼なんか問題にもならないくらいの強さと大きさで。
『…ちょっ、なにこれ……地上ごと吹き飛ばしたりしないでしょうね…っ?!』
轟音は爆風を伴い、それに煽られて体勢を崩す。体重自体はそう重くもないわたしはそのまま地面に叩き付けられそうに思えて、慌てて背中の翼で羽ばたきをし、どうにか体を支えた。
そして自分が撃ったものなのに、その結果にドン引きして思わず目を逸らしたわたしは、地上が明るく照らされていることを知る。そうだ、この明るさならお嬢さまを見つけることも、って。
でもそれはかなわなかった。暴虐とも呼べそうな光の奔流だったけど、それは思いのほか長持ちせず、地上に自分の影が映るかも、なんてことを考えた次の瞬間にはもう消え失せてしまっていた。
『え、ちょっ……消えないでもう少し点いていてぇぇぇ……って、ええいもう、わたしの役立たずっ!!』
ならもう一回…と思ったところで先ほどの衝動を再び迎えることは叶いそうにない。
ただの火なら吐くことは出来ても、それで雨の降る夜の地上を照らすには到底足りない。
でも、再び絶望的な気分で、とうに照らす光も絶えた地上を見下ろした時、視界の端に立ち上る一筋の光を見た。
『え?』
そちらを見ると、高さにしてわたしのいる辺りよりも僅かに上まで駆け上った光の筋は、まっすぐ捉えた時にはもう粒子上の光源を残して消えてしまっていた。
どこかで見覚えのあるその光跡、一体何だっけ……と考えるうちに、もう一筋。いや、待てわたし。考えてる場合じゃない。こんな状況でどう見ても人間の放ったと思われるものが空に打ち上げられたのなら……お嬢さまがわたしに居場所を知らせてるってことじゃないの!
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