第41話・光と闇の校外実習 その5

 『お嬢さまっ!!』

 「このおバカっ!!」


 すこんっ。


 光の筋の立ち上った場所にいたのは紛う方無きお嬢さまだったけど、駆け付けたわたしに浴びせられたのは無情な一言と一発のゲンコツだった。


 『……痛いじゃないですか。なにするんです』

 「何するんです、ではありませんわよコルセア!あなたあんな派手で恐ろしいものを打ち上げておいて、何を考えているんですのっ!!」


 何を考えてる、と言われましてもただお嬢さまの無事を願って必死になってただけなんですが。

 そんな忠実なペットのドラゴンが駆け付けてみれば「おバカ」の罵声とゲンコツとかってひどくないですかー。いじいじ。


 「……分かりましたわ。わたくしが言い過ぎました。助けに来てくれたことは感謝しますわ、コルセア」


 いじけて背中を向け座りこんだわたしに、お嬢さまも流石に気の毒になったのか、一転して優しく声をかけてくれる。このひとのこーゆーチョロい…じゃないや、キツめな物言いなのに根は優しくて気の良いところ、大好き。


 「それよりバナードがケガをしていますの。助けを呼べないかしら?」

 『バナード?なんでお嬢さまと一緒に……あ、そういえば組んでたんでしたっけ』


 いつの間にか存在を忘れてた。まったく。忠誠心も度が過ぎると他のものが見えなくなるわねー。


 「あなたねえ……ほら、もう少し下りますわよ。ついていらっしゃいな」

 『はぁい』


 と、急斜面を気をつけて下っていくと、ほどなく木に背をもたれかけさせたバナードの姿が目に入った。

 なおここまでのやり取り、わたしの爪の先に灯したちっさな火を灯りにして繰り広げられている。爪に火を灯すような、とは例えで言うけれど、わたしは実際にすることが出来るのだ。えへん。


 「……なんだよ、やっぱりさっきの物騒なのはそいつの仕業だったってことか」

 「ええ。コルセア、あなたが叫んでそれからあの天を覆う爆発を放ったところで、あなたが来たことを知ったの。それで彼に対気砲術を放ってもらって、この場所を知らせたというわけね」


 なるほど。どーも見覚えがあると思ったらバナードの光の矢だったのね。


 「どうかしら。そろそろ歩けそう?」

 「大丈夫だ…って強がりたいところだけど、これは折れてるかなあ……」


 膝から下に添え木を当てられている右足を見下ろしながら、バナードはそうぼやいた。まあ本当にケガをしてるなら「男の子なんだかそれくらいガマンしなさい!」なんて無茶振りをするつもりもないけど、これってお嬢さまが手当したのかな。


 『あのー、何があったんです?』


 お嬢さまがバナードの手当してる場面を想像してなんかムカついたので、わたしは話を逸らす風にそう問い質したんだけど、バナードはムスッとした顔でそっぽを向いた。なるほど、足を滑らせて斜面を転げ落ちた、ってトコかな。


 「男の子の矜持に関わるからそれはそっとしておいてあげなさいな。それより、わたくしも道を外れて降りてきてしまったものだから登れなくて困っていたところなの。コルセア、あなたバナードを背負って飛べないかしら?」

 『わたしの背中はお嬢さまとネアス専用なのでー。まあ引っ張り上げるくらいなら出来ると思いますけど』

 「そう。ともかく道に戻らないと話にならないわ。手伝ってちょうだいな」

 『はいはい。んじゃバナード。引きずってくけど、いい?』

 「いいわけあるかっ!俺、立ち上がれないんだぞ!」


 まあそれだけ怒鳴る元気があるなら問題ないでしょ、とわたしはバナードの脇の下を前脚で支えて立ち上がらせると、自分はふよふよ浮きながら添え木で応急処置をされた右足が地面に着かない程度に持ち上げると、おもっ!おもっ!……と喚きながら斜面を登っていく。


 「重い重い強調するなよ!」

 『だって実際重いんだもの。不満ならここで離してあげようか?』

 「……わりぃ」


 んふふ、素直な男の子は好感度高いよー。

 まあでも漫才やってる場合でもないので、なるほど人間が何の道具も無しに登るのは無理そうな斜面を上まで引っ張り上げると、今日は何人もの人が往き来した道に降ろしてあげる。


 『はい、じゃあわたしはお嬢さま連れてくるから。また落っこちないようにね?』

 「余計なお世話だよ!……まあでも、ありがとな」

 『どうしたしまして』


 ……うーん、爪の先に灯した僅かな灯りでも、一瞬はにかむように笑んだバナードに見蕩れてしまった。まあわたしもこのコを攻略対象にする乙女ゲーにはまった口なんだし、仕方ないか。

 座っているのも辛いのか、仰向けになったバナードを置いて、わたしはお嬢さまの元に戻る。


 「お疲れさま。じゃあわたくしも連れて行ってちょうだいな」

 『あ、お嬢さま。折角なのでわたしに乗ってみません?』

 「コルセアに?……大丈夫なの?」


 もっと成長すればブリガーナ家のお屋敷くらいになるとはいえ、現状のわたしはサイズ的にやや大きめの柴犬くらいのものだ。お嬢さまが乗っかるのに躊躇するのも無理は無いし、そうして空を飛ぶなんて真似が出来る自信も無い。

 でも、なんとなくそうしたかったのだ。飛べなくてもこの坂を歩いて登るくらいはなんとかなるだろーし。


 『はい、どーぞ』


 お嬢さまに背中を向けて四本脚になる。前脚の爪の灯りは使えなくなったので、口の先からちょろちょろ火を吐いて代わりにする。


 「……分かりましたわ。潰れたりしないのでしょうね?」

 『お嬢さまがそこまで重ければ心配で…いたっ』

 「余計なことは言わないでちょうだい!……はい、じゃあこれでお願いするわ」


 翼は前脚の付け根あたりの背中に生えてるから、そこから尻尾にかけてお嬢さまが跨がるくらいのスペースはある。そこにお嬢さまは横座りになった。


 『お嬢さまー、お上品なのはいーですけどそれじゃ安定しませんから、跨がってください。ほら』

 「そんなはしたない真似が出来るわけないでしょう?!」

 『でもでもー、お子さまの頃はそうしてたじゃないですか。ネアスと二人一緒になって。わたし潰れるかと思い……』


 あ。悪役令嬢モードのお嬢さまがネアスと揃ってわたしに戯れるなんてことあるわけが無いか。三周目の記憶とごっちゃになってた。

 ……と、思ったんだけど。


 「……そうね。そんなこともあったわね」


 わたしの上でそんなことをしみじみ言うお嬢さまを、思わず振り返って見上げてしまった。


 「どうしたのよ。ほら、座り直したわ。これでいいのでしょう?」

 『あ、はい。尻尾に体重かけていーですからね』

 「ええ」


 尻尾を背もたれ代わりに持ち上げて、お嬢さまを支える。ついでに手もかけてもらって、落っこちないように。


 『じゃあ、行きますよー』


 ふわり、と浮かび上がる。

 竜が空を飛ぶ力は、その翼が羽ばたくことで生まれるのではなく対気物理が生み出すものだ。応用次第じゃあ人間が空を飛ぶことも可能かもしれないけど、制御が難しいだろうしなー。


 「……」


 お嬢さまはじっと黙って身を固くしてる。そりゃそーか。

 でも、そんなところを見てわたしがイタズラ心を起こさないわけがないのだ。


 「え?……あの、コルセア…ちょっと高くな……きゃぁぁぁぁっ?!」


 いー声いただきましたっ!

 尻尾にしがみつくお嬢さまの悲鳴を心地よく覚えながら、山の木々の梢すれすれに、山の斜面に沿って尾根の道に向かって、ばく進っ!怒られるのは後で考えれば、いーやっ!

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