第33話・授業開始の一幕

 「帝国高等学校にようこそ。新入生諸君」


 女子生徒から、きゃー、っていう黄色い悲鳴が上がる。

 そりゃーそうだろう。帝国の対気物理学界きっての術者であり研究者でもあり……そして、何よりも乙女ゲーの攻略対象の一人である美青年、ビヨンド・バスカールが担任教師、なのだから。

 うちのお嬢さまにネアスとは、初等学校の頃からの再会になる。ゲームの設定では、初等部での実績が認められて今年から高等学校に転任になった……ってことだけど、まあそれは所詮シナリオ上の都合よね。小学生の頃の憧れの先生が、恋に恋する年頃になってまた姿を現すとかロマン以外の何ものだってーのよっ!


 「コルセア。拳握って何を主張したいのかは分からないけれど大人しくしていなさい」

 『はぁい』


 地球の大学でのホール式講義室みたいなでっかい教室で、隣に控えるわたしをお嬢さまは窘める。

 お嬢さまと反対側の席につく同級生男子が、わたしを見て怯えていた。そんなにこわがらなくてもいーのよー、とニコッとしてやったら青くなっていた。なんでよー、柴犬サイズの愛らしいペットドラゴンじゃないのよー。


 「だからお止めなさい。もう、初日からそんなに存在感出してどうするの。よろしいこと?同級生の大半があなたのことを知らないのよ?特別に認めて頂いたからには、場に馴染む努力をしなさい」

 『でも担任の先生、こっちに向かって手を振ってますよ?』

 「え?」


 見ると、バスカール先生がわたしとお嬢さまに向けてニコニコとした顔を向けていた。なんつーかわたしがあの人の好感度稼いでどーすんだ、って気もするけど、それはともかくお嬢さまやネアスが熱を上げるのは阻止しないとなあ。


 「……バスカール先生も相変わらず空気を読まないですわね。教師としては確かに優秀な方ですけれど」


 顔の脇の縦ロールを指で苛立たしげに弄りながら、お嬢さまは先生をキッと睨み付けた。空気を読めない先生は、なんでそうされたのか分からず怪訝な顔。まあ気にせず初日のアイサツを続行。


 ちなみに、お嬢さまの縦ロールは悪役ルートの証しだったりする。

 高等学校を舞台にする本編では、お嬢さまはルートごとに髪型が違う。親友ルートではお団子、他人ルートは背中に垂らした一本の三つ編み、という風に。

 四周目ではずっとお団子頭のお嬢さまを見ていたから、なんとなく新鮮。いやそんな呑気なこと言ってる場合じゃないんだけど。


 「……そして僕は、今年度前期の暗素界概要の講義を担当します。暗素界については皆さん中等部や幼年学校までで学んでいるでしょうが、高等学校ではもっと実践的な授業を行います(ちらっ)」


 ……実践的、ってトコで暗素界出身のドラゴンに目を向けないで欲しい。何させようっての、もー。


 「あなた方は帝国の未来を担う大切な身体です。ケガなどさせないよう、細心の注意を払いますが、最後に身を守るのは自分自身に力に依ります。それを忘れないよう、有意義な三年間を過ごしてください。じゃあ最初の授業を始めましょうか」


 「物腰は変わらず柔らかいですけれど、何か吹っ切れたようなところがありますわね、バスカール先生」


 そりゃあ一別以来三年経ってるんだし、もう二十歳でしょ先生も。いつまでも頼りないところのある子ども先生じゃあないんでしょうね。年を経て生じたギャップもまた萌えるけど。


 『それよりお嬢さま、バッフェル殿下とはもうお会いになりましたか?』

 「今日の授業が終わった後にお招きを頂いていますわ。あなたも一緒に、とのことなので放課後を楽しみにしてなさいな」

 『はーい』


 授業が始まればわたしにやることはない。別に出て行ってもいいんだけど、なんとなく今のお嬢さまを観察しておいた方がいいような気がして、今日のところは隣の席で大人しくしておいた。その分、休み時間の度にもの珍しそうな同級生の視線に晒されたんだけど。

 なので、お昼休みはお嬢さまから離れてこっそりネアスのところに行ってみることにした。

 もちろんネアスとお嬢さまは同じクラスで、わたしが授業の邪魔にならないようにお嬢さまは後ろの方に席をとっているから、授業中はネアスの後ろ姿がずっと視界に入っていたのだ。

 お嬢さまは……まあ時折気にする風であったけど、それで何か悪いことをすることもなかったし、休み時間周囲に集まる取り巻きの貴族子弟たちに何かを吹き込むこともなかった。この辺り、ほんとーにゲーム本編の悪役ルートのお嬢さまとは全然違う。何なんだろ。


 で、これからお昼ごはん、って様子のネアスのところにやって来た。


 「アイナ様のところにいなくてもいいの?」

 『あー、近寄ってくる同級生たちに構われたくないので外しますね、って言ってきたから大丈夫』

 「なら今日はわたしがコルセアを独り占めだね」


 …またなんていうか、泣きたくなるよーなことを言ってくれるなあ。

 わたし的に、四周目に入ったら時間の感覚っていうのが圧縮されたのか、数百年間を一人で過ごした、って言うほど長くは感じられないんだけど、それでもパレットに聞かされたネアスの最期の様子っていうのはとてもキツかったから、こうして笑ってくれるのは、正直いちいちクるものがある。

 でも、今は感傷に浸っている場合じゃない。今度こそ、二人とわたしにとって幸せな結末を迎えないと。

 まずはそのために、情報収集をしないとね。

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