第32話・悪役令嬢のペットドラゴンに転生したわたしは破滅回避のために今日からがんばります
「何よ、コルセア。高等学校初日から随分と暗い顔をして」
『そーですかねー。気のせいじゃないですかねー』
「……まったく。あなたは帝国に名立たるブリガーナ家長女、このアイナハッフェ・フィン・ブリガーナの第一の下僕なのよ?もっと胸を張りなさい。伝説の紅竜の名が泣くわよ!」
『……はーい』
馬車の中には、お嬢さまとわたしのみ。
いつかやっていたように、馬車の中にネアス・トリーネの姿があって、わたしが馬車の外でふわふわ浮かんでいたりはしない。
四周目が始まったのは、お嬢さまとネアスが高等学校に入学する前日のことだった。
以前のように、幼少期からのスタートじゃあない。となれば、現状どのルートにいるのかを確認せねば……と、一日かけて駆け回った。
結果、分かったことは。
1.ここは悪役ルートが確定している
2.ネアスとお嬢さまは面識があって、お嬢さまは当然ネアスに良い感情を抱いてはいない
3.お嬢さまは殿下と婚約済み
4.何故か、悪役ルートであるにも関わらずブロンヴィルくんが生まれてる
5.それ以外は何も分からないっ!!
……以上。
そうと知ったわたしは、夜中であるにも関わらず怨嗟の声を上げた。
あんの紐パン女神ッ、よくもやってくれたなァァァァァァッ!!!
と。
…とにかく。この状況からお嬢さまとネアスをくっつけろ、という無茶振りに応えなければいけないわけで。最悪、この回はとっとと諦めて五周目に入ることも考えなければならない……はずなんだけどなあ。
あの、思い出の卵、っていうのがどんな作用をしているのか分からない以上、簡単に判断するわけにもいかないのよねー……。あーくそ、もっと詳しい話聞き出しておけばよかった。まあでも、そのうち顔出すでしょ、紐パン女神も。そん時に囓り倒して全部吐かせちゃる。
「お嬢さま、到着しました」
「分かったわ、ありがとう」
などと不穏なことを考えてるうちに、御者のおじさんから声がかかる。学校についたようだ。同じように馬車通学をする生徒は……実はあんまりいなかったりする。高等学校だとかなり成績で選抜が進んでいるので、相対的に裕福な貴族の子弟ってのは減っているからだ。
「コルセア、開けなさい」
気合い充分、って顔でお嬢さまが立ち上がる。
中等部までの成績はトップのネアスに手が届くどころか凡庸の一言で、自信満々になれるよーな要素はちっとも無いんだけどなー……あくまでも悪役ルートの流れでは、だけど。
そこまで調べがつかなかったので、現状でお嬢さまがどれほどの成績なのかは、分からない。親友ルートだとネアスに匹敵するんだけども。
そして、わたしは考えごとをしながらも、馬車の扉を開ける。お嬢さまに先んじて降り、主の手をとって降ろさねばならない。
今日は好天。馬車の外は暑いくらいの日差しが差している。
そんな中を、今日からわたくしがこの学園の主役よ!みたいな勢いで、お嬢さまが闊歩する。
「さあコルセア、この帝国高等学校での、わたくしの栄えある第一歩を……よく目に焼き付けなさぶっ?!」
『あ』
……つもりで踏み出した第一歩は馬車の降り口の段を踏み外し、お嬢さまは顔から地面に着地する羽目になった。
『お嬢さま、大丈夫ですかー?』
「だっ、大丈夫なわけがありますかっ!コルセアあなたどこを見てるんですのっ!わたくしにこのような恥をかかせるとは、下僕として情けないとは思わないのっ?!」
『情けないのはお嬢さまのお顔の方ですってば。とりあえず泥を払ってください。ハンカチ、ハンカチ……あ、持ってるわけないか』
「早くなさいっ!」
立ち上がって制服の泥を払うお嬢さま。御者のおじさんも慌てて降りてきたけれど、まさかお嬢さまのお体に手を触れるわけにもいかず、あたふたするだけだ。わたしだって似たようなもので、まさか爪の生えた指でお嬢さまのお顔の泥を落とすことも出来ず、おろおろしてしまう。
「はい、これ」
『ふぇ?』
そんな何の役にも立ってなかったわたしの前に、通りがかった一人の少女がハンカチを差し出した。わたしに?
「おはよう、コルセア。アイナ様、早くきれいにしてあげないと」
『あ……あ、うん…ありがと』
「どういたしまして」
お嬢さまと同じ制服の少女から、ハンカチを受け取る。その顔は晴れ晴れとしていて、悪役令嬢のペットに向けるものとは到底思えない。
でも……その少女は、間違い無く。
『お……おはよ、ネア…ス……』
「うん、おはよう。どうしたの?泣きそうな顔して」
……だって、だって泣くしかないじゃない。
わたし基準で何百年も前に別れて、それから辛い亡くなり方をしたって聞かされて、そんな目に遭わせてしまったことを後悔してたのに……。それが、最後に会った時と変わらない様子で、また笑顔をわたしに向けていて……。
「コルセアっ!早くなさい!」
『あ、は、はいっ』
……って浸ってる場合じゃなかった。
借りたハンカチでお嬢さまのお顔を払う。薄くまとめた化粧を崩すこともなく、なんとか元の通りに戻せた。
『ふう。これで大丈夫ですよ、お嬢さま』
「ありがとう。まったく、もう少しシャキシャキ動きなさい。あなただっていつまでも子供ではないでしょうに」
『無茶言いますね、お嬢さま。わたし寿命は数百年あるのでお嬢さまと同じ速さで成長したりしませんってば』
「口答えをしない!」
言うことは厳しいし無茶だけど、どこか懐かしい親しみを覚えるお嬢さまとの漫才じみたやりとりは、「くすくす」と本当に楽しそうな笑い声によって中断させられた。
「何が可笑しいのネアス・トリーネ!」
「あ、ごめんなさいアイナ様。今日も仲がいいですね、って思って」
「……そんな言い方で誤魔化されたりはしませんわよ。ネアス・トリーネ。あなたのような職人の娘がこの帝国高等学校にまで上り詰めた努力は認めましょう。ですが……」
びしっ、とお嬢さまは通学鞄を持ってない方の手で、ネアスを指さす。ていうか、人を指さすとか下品ですよ、お嬢さま。
「お黙りなさい。このような目障りな娘にはこれくらいで丁度良いのです。よろしいこと、ネアス・トリーネ。これからの三年間…わたくしはあなたには負けません!あなたの上に立たねば、わたくしの矜持というものが傷つくのですから!」
再びの、びしっ。
そして、悪役令嬢に指突き付けられて、主人公も怯え慄くのかと思いきや。
「はいっ、一緒に頑張りましょう、アイナ様っ!」
「だから人の話を聞きなさい!あなたはわたくしの敵なのですよっ?!」
それこそ花の咲くよーな笑顔で、入学初日の学生というものを見事に体現していたのだった。
……あれぇ?これ悪役ルート……だよね?
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