第21話・帝国初等学校大運動会 その4

 『さあさご一同!お手を拝借しましてぇ…』

 「ちょっと待ちなさいコルセア。その、肩からさげたものは何ですの?」

 『何と言われましても。これはタスキ、というものです、お嬢さま』


 と、わたしは「がんばれネアス」と書かれた布きれを爪の先っちょで持ち上げながら答えた。ていうか、折角のいいところなんだから邪魔しないでください。応援団長としての任務があるんですから。


 「あなたいつから応援団長まで兼ねたの。いえまあ、ネアスの応援をするのは当然のことだけど」


 午後一番の競技は、砲術による精密射撃競技だ。ある意味、対気物理学の一番分かりやすい使い方で、全競技の中でもっとも得点の高い競技でもある。


 対気物理学を用いて現界に作用する力を発揮するには、やり方がある。

 暗素界に位置する自身の分け身に働きかけ、気界を通じて戻って来る力を、気界に影響を及ぼしてねじ曲げるのだ。

 暗素界における分身の位置によるもの、それから気界を通ってくる力の通り道の在り方で、戻って来る力は現界においてズレを生じる。そのズレそのものが、現界に力として現出するのだ。その多くは、炎や水、風などとして物理的な力を持っている。

 対気砲術は、それに特定のベクトルを持たせて標的を狙い撃つ術だ。まあ分かりやすく言えば攻撃魔法みたいなもんである。演出としてはそのまんまだし。

 競技としては、精度と威力が評価の対象になる。当たり前の話だけど、威力に注力すれば精度が落ち、狙いに拘れば威力の方が疎かになる。

 運動大会だから威力に全精力を注ぎ込んで被害を大きくするわけにもいかず、当然評価の比重としては精度の方が高いけど、水鉄砲みたいな威力のものを撃っても的に届かないし、届いたとしても一定の威力がないと命中としては認められない。

 見た目にも派手だから、出場選手は当然最上級の五年生ばかり。そして、そんな中で四年生のネアスが出場するんだから、それがどういうことなのかは分かるというものだろう。


 ちなみに、我らが初等学校では対気物理学は全生徒が必修科目。幼年学校においては特別選抜の生徒が履修することになっている。

 お金のかかる技術だから、初等学校の方が授業に力は入っているけど、幼年学校の方は入学後に才能を見出された生徒が選ばれているから、出場選手の力量としては互角、ってトコだろう。

 当たり前の話だけど、注目を浴びる競技でもあるから、両校共に五名ずつ出場する生徒たちはいずれもエース級。

 見た目の派手さも相まって、この体育大会では最も観客が盛り上がることになる。

 乙女ゲーの主人公と攻略対象の初顔合わせとしてはおあつらえ向き、というわけなのだ。


 『えーと、お嬢さまに中断させられましたけど改めましてー…さあ、初等学校選手団の健闘と勝利を祈りましてぇ……三・三・七拍子、ハイッ!』


 あらかじめ練習させた三三七拍子で応援の機運を盛り上げる。

 初等学校側の観客席からもどよめきと拍手が起こった。そのうち幾人かは、三度目の三三七拍子に合いの手もいれてもらえた。ふふふ、いー感じに舞台は暖まってきたわよ、ネアス。


 「…………」


 入場する選手たちの中にいたネアスは、こっちを向いて困った顔をしていた。なんでよー、こんなに盛り上げてるのにぃ。


 「あまり目立ちたくないのでないかしら」

 『そうは言いましてもね、お嬢さま。ネアスが活躍するのはお嬢さまだって嬉しいでしょ?』

 「それはその通りだけど、何だかあなたのやり方見てると、これでいいのかしら、っていう疑問が浮かんでしまって」

 『盛り上がってるんだから、いーじゃないですか』


 日本の運動会式を持ち込んだワケだから、そう思われるのは仕方無いかも。でもねー、わたしそれ以外のやり方知らないもんね。付き合わされる方は大変でしょーけど、ここは諦めて従ってもらいましょー。その指揮をドラゴンが執ってる分、現地式を取り入れてるわけだしぃ。

 わたしもお嬢さまも、会話はそれまでにして競技会場内に見入ると、両校の代表各五名が入場してきた。

 それに従って双方の応援も盛り上がりを見せる。わたしが煽った分、今の所応援合戦は初等学校の有利だ。いや別にそれで得点が変わるわけじゃ無いんだけどね。


 選手は各校一名ずつ、約百メートルほど離れた的に向かって砲術を撃つ。

 交代で行い、得点を重ねていって最終的に得点の総合計が高い方が勝ち、という分かりやすいやり方だ。ちょうどアーチェリーの団体戦みたいなものかしら。

 ネアスは、ただ一人の四年生ながら最終術者を務める。対する相手の方も、わたしが煽ったせいかバナードがやるみたい。くくく、計画通り。と、悪い笑顔を浮かべとく。


 「ど、どうかしたのコルセア?怖い顔して」


 ドラゴンの悪い笑顔ってあんまり洒落にならないみたい。残念。

 ともかく、第一術者が射撃の体勢に入った。まずは初等学校側から。各組で勝った側が、次回の射撃で先攻になる。要は、逆転の醍醐味を持たせよー、っていう演出なんだろう。

 見覚えのある五年生の生徒の首から提げたペンダント状の触媒が、励起し始めた。

 暗素界の分身の状態の把握、働きかけ、気界への干渉。いずれもこの触媒が必要になる。コレがめっちゃ高価なので、対気物理学はお金がかかるのだ。

 会場全体が固唾を呑む中、選手が集中するにつれて触媒が輝きを増す。今、触媒を通じて暗素界、気界と対話をしているんだろう。

 ちなみにドラゴンたるわたしの場合、触媒なんてものは必要ない。従って触媒を励起する時間も要らず、実はノータイムで発動が可能だ。わたしの吐く火も、それが源泉というわけ。ドラゴンって元々暗素界で産まれたものだしねー。


 「……征きます!」


 …なんて余計な解説をしてるうちに、術者が両手を高く掲げた。頭上でそれを握ると一気に振り下ろし、伸ばした腕が肩の高さになると同時に握った拳の先から、螺旋状の炎が飛び出した。火と風の合わせ技。なかなか高度な真似をする。

 レーザー光線状に放たれた炎は一直線に的に向かい、使い古された触媒を加工して作られた的は、打撃を受けて「キィン!」てな感じの音と共に、割れた。

 すかさず的の近くに待機していた審判員が駆け寄り、打撃の評価をする。命中、おけ。威力も合格。あとはどこに当たったか、だけど、これは術に反応した場所が的に残るので、それで判別する。

 そして呈示された得点は……。


 「七十五点。まあまあね」

 『お嬢さま。えらそーに言ってますけどそんな得点出したことないじゃないですかー』

 「うるさいわね。わたくしはまだ四年生なのよ?五年生の先輩にかなうわけないじゃない!」


 えばることでもないと思いますけど。

 ともかく、先鋒の得点としてはそう悪くない。それが分かる我が校の応援席も、歓喜の声で満たされていた。

 それが収まると今度は、幼年学校の第一術者が射撃の体勢に入る。盛り上がってきたなー。

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