第18話・帝国初等学校大運動会 その1

 帝国の貴族の子弟が通う学校は、大きく分けて二つある。

 一つは、うちのお嬢さまやネアスの通う、帝国初等学校。

 帝国の力を実質的に担う層である、伯爵までの中堅貴族の多くが、子供をこの学校に通わせている。お金もかかる。対気物理学の習得にはね。

 対して、帝国幼年学校は、家柄や歴史は誇るが政治の実力や経済上の実権的には劣ることの多い、旧来の貴族。それから、一般庶民の中でもかなり裕福な層が通学することを許可されている。初等学校に通える一般庶民は、対気物理学の才を認められた子どもたち、ってことで学費は免除。国費特待生扱いなわけで、ネアスもこっちに入る。


 さて問題です。

 こーして国内で二つの学校が、家柄とか貧富とか、容易に揉め事に繋がりそうな事柄でもって入学を分けられているのだから、その両者の間で起こることといったら、なんでしょうか?


 1、戦争、紛争、大闘争。

 2、互いを牽制しながらも表面上は何も生まない冷戦状態。

 3、争いは何も生まなーい。えんぱいあーふぉーおーる、おーるふぉーえんぱいあー。ラブ・アンド・ピース。帝国に生まれてあー良かったー。




 正解はー……1の、運動会大闘争でした。




 「……これは第三皇子としての立場から申し上げる。くれぐれも、生徒の立場を越えた、家同士の諍いに発展しないように、くれぐれも…く・れ・ぐ・れ・も!……諸家には自重を願いたい!以上!」


 生徒会長的立場のバッフェル殿下のごあいさつにより、四年に一度の帝国初等学校大運動大会が、始まった。要するに子供同士のお遊びみたいな競技会なんだから、親がしゃしゃり出て面倒起こすんじゃねえ、という意味なのだ。

 …ただねー、初等学校だけなら殿下の手綱捌きでもなんとかなろうものが、コレって初等学校、幼年学校合同で開催されるんだよね……。

 もともとは初等学校の行事なのに、なんで幼年学校が絡んでくるのか、というとこれはもう帝国の長い歴史の中ですったもんだがあったらしい、ということでお察しください、てなものだ。いろいろと。


 『殿下ー、おつかれさまですー』

 「……真にお疲れなのはこれからだと思うのだがな、コルセア」


 卒業直前の最後のイベントがコレってのは流石に酷なんじゃないかしら、と思いつつご来賓席の先帝陛下(バッフェル殿下の怖れるお祖父様、です)の元に向かう殿下。

 まあねえ……家柄貴族と実力貴族の代理戦争じみてるもんなー、この運動会。聞いた話によると、四年に一回の開催になったのも実はあまりにも家同士の諍いやら貴族と庶民の間の確執やらがメインになってしまったので、時の皇帝陛下の口利きでそのようになったとかなんとか。

 「ラインファメルの乙女たち」の悪役ルートでは、お嬢さまとネアスの間に揉め事っぽいことが起こって、ネアスの殿下フラグが立つイベントになったりもしたものだ。


 「コルセア、君もこっちにおいで」


 とりあえず持ち場に向かう途中、わたしは…でっかいでっっっかい、帝国最大の演習用地の片隅に設けられた保護者席の前を通りがかると、その一画に陣取った、ブリガーナ伯爵家ご一行さまの御当主さまに声をかけられた。

 保護者席いうても日本の運動会みたいなロープで仕切られた粗末なもんじゃなくて、立派な天幕に飾られた、帝国貴族の方々を収めるのにも失礼のない設備。

 ただしその席取りは家格とか最近の揉め事の動勢にも見事に配慮しているけれど。その席次も授業の一環だとかで、殿下を始めとした最上級生たちが散々頭悩ませていたもんである。


 『おや、伯爵さま。ご一家で観戦はいーですけれど、あんまり他のお家と揉め事起こさないで下さいねー』

 「僕の方からつっかかるつもりは無いよ……それにアイナの在学中ただ一度の機会だからね。親としては是非目に焼き付けておきたいのだよ」

 『……どっちかっというと、前伯爵さまの方がノリノリですけどね』

 「は、ははは……まあ、孫の晴れの姿が楽しみだということで、大目に見ておいて欲しいよ」


 まあ、わたしが口出しする筋合いでもないし。

 わたしは自分の仕事があるので、と伯爵さまには断りを入れて、立ち上がって孫の応援に大人げなく全力を投じておられるマイヨール・フィン・ブリガーナ前伯爵と、その醜態を押し止めるのに必死な娘、ミュレンティン伯爵夫人(実は伯爵さまは婿養子だったのだ。今明かされる衝撃の事実)の前を、モノも言わずに通り過ぎたのだった。あ、そういえばブロンヴィード弟君見かけなかったけど。まあいっか。


 「コルセアさん、こんにちは」

 『あら、これはトリーネ家の方々。ようこそいらっしゃいましたー』


 その隣の区画には、ネアスのご両親が。もちろん、伯爵家の客分としての招待でもあるけれど、実力を示す者に便宜を払うことにかけては全く躊躇いの無い帝国初等学校のことなので、席の手配も全くぬかりなし。

 そこのとこ、幼年学校だと露骨に差別してたりして、貴族階級と庶民階級の間に亀裂や諍いを生む原因になっているとのこと。何やってんだかなあ、あっちのガッコは。


 『ネアスはいつも頑張ってますからねー。今日はたっぷり見ていってあげてってくださいー』

 「は、はいどうも」

 「いつも娘が世話になっております…」


 恐縮がるネアスのご両親にも別れを告げ、わたしはさらに歩を進める。歩を進めるっていうか、いつも通りふよふよ漂っているんだけど。

 そして、初等学校生徒会の詰め所にやって来ると、殿下を始めとする十一歳児の集団が緊張の面持ちで待ち構えていた。

 そう、わたしは今日、拝命したのだ。


 帝国初等学校運動大会の、警備主任を。


 ……あのさー、いくらなんでも学外の空飛ぶトカゲにそんなモン押しつけるもんじゃねーわよ、って思うんだけどさー。

 わたし、間違ってる?

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