第17話・昼下がりの第三皇子殿下、そこそこ語ります

 お嬢さまとネアス、その学友の子どもたちが授業を受けている間、わたしは割と自由にさせてもらっている。

 対気物理学の授業が始まってからはその手伝いなんかをしてくれ、とも言われたけれど、実際にそんな場面が訪れたこともない。ていうか、学校の先生にしたって、ドラゴンをどーやって授業に活用しろってんだ、とは言いたいと思う。あんまり思いつきで目の前にいるトカゲを便利使いしないで欲しい、学園長先生。

 …そういえばお嬢さまとネアスが入学してもう三年以上経ってるんだよなあ。今年から目出度く四年生にもなってるっていうのに、考えてみたらわたし学園長先生とか言ったって一度しか会ってないや…などと愚痴を垂れつつ、午後一番の授業中に中庭をふわふわしていたら。


 「コルセアか。どうした?」


 と、知らないでも無い顔から声をかけられた。

 いや知らないでもないも何も、今はお嬢さまの愛しき許婚、バッフェル殿下だ。言わずと知れた青銅帝国第三皇子。御年、お嬢さまより一つ上の当年十一歳であらせられる。


 『授業中でヒマなんですよぉ。殿下はおサボりですか?』

 「滅多なことを言うな。就学中の身で授業を抜け出した、などとお祖父様に知られたら首と胴が生き別れになる」


 そこは本気で怖れているのか、齢十一にして既に帝国の皇子たちの中ではもっとも胆が太いという評判を得ている第三皇子にしては珍しいことに、本気で渋い顔になっていた。児童には珍しい表情だ。

 ちなみに今上帝陛下には、十六の第一皇子を筆頭に、八歳の第五皇子までの男児と、皇子との双子を含めて二人の公主(姫君のコト)がいる。まこと子だくさんなことなんだけど、驚くべきは皆さま母親が同じ、ということだったりする。仲のよろしいことで結構結構。不敬?知ったこっちゃねー。

 まー、ゲームにはバッフェル殿下の他には長男の第一皇子殿下しか出てこないので、これまた死に設定なんですけどね。今世でもわたしはまだバッフェル殿下以外会ったこと無いから、割とどーでもいいし。基本的には第三皇子がどんだけ変わり者なのか、を演出するためだけの設定な気がする。


 「…俺も間も無く卒業であるからな。思い残すことのないよう、学内を見て回っている」


 で、武張った帝国の中でも剛胆不敵で後に鳴らす第三皇子殿下は、その後日の威名に似合わない、愁いを湛えた眼差しで中庭をぐるりと見渡していた。

 そうだ、初等学校を卒業後、この殿下は国外留学ってことでしばらく登場しなくなるんだった。

 なるほど、そう思えばこうして寂しげであるのにも理由ってものはあるんだなー。


 『殿下ってご卒業後は留学されるんでしたっけ。うちのお嬢さまのこと忘れないでくださいねー…って、どしました?』

 「……いや、その話誰に聞いた?」

 『誰に、って…そりゃー……あ』


 そういえば殿下卒業時のイベントでお嬢さまとネアスに明かされるんだったっけ。わたしが先に聞いたらマズいじゃん?!


 『……えとそのー、そこらを飛んでたら噂話として。ほら、貴族の嗜み、ってやつでございましょ?貴顕の動向を追うのはー』

 「これはかなり高度に練られた話だったものを…誰が話していたか分かるか?」

 『あーいえ。残念ながらそこまではー。浮いてたところに聞こえて来ただけなのでー』

 「そうか」


 さして追求もされずにホッとする。

 いやこないだわたしの羽にイタズラかましてくれた某貴族のガキ…もとい、ご子息のせいにでもしよーかと思ったんだけれど、まさか咎無しでの処刑で殿下の手を汚させるわけにもいかないしねえ。

 それに、しばらく考え事をしてた後、わたしの方を見上げて殿下の仰ったことは、お嬢さまにとっては割と好ましい内容だったのだし。


 「コルセア。出来ればその話は…アイナハッフェには伏せておいて欲しい」

 『なんでまた?殿下が国外に行かれるというのであれば、うちのお嬢さまにも無関係ではないでしょーに』

 「無関係でなければ、だからこそだよ。決まれば自分から伝えたい。あなたに相応しい男となって戻って参るので、どうかそれまで待っていて欲しい、とな」

 『……殿下』

 「なんだ」

 『お顔が真っ赤でしてよ?』

 「………からかうな、阿呆」


 まあねえ。十一歳児の発言としてはどーかと思いますケド、うちのお嬢さまを喜ばせるということであれば、正に完璧ですし。殿下ご本人から伝えられた方が感激するでしょ。


 殿下は既に卒業に必要な履修は済ませておられて、学校にも自主的に通っているだけとのこと。

 今日は授業も無く、挨拶周りと馴染んだ景色を目に収めておきたい、という話だったので、わたしも邪魔は野暮とばかりに殿下には別れを告げた。

 それにしてもねえ。

 幼年期ルートで、お嬢さまと殿下の関係の細かい描写とかはそれほどされていないんだけど、こーいうイベがあったとか当時のわたしが知ってたら……割とアイナハッフェ推しになってただろーなー、と思わないでもないのだ。

 その分現世で、お嬢さまに忠実なドラゴンやってるわけで。

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