『才能ゼロから、美少女に鍛えられる魔法修行』

東紀まゆか

才能ゼロから、美少女に鍛えられる魔法修行

 幼かった頃、僕たちは。

 かつてこの世界を救ったという、伝説の魔法騎士に憧れていた。

 僕と、二人の幼馴染は。

 伝説の騎士が鍛錬を重ねたと言われる大樹の下で、いつも遊んでいた。


 そして誓ったのだ。

 いつまでも僕らは、友達でいよう。

 この世界を守る、立派な魔法騎士になろうと。

 剣に見立てた木の枝を、宙で交差させて言ったんだ。


「我ら三人、この世界一の魔法騎士にならん事を誓う!」


 その誓いが、ずっと僕を支えて来たんだ。



「魔法力が無い?」


 ベルニア魔法学院への入学願書を提出すべく。

 自身の能力診断を受けたソロンは、導士の回答に戸惑った。


「魔法は、主に五大元素の精霊との契約で発動する。君は精霊との〝縁〟が弱い。『風の精霊』との縁が微かにあるが、戦える程じゃない」


 検査結果を宙に投影しながら、導士は説明した。


「身上書を見たが成績が優秀だし何にでもなれるよ。どうして魔法騎士にこだわるんだい?」


 それは……。

 かつて約束したから。大事な友人たちと。


〝我ら三人、この世界一の魔法騎士にならん事を誓う〟


 ソロンが肩を落として帰宅すると。


「その様子じゃ、ダメだったみたいね」


 気の強そうなツインテールの幼馴染……。

 大樹の下で、共に世界一の魔法騎士になろうと誓った三人のうちの一人が、腕組みをして玄関前に立っていた。


「才能が無いのは、薄々わかってたでしょ。ちなみに私は、雷魔法で願書を貰えたわ」


 無言のまま、顔も上げないソロンを見て。

 肩をすくめると、少女は言った。


「ねぇ、ベルニア魔法学院には、マネージャー枠もあるの」


 そこで初めて顔を上げたソロンに、少女は自信たっぷりの表情で言った。


「私が貴方を、闘技場に連れて行ってあげる」



『アリアちゃん、聞こえる?』


 金髪のツインテールをなびかせて。

 銀色の鎧を纏った少女は、右手で巨大なレイピアを構えると。

 胸元に下げた通信用ペンダントから聞こえる声に答えた。


「聞こえるわソロン。対戦相手に変化は無いわね?」

「東方の奇術を使うロードマスター。使役するモンスターはキョンシー。吸血鬼の一種だ。飛行はしないが、跳躍力が高い」

「攻撃パターンは、貴方の予想通りで間違いない?」

『バッチリ偵察した。あのキョンシーは右回りで攻撃してくる癖がある』


 アリアの立つ闘技場の、対面の扉が開き。

 顔に呪符を貼り、東方のカラフルな死に装束に身を包み。

 鋭い爪の生えた両手を前に突き出した屍人が、ピョン、ピョンと飛び跳ねてきた。


 その後ろでは。

 エキゾチックな衣装に身を包んだ男が、右手に持つ大きな鈴をシャン、シャンと派手に鳴らしている。

 アリアはペンダントを通じ、ソロンに呼びかけた。


「本当に、あの鈴は狙わなくていいの?」

『あれは僕らの注意を引き付ける囮。東方出身の呪術師に裏を取った。キョンシーを操っているのは、鈴じゃなくて、胸元の護符だ』


 両選手の間に立つ審判員が、戦闘開始を宣言した。


「これより選抜魔法戦、サウス地区予選の決勝を開始する!ファイッ!」


 スチャッ、とレイピアを構え直すと。アリアは右腰に下げたボトルに手を伸ばした。

 ペンダントから、ソロンの声が響く。


『キョンシーは、吐いた息で人の居場所を察知する』


 アリアは、掴んだボトルを、キョンシーの右側に投げつけた。

 二層に分かれていたボトルが地に落ちて割れ、分けられていた石灰と塩酸が交じり合う。


「ガァッ!」


 キョンシーは、割れたボトルから発生した二酸化炭素を、人間の吐く息と勘違いし、そこに飛び掛かった。

 その脇をすり抜け、アリアは一気に、キョンシーを操るロードマスターめがけて走る。


『気を付けて!ロードマスター自身も』

「わかってるわよ。背中に仕込んだ剣を飛ばすんでしょ。貴方が見てきた様に」


 ロードマスターが両手で印を結び、念を込めて、背負っていた七本の剣を飛ばすと同時に。

 アリアは呪文詠唱なしで、雷撃魔法を発動し。

 レイピアの先端から放った稲妻で、宙に舞った七本の剣を撃ち落とした。


「!」


 たじろぐロードマスターを蹴り倒すと。

 その胸の護符にレイピアを突き付け、アリアは言った。


「降参なさい。それとも、お仲間を制御不能にされたいかしら?」




「見ろよ、ベルニア魔法学院の代表。〝雷鳴のアリア〟だ」


 予選が終わり、闘技場から帰るアリアとソロンを見て、観客が噂をする。


「今日も勝ったらしいぜ。これで全国大会に進出だな」

「マネージャーも優秀って話だ。調査力と作戦の仕込みがハンパないらしい」


 自分たちに注目が集まっているのを感じながら。

 アリアは自分の武具や甲冑を背負った傍らのソロンに言いかけた。


「ねぇ、ソロン。あなたが魔法を重視しない作戦ばかり立てるのって……」


 その時。


「あーっ!」


 ソロンは目の前に立つ少年を指さして、大声を上げた。


「君は……ジュネくん!」


 髪がボサボサの、目つきの悪い、ソロンとアリアと同じ年頃の少年。

 かつてソロン、アリアと「大樹の誓い」を立てながら。

 魔法騎士である父の武者修行に連れられ、二人の前から去って行った幼馴染が立っていた。


 ジュネ君……六年ぶり……。

 ドサッ、と背負っていた大荷物を落とし、ソロンは旧友の元へ駆け寄った。


「ジュネくーん!げほっ!」


 ジュネに抱き着こうとしたソロンは、みぞおちに蹴りを食らって、うずくまる。

 思わずアリアが叫ぶ。


「ちょっと、アンタ何するのよ!」

「じゃかましい!俺はお前らの敵だ!」


 自分を親指でさし、ジュネは言った。


「俺は全国対会ノウス地区代表だ!今日はお前らの偵察に来たんだ!」


 みぞおちを押さえて立ち上がりながら、ソロンは震える声で言う。


「じゃぁ、全国大会で、あの日の約束が果たせるね。最強の魔法騎士になる約束が」

「あの日の約束?ふざけんな!」


 ビッ、とソロンを指さし、ジュネは吐き捨てた。


「お前には失望した!世界一の魔法騎士になろうと誓ったのに、何故、マネージャーなんかになった!」


 ソロンをかばう様に、アリアが答える。


「仕方ないでしょ。ソロンには魔法の才能が無いんだから!」

「バカ野郎、〝精霊との縁〟は、こっちから掴んで引き寄せるんだよ!」


 そう言うとジュネは右掌から、ボワッ、と炎の柱を拭き上げた。


「お前は血反吐を吐いて努力をしたのか?俺も精霊との縁は薄かった。だが親父を継いで魔法騎士にならないと捨てられる。だから死ぬ気で鍛錬した!」


 ジュネがギロッ、と自分を睨んだので、アリアも怯んだ。


「ソロンは昔から頭が良かった。だから利用しようと、自分のマネージャーにしたんだろ!」

「ちっ、違うわ!」

「とにかく、お前たち二人には失望した」


  ザッ、と踵を返すと、ジュネは吐き捨てる様に言う。


「一か月後の全国大会で、お前たちを叩きのめし、俺が優勝する!」


 歩み去るジュネの背後で。ソロンは、声を震わせた。


「アリアちゃん……僕、魔法の練習で、血反吐を吐きたい!」

「な、何を言うの?」

 

 アリアは戸惑った。

 精霊への縁が薄い物が、魔法の鍛錬をすると。

 下手をすれば、命にもかかわる。

 だから私は、あの時、ソロンの身を案じて……。


 アリアの両手を掴み、ポロポロと涙を零しながら、ソロンは言った。


「あの日の誓いをウソにしたくないんだ!お願い、魔法を教えて!」


 精霊と縁の薄い者が、ひと月で全国大会レベルになれるはずがない……。

 溜息をつくと、アリアは思った。

 諦めさせるしかない。

 辛く厳しい訓練をして。


「いいわ、その代わり約束して」


 顔を明るくするソロンに、アリアは言い放った。


「マネージャーの仕事は、疎かにしないでよ」




 その日から、ソロンの過酷な毎日が始まった。

 アリアのマネージャーとして、ジュネも含めた決勝進出者を偵察しなければならない。

 今までは馬車や汽車で行っていたが、アリアは体力作りも兼ねて、走って行かせた。

 まだ夜が明ける前に出発し、何時間も走り、持久力を養う。


 訓練場にいるジュネは、ソロンが偵察している事に気づいているのか、見せつけるかの様に凄技を使った。

 彼の全身から噴き出した炎が、生きている様に宙を舞う。

 口だけじゃない。ジュネ君は強い……。

 怯みながらも、闘志を燃やし。

 また持久走で帰って来ると、今度は基礎訓練を終えたアリアの相手をする。


 様々な障害物が設置された訓練場で。

 最初はアリアの放つ電撃魔法から、ひたすら逃げ回るだけだった。


「魔法の背後にいる精霊の気配を感じるの!そうすれば避けられるわ!」


 アリアは自分と同じ訓練メニューを、ソロンに課した。

 夜は、アリアの為に、他の対戦相手への対策を考え。

 また夜明け前に起きて、偵察に持久走で向かう。


 そんな過酷な毎日を繰り返すうち。

 最初の二週間で、ソロンはゲッソリとやつれた。


 お願い、早く諦めて!

 そう願うアリアだったが。

 くじけないソロンの体には。

 次の二週間で、パンを埋め込んだ様な、柔らかい筋肉が付き始めた。


 それに伴い。アリアはソロンの中に、魔法の力を感じ始めた。

 毎日の持久走で心肺能力……すなわち呼吸の力を高めたので。

 ソロンと微かながら縁がある〝風の精霊〟が反応している?


 そして全国大会が数日後に迫った日。

 ついにソロンは、アリアの放った電撃をよけた拍子に。

 無意識のうちに魔法で、つむじ風を発生させる事に成功した。


「え?」


 自分が生まれて初めて使った魔法に、驚くソロンの目の前で。

 つむじ風に吹き飛ばされたアリアは、大木の幹に身体を叩きつけられた。


「アリアちゃん!」


 治癒魔導士が呼ばれ、診察を受けたが。

 アリアの肋骨は、数本、ヒビが入っていた。

 数日で回復はするが、全国大会に出場などもってのほか。

 その言葉に絶望するアリアの前で、ソロンは言った。


「僕が、アリアちゃんの代わりに全国大会に出るよ!」




 全国大会の最初にジュネ君と当たるなんて。

 いや、運が良かったのかも知れない。


 防炎用の漆喰を塗った、アリアの革防具を着て。

 同じく漆喰を塗った仮面を被りながら、ソロンは思った。


「サウス地区代表、ベルニア魔法学院!」


 審判員の声とともに、入場門が開き。

 ソロンは初めて、闘技場の中に脚を踏み入れた。


 魔法戦には、アリア個人ではなくて、ソロンとのチームでエントリーしている。

 なのでルール上、ソロンが出場する事は問題なかった。

 勿論、普段はそんな事をすれば、勝てる訳がないのだが。


 「ノウス地区代表、セラル呪術学院!」


 反対側のゲートが開き、もう全身に炎を纏っているジュネが出て来た。


「アリア!てめぇを消し炭にしてやるぜぇ!」


 ジュネ君、防炎用の仮面で、相手が僕だと気づいていない?

 ならば……。勝機はある!


「これより本戦を開始する!ファイッ!」


 いきなり炎を浴びせかけるジュネに向かい、ソロンはベルトに挿していたガラス瓶を何本も投げつける。

 石灰と塩酸入りのボトルが割れ、二酸化炭素が発生し、一時的にジュネの炎が弱まった。


「こんなもんで、俺の炎は消せねぇんだよ!」


 うん、知ってる。ずっと偵察してたから。

 そして君が次にやるのは……。

 ジュネがフルパワーで、炎の渦を発生させようとした瞬間。

 ソロンは、つむじ風を起こし、それに乗せて「最後のボトル」を飛ばした。


「お前、なぜ風魔法を?」


 たじろぐジュネに向かい。

 つむじ風と、最後のボトル……油が入ったボトルが突っ込んで。

 新鮮な空気と、気化した油により。一度、下火になった炎は、爆発的に膨れ上がった。


「うわっ!」


自分の炎魔法の逆流を食らい。


 ジュネは宙高く吹き飛ばされ、大地に叩きつけられた。


「く、くそっ!」


 全身を打ち、立ち上がれぬジュネの耳に、審判員の声が刺さる。


「勝者、ベルニア魔法学院」


 勝った……。ソロンはヘナヘナと、その場に座り込んだ。


「ちくしょう!俺からソロンを奪いやがって!」


 倒れ伏したまま、拳で大地を叩き、ジュネは悔しがった。


「お前に勝って、ソロンをこの手に取り戻したかったのに!」

「ふ~ん。あんた、そういうつもりだったんだ」


 入場ゲートの奥で試合を見ていたアリアが、歩み出て来る。


「アリア?じゃぁ、俺を倒したこいつは?」


 仮面を脱いだソロンを見て、ジュネは、あんぐりと口を開けた。


「ソロンが魔法で、俺を負かしただと?」


 アリアはジト目でジュネを見ながら言った。


「どうぞどうぞ。私に構わず、お二人でイチャイチャして下さいな」

「バカ野郎、俺とソロンは宿命のライバルでだな、そういう関係じゃねぇ!」

「アリアちゃんも、ジュネ君も、仲良くしてよっ」

「あ~、君たち、そろそろ次の試合に移りたいんだがね……」

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『才能ゼロから、美少女に鍛えられる魔法修行』 東紀まゆか @TOHKI9865

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