第4章

登校前

 重武装の騎士たちが砂丘に布陣している。

 騎士たちは白銀の鎧を装備し、神聖法術式で強化された長槍を砂に突き立てて周囲を警戒している。


 彼らはアトポシス神聖騎士団。神聖教団の実働部隊として国家から独立した力を振るい、魔族殲滅の聖戦を繰り広げてきた。


 ウルスラ神聖帝国においては、軍事費の枯渇で解体しかかっている帝国軍に代わり、神聖騎士団が様々な問題に対処している。

 彼らが今この砂丘で行っている任務は古代墳墓の暴走を止めるというものだった。


 帝国では治安の悪化によって盗賊が跳梁跋扈するようになった。その一団が財宝を求めて、帝都南に位置する古代墳墓の封印を破壊。内部に侵入したあげく、墳墓の魔法術式を起動してしまった。


 魔法術式の発動効果は、永遠の眠りについていた死者を呼び起こすというものだった。墳墓に安置されていた遺体が蘇ってアンデッドとなり、生者を襲って殺した。死んだ者もまたアンデッドとなった。盗賊の一団もそろってアンデッドと化した。

 たちまち数を増やしたアンデッドの群れは近辺の村や町に襲いかかった。


 こうして帝都はアンデッドの侵入におびえるようになり、神聖騎士団にお鉢が回ってきた。

 魔物を滅ぼすという神聖騎士団らしい任務に彼らも最初は喜んでいたものの、アンデッドの数が多すぎる上に元は村民や町民。やりづらいことこの上ない。

 アンデッドの群れを退治して回るよりも墳墓を破壊した方が早いとして、砂丘までやってきたというわけだ。


 もうじき夜になる。砂に埋もれている墳墓がやがて姿を現し、アンデッドがあふれ出してくるだろう。危険だが、墳墓に侵入するにはこれを待つしかない。


 砂丘は寒暖差が激しい。秋の夕方とは思えない冷風が吹いて、神聖騎士団の若者が身体を震わせる。それを見たベテランの騎士が笑った。


「どうした、びびったか」

「いえ、武者震いです! ただ…… あの、聞きましたか、この事件を起こしたのは暗黒騎士だという話。もし、ここに暗黒騎士がいたら」


 ベテラン騎士は顔をしかめて今度は苦笑いした。

「おいおい、マジにびびってんじゃねえか。あのなあ、暗黒騎士はナヴァリアに追放されただろうが。ここにはいねえよ」


「本当にですか?」

「ああ、ミレーラ殿の報告を読んだからな」


「良かった…… その、ミレーラさんはそろそろ戻ってきてくれないんですかね。ここに来てもらえれば心強いんですけど」

「おいおい、俺じゃあ頼りにならねえみたいだな。ま、あの召喚術式を使ってもらえりゃあ確かに頼もしいけどよ。ま、無理だ」


「どうしてです?」

「そりゃあ、暗黒騎士を捕縛しに行ったら返り討ちにあって、捕まっちまったからよ」


「ええっ! あのミレーラさんが!」

 若者は驚いて長槍を倒しかける。


「おい、危ねえなあ! なんでも捕らえに行ったら、暗黒騎士から村一つごと闇の瘴気に沈められちまったそうだ。さすがにミレーラ殿の召喚獣でもかないっこねえよ」

「悪魔だ…… そうだ、ミレーラさんを助けに行きましょう! アンデッドなんかよりも重要ですよ!」


「いや、それがな。捕虜として潜入調査しているから大丈夫なんだそうだ。来てくれるなとよ」

「そうなんですか……」


 若者はそこで首をかしげる。

「どうしてそんなことを知っているんです?」

「団まで郵便で報告が届いたからだが?」


「捕まっているんですよね?」

「そこはそれ、ミレーラ殿はさすがということだな」

「さすがすぎませんか!?」


 そんな話をしているうちに陽も落ちていた。

 砂がざらざらと流れ始める。

「来るぞお!」

 ベテランが叫ぶ。


 砂の中から石造りの四角錐が浮かび上がってくる。古代墳墓だ。

 水のように砂を流しながら古代墳墓が姿を現していく。小山のように大きい。砂丘全体が揺れて、低く重い音が響く。

 古代墳墓の四方には出入口が開いており、そこからアンデッドの群れが湧き出してくる。血の気が無い顔、虚ろな目、汚れた服、不安定だがすばやい足取り。


「かかれ!」

 神聖騎士たちは長槍を構える。神聖術式が発動して、長槍が光り輝く。



◆ナヴァリア州 州都  


 芒星城の敷地内に建っている黒い塔。暗黒騎士デス・ザニバルの住まう家だ。

 その扉を拳で叩き続けている者がいる。神聖騎士ミレーラ・ガゼットだった。


「ザニバル様、私も入れてください! 猫や巫女ごときを住ませているのに、私はザニバル様の大事な副官ですよ!」

 ミレーラは大声でわめいている。


 地獄の底から響くような低い声で、塔の中から嫌そうに返事が来る。

「ミレーラはびったりくっついてきてうざいんだもん」

「愛する家族だと言ってくれたじゃないですか! 家族は一緒にいるものですよ!」


「愛するとか言ってないし、家族は離れていても家族だし」

「ザニバル様の本当のお気持ちは知っていますから!」

 ミレーラは両拳で扉を叩き始める。うるさい。


 そこに領主のアニスがやってきた。腹心のゴブリン少女ゴニも一緒だ。ゴニはマルメロの果実が入った籠を提げている。


「勇者様、採れたてのマルメロをお持ちしましたわ」

 アニスが呼びかける。

「マリベルちゃんに特級のマルメロを持ってきたのです」

 ゴニも告げる。


 しばらく沈黙の後、扉が少し開いて少女が顔を覗かせた。マリベルだ。その視線は籠の中のマルメロに吸いつけられている。


「マルメロくれるの?」

 マリベルは目を輝かせている。


「ええ、果樹園の皆さんが、勇者様からマルメロを救っていただいたお礼に最高のものを選りすぐったのだそうです」

 アニスの言葉に、マリベルは扉を大きく開く。


 アニスとゴニは扉をくぐる。扉が閉まろうとしたところでミレーラも強引に入り込む。


「どうしてこの人たちは入れてもらえるんですか!」

 ミレーラは文句を言いながら塔の中を眺めまわす。


 塔の一階は広間になっていて、テーブルと椅子が並んでいる。

 巫女のマヒメがいて、アニスとゴニに椅子を勧める。

「ようこそいらっしゃいませ」

 マヒメはいそいそとお茶を用意する。

 

 マリベルは壁の隅に張り付いていて、びくびくと怖がっていた。主にゴニを警戒しているようだ。その足元には白い猫のキトがいる。


 ミレーラはマリベルに目を留める。

「ザニバル様の隠し子……! 忘れていました」


 それを聞いたゴニが訂正する。

「隠し子? マリベルちゃんはキトの変身した姿なのですよ」


 ミレーラは眉根を寄せる。

「キトとはその猫のことでは……?」

 マリベルの大きな獣耳と白猫キトを見比べる。

「確かにそういう分身術式がないでもないですけど……」


 アニスがマリベルに声をかける。

「座りませんか。今日はマリベルちゃんに話があってきたのです」

 しかしマリベルは動こうとしない。

 そこでゴニがマルメロの果実をテーブルにひとつ置くと、マリベルは獣耳の毛を逆立てながらもテーブルに近づいてきて慎重に座った。マルメロを素早く取って、両手で抱きしめる。良い匂いを胸いっぱいに吸い込んで、怖がりながらも嬉しそうだ。


 アニスは微笑んで、

「ここしばらくの貿易でナヴァリアにも余裕ができてきました。そこで学校を作ることにしたのです。マリベルちゃん、学校に通いませんか」


 今にもマルメロにかじりつこうとしていたマリベルは、アニスの言葉にきょとんとした。

「がっこう?」


 ゴニが説明する。

「芒星城の空いた部屋に子どもたちを集めて授業をします。芒星学園です」


 マリベルが身を乗り出す。目を輝かせている。

「何を教えるの!? 本を読んだりする?」


 アニスはマリベルの反応に目を細めて、

「ええ、いろんな本を読んで、いろんなことを考えるのですわ」


 マリベルは立ち上がった。

「学校行きたい! 本読みたいもん!」

 キトも嬉しそうにうなりながら身体をマリベルの足にこすりつける。

 

「良かったですわ。勇者様にもお話したかったのですけど」

 アニスが周囲を眺める。


「大丈夫です、話はしておきますから」

 マヒメが請け合った。


 それからしばらくはぺスカ町の話だった。

 アニスによれば、ザニバルが偽ザニバルを追い払った後に住民の人口が増えて漁獲がずいぶんと伸びたらしい。これもザニバルのおかげだと盛り上がる。


 一段落した後、次の仕事が待っているとかで名残惜しそうにアニスとゴニは帰った。

 しれっと居座ろうとしたミレーラはマリベルから追い出される。外で文句を言っていたが、作戦を変えたのか、しばらくするといなくなった。


 マヒメはテーブルの上を片付けながら、

「学校に行きたかったの?」


 マリベル、いやデス・ザニバルは答える。

「だって、学校行ったことないんだもん…… お姉ちゃんみたいに本を読みたいもん」

 その目は遠くを見ているかのようだった。

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