懇願と対立

 海岸で対峙するは、ヘルタイガーのキトに乗る暗黒騎士ザニバル、そしてホーリーケルベロスを駆る神聖騎士ミレーラ。

 海岸はザニバルの魔装から噴き出す暗黒の瘴気に包まれており、視界は悪い。


「ザニバル様、公金横領罪で捕縛命令が出ています。おとなしく私のものになってください」

 ミレーラは懐から取り出した逮捕状を突きつける。


「こうきんおうりょう? そんなこと言う前にザニバルの給料を払ってよ。ずっと未払いだよ」

 地獄の底から響くような低い声でザニバルは答える。


「ナヴァリア州が急速に復興しつつあるのは、ザニバル様が持ち出した公金によるものです。帝都で反乱を裏から煽動しているのもザニバル様です」

「またそんな嘘をつくの。帝都になんてずっと行ってないもん」

 ザニバルは呆れかえる。


 一方、ミレーラは歓喜している。

 彼女はザニバルのかつての副官だが、ザニバルのナヴァリア州行きに置いていかれてしまった。そこでミレーラはザニバルの捕縛役を買ってでて、ここナヴァリア州のぺスカ町までやってきた。

 そして偽ザニバルを使った騒ぎを起こし、とうとう本物のザニバルをおびき出すことに成功したのだ。


 ヘルタイガーとホーリーケルベロスの三つ首はにらみ合う。

 ヘルタイガーも大型の魔獣だが、ホーリーケルベロスはさらに二回りも大きく、高みからヘルタイガーを見下ろしている。


 ホーリーケルベロスは三つの顎を開き、そこから三本の白い光を放った。光は瘴気を切り裂いて伸び、ザニバルの上に三つの白い魔法陣を作り出す。


 この魔法陣は封印結界の効果を持つ。ザニバルを封じ込めようとしている。さきほどまで町中を覆っていた結界よりも局所的なだけに、封印効果ははるかに高い。


 ザニバルは腕の魔装から黒銀の鞭を繰り出し、魔法陣を狙う。瘴気を引いて舞う鞭は一つの魔法陣を破壊。だが残り二つの魔法陣から白い光が放たれ、新たな魔法陣が複数展開される。


 ザニバルが魔法陣を壊すほどに新たな魔法陣が展開していって、ザニバルを全周から包み込んでいく。


 ミレーラは頬を紅潮させて、

「いかがですか、ザニバル様。いくら壊しても無駄でしょう。神聖法陣の自動展開術式です。この日この時のために古代ヴァリア式神聖法と最新のズメイ式神聖法制御理論を研究してきた成果なんです!」


「やっぱりミレーラはこういうの好きだよね」

 ザニバルが言うや、乗っているヘルタイガーごと地面に沈み込んだ。いや、地面と見えていたのはザニバルが瘴気によって作り出した床だったのだ。


 床を瘴気に戻してザニバルは落ちた。下に魔法陣の結界は展開されていない。ザニバルを乗せたヘルタイガーは自由に突進する。


 残された魔法陣には膨大な瘴気が押し寄せた。無数の魔法陣が瘴気に浸蝕されて、自動再生などお構いなしに丸ごと押しつぶされる。


 ヘルタイガーはホーリーケルベロスの間近に迫る。


「風、凍気、水!」

 ミレーラの指示で、ホーリーケルベロスは三つの顎から風と凍気と水のブレス攻撃を放つ。

 ザニバルの前に瘴気が濃く立ち込める。ブレス攻撃は瘴気に阻まれて、ザニバルの手前に分厚く高い氷の壁を生じさせる。


 ザニバルは籠手の先に瘴気を固めてハンマーを作り出した。

 ハンマーで殴りつけられた氷の壁はホーリーケルベロスのほうに倒れていき、ホーリーケルベロスは避けようとして体勢が乱れる。


 そこへヘルタイガーが跳んだ。ホーリーケルベロスの喉笛の一つに喰らいつく。


「さすがザニバル様!」

 押されているミレーラはしかし恍惚とした表情だ。


 ホーリーケルベロスの首はヘルタイガーに噛まれて光の粒を滴らせる。ヘルタイガーの牙は深々と刺さっていき、遂に首を喰いちぎった。


 ホーリーケルベロスの首が一つ落ちて、残りは二つ首になる。

 落ちた首は光に分解するや再構築されて数頭のホーリーハウンドに戻った。


 ホーリーハウンドの群れがヘルタイガーを取り囲む。ザニバルとヘルタイガーは、ホーリーケルベロスとホーリーハウンドの群れを同時に相手せねばならない。

 ホーリーハウンドがヘルタイガーに喰らいつこうとする。ザニバルが鞭を振るって追い払う。しかしすぐにホーリーハウンドは戻ってくる。


「いかん、騎士殿が囲まれてしまったぞ!」

 サイレン族たちは、大穴が開いた岩場からこの戦いを見ていた。大人たちは銛を強く握りしめ、そして決意した。

「わしらも行くしかねえ! わしらの町だぞ。わしらが戦わんでなんとする!」


「怖いよ」

「あんなの勝てっこないよ」

「任せておけばいいのに」

 へたり込んでいた若者たちは怯えきった目で大人を見る。大人たちは見返して、

「お前たちはそこにいなさい。村を守るのはわしら大人の仕事だ」


 洞窟の中には小さな子どもたちもいた。

「今のうちに逃げようね」

 巫女マヒメが子どもたちを岩場から遠くへと誘導していく。


「皆、行くぞ!」

 サイレン族の大人たちは岩場から駆け出した。ザニバルを包囲しているホーリーハウンドの群れに向かい、さらに外から包囲しようとする。


 猫たちもその包囲に加わる。

「にゃあああっ!」

「うおおおおおお!」

 猫とサイレン族たちが威嚇の声を上げる。


 ホーリーハウンドが振り返って、鋭い歯の並んだ顎をサイレン族に向ける。サイレン族は身体を震わせて恐怖する。しかし退かない。


 ザニバルを狙ってホーリーハウンドが踊り上がった。

 ヘルタイガーはその首筋に喰らいついて地面に叩きつける。ザニバルがそこに鞭を振るい、ホーリーハウンドは光の粒に雲散霧消する。

 ぴったり息があった戦いぶりだ。


 ミレーラはホーリーケルベロスの上からヘルタイガーをにらむ。

「許せません。虎如きがいつもいつもザニバル様のお側にいるだなんて、あつかましいにもほどがあります」

「……家族だもん。一緒にいたいんだもん」

 ザニバルが答える。しばらく別れていた辛さがザニバルの胸に蘇って痛い。


「どうしてそんなのが家族なんです。なぜ私を家族にしてくださらないのです、ザニバル様!」


 ザニバルは見上げもせずに答える。

「家族はねえ、信じあうの。ミレーラ嘘つきだもん。嘘の作戦でザニバルを一人だけ突撃させたり、魔族を皆殺しにしたとか言いふらしたり、ミレーラが重傷だとか言って呼びつけたり、毎日毎日」

「あの作戦でザニバル様は救国の英雄と呼ばれるようになったではありませんか。私のおかげです」

 ミレーラは鼻高々だ。


「今度も国のお金を盗ったとか反乱とか、またミレーラが嘘を広めたでしょ」

「噂によって、腐敗した帝国を立て直すのはザニバル様だと臣民の期待を高めることができました。これで新たな皇帝になることも夢ではありません」


 ザニバルはミレーラをにらみつけた。

「ねえ、どうしてそんなことするの。人を困らせるのはねえ、悪い嘘なんだよ」

「全てザニバル様のためなんです。本当のことになんて価値はないんです。都合の良いように話を作っていれば、いつか世界はそのとおりになるんです。……そう信じればいいんです」


 ミレーラは泣き笑いのような表情を浮かべる。

「どうせ家族なんて嘘なんですから」

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