吾輩は傘である
ミニ王
ゆめちゃんの傘
前編
吾輩は傘である。名前は今後ともない。おそらく永遠にない。
強いて言うのなら「猫ちゃんの傘」と吾輩は呼ばれている。猫の柄が紫に印刷されているからである。
今年小学生になつたばかりのゆめちゃんが吾輩の主人である。
こう言っては何だが、ゆめちゃんは吾輩のことを大変に好いている。雨の日はもちろん、雨が降りそうな日も、雨が降つていない日も出掛ける場合には必ず吾輩を持つ。
「そりゃあ、お前さん過剰だぜ」
憎きらぁんどせるが言った。
今年入ったばかりの新参の癖に、吾輩と同等と思っている生意気な輩である。
「言っておくが、傘さんよ。わたしは六年間は一緒なんだ。すぐにでも捨てられそうな貴方と違ってね」
らぁんどせるは癇に障る輩であった。
吾輩も言わせておるばかりではなかつた。雨上がりの日なぞは主人は吾輩の身体を彼奴のしもの部分へしばりつける。吾輩は好機とばかりに身体をこすらせるのだ。
するとどうであろう。
吾輩の骨と彼奴の蓋をとめる金具がこすれてほんのすこしゆるくなるのである。
吾輩は言葉でも負けるつもりはなかつた。
「らぁんどせるよ。お主にはきょうかしょをはこぶ役目があるように、吾輩には吾輩の使命があるのだ」
「そんなもんですかねえ」
「雨の日なぞ吾輩がいなければ主人は外に出れまい」
雨の日、吾輩は少女の小さな体を雨から守る。
濡れぬように。
風邪をひかぬようにと願いながら。
ちいさなちいさな頭を寸滴でも濡らしてなるものか、と強く願うのである。
しかしそれもあと幾月でき得るのであろうか。
表皮のびにるは互いにくつつくようになつていた。金具の発条はゆるまり、ともすれば勝手に開いてしまうときあり。猫は色が落ち始めていた。
「ゆめ、そろそろ新しい傘を買ってあげるわ」
「いやあよ、わたしはこれがいいの!」
ゆめちゃんは駄々をこねる。新しいものを買つてとねだるのが普通だというのに。
そんな主人といつか別れなければならないと思うと吾輩は猛烈に寂しく思うのである。
自分が廃棄されることよりも。
「ならば、吾輩はなぜこうやって考えているのだろう。ああ、神様」
吾輩は〝考える葦〟ならぬ〝考える傘〟である。
しかし、予想に反して先に〝死〟を迎えたのはらぁんどせるの方であった。
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