第49話*ressentiment/ルサンチマン(8)
「『神速突撃』、『勇猛果敢』、加えて『豪傑ノ心得』を重ねがける!」
ソウスケールバイパーはヨミへ突進しながら自身に『速さ』、『攻撃力』、さらに『スタミナアップ』倍増させるバフをかける。
「行くぞ、方天画戟!!『必殺・震天槍陣形!龍閃連斬』!!」
麻痺を付与する雷を放ちながら、槍特有の連続攻撃をヨミに浴びせる。
三国志の呂布が所有していたとされる方天画戟。これを手に入れてからソウスケールバイパーはこのひとつの武器だけを極め、完璧に扱えるまでに自身を成長させた。
霹靂が掠るだけでも必ず対象が麻痺状態になるこの技。あとはスタミナが続く限りに大技と小技を連続的にかけ続け、相手の防御や回避を封じ込めることが可能になる。槍のならではのリーチや利点を活かしたハメ技だ。
今日の彼は調子は悪くなかった。ヨミを前にしてもいつも通りにコントロールできている。
間合い、踏み込み、技の速度。それらは完璧だ、完璧なはずなのに。
なんでだ?!なんで当たらない?!
豪快ながらも目にも止まらぬ連撃を放っている大技が、ヨミにはまったく当たっていない。追い込んでいるはずなのに、当たる気がしない。ただただ空を突くのみ。
ヨミは冷静に攻撃を見極め、ギリギリのところで無駄のないステップで回避していた。
「うん、速さも踏み込みも技のタイミングもしっかり研究している。伊達に方天画戟を振るっているわけではなさそうだ」
客観的な感想をヨミは述べた。
スタミナがつきかけて、ソウスケールバイパーは一旦飛び退く。
「……クソが……余裕かましやがって……!」
一体、どんなコントロール能力を持ってやがんだ、こいつ……!
ここまで来て、彼はようやく自分が劣勢であることに気付かされる。
たとえヨミといえども、装備を剥いで、裸同然の素体状態にしてしまえば、数の有利と自身の技でやり込めることが可能だと考えていた。
しかし、現実的には軍勢を削られ、一対一に持ち込まれたのはこちら。
「真打くん」
ヨミはすっと鉄の剣をソウスケールバイパーに向ける。
「?」
「所詮これは茶番だ。力を温存する必要はないよ。出せるものは、全て出したまえ」
でなければ。
「……僕がつまらないじゃないか」
とヨミは冷めた眼差しで肩をすくめる。
「ちゃ、茶番……、だと?……っ……この……!」
バカにしやがって……!
この一言で、ソウスケールバイパーの何かがブチっと切れた。
「もう容赦しねぇ!!……魔法陣展開!!魔獣召喚!……来い、貪欲なる悪魔、ベビモス!!」
怒れるソウスケールバイパーの声音に呼応するように、彼の足元に魔法陣が走り、ドス黒いモヤを放ちながら象とサイの姿にも似た獰猛な悪魔が召喚された。
「いいね。こういうのを待ってたよ」
ぱっとヨミは笑を浮かべた。
「俺のベビモスで踏み潰してやる!!このPCスペック依存のチート野郎が!!」
「……へぇ、興味深いね。それが世間における僕の評価なのかい?」
怒髪天のソウスケールバイパーとは異なり、冷笑を浮かべるヨミとの温度差の間に、ベビモスがいる。
血走った眼でヨミを捉えて獲物を発見したと瘴気を吐いて似たりと笑った。狂気をみなぎらせて地面を揺らし、ベビモスはヨミへ突進する。
「やれベビモス!ぶっ殺してやる!」
ベビモスに撹乱させながら、ソウスケールバイパーは槍攻撃を繰り広げる。さすがにヨミの動きは大きくなったものの、攻撃を加えてくる気配はなく、受け流されるばかりだ。
「やる気あんのか、てめぇ!!避けるだけじゃ終わらねぇぞ!!」
終わったところで、死体蹴りをしてやるのはこちら側だが。
「うん……そうだね。先ほども言ったが、これは茶番だ。だから、どういう結末がこの舞台に相応しいのかと先ほどから思案していた」
「……はぁ?!」
一体何を言っているのだ。
「だが、君がベビモスを召喚してくれたおかげで、相応しいショーが出来そうだ。よかった、アヤさんにあげようと思って捨てずにおいたものが役立ちそうで」
「は?!」
怪訝に眉を寄せたソウスケールバイパーに微笑んだヨミは、この言葉を最後に彼の目の前から消えた。……否、ベビモスの攻撃をうまく利用して高く飛び上がった。
「……君が先に召喚魔法を使ったのだから、僕が使ったとしても、まさか卑怯とは言わないね?」
そもそも、魔法使用は封じられていたが、召喚魔法までは言及されていなかった。
いつの間にか、ヨミの手には七色のオーブが。
「超大型魔法陣、展開」
「な……」
「召喚魔法『アイン・ソフ・オウル』……契約の天使、太陽よりも燦然と輝く神の代理人。我が求めに応え、天より顕現せよ……大天使メタトロン!」
七色のオーブから十字の閃光が放たれ、誰もの目が眩む。
刹那、ヨミを中心にして周囲の景色は宗教絵画と装飾写本の世界へと移ろう。
厚く蠢く雲から無数のラダーが差し込み、ラッパを手にした天使たちが舞い降りて、地上に祝福を知らせる。
光の柱は次第に生命の樹を作り出し、セフィラを守る神々しい天使、メタトロンが悠然と降臨した。
ラッパを手にした天使よりもずっと大きな体躯の御使いは、閉じていた36対からなる真紅の羽を一斉に広げて、体に散らばる無数の目を開かせた。
その目の全てがソウスケールバイパーとベビモスに注がれる。
メタトロンの肩に立つヨミもまた、彼らを見下ろす。
「
ふふと笑みを浮かべて、ヨミは瞳を細めた。
「本来は軍勢向けの大型召喚魔法なのだが、今回は君たちのみに捧げよう」
「……いらねぇよ!」
ソウスケールバイパーは喚く。
「はは、そう言わないでほしい。……御使いは地上の
そこまで告げたところで、ヨミは引っかかりを覚えて軽く首を捻った。
「ところで、君。名前はなんだったかな?」
「……?!」
あの野郎……!この後に及んで、まだ覚えてなかったのかよ!
何かを言い返す前に、メタトロンは36対の羽を羽ばたかせる。と、舞い散った真紅の羽が炎の槍と化す。メタトロンは地上のソウスケールバイパーとベビモスを指差した。
メタトロンに背くものたちを炎の槍で串刺しにする、『神罰・メタトロニオス』の発動である。
「…………クソが……!」
ヨミが召喚魔法を展開した時点で、空間が固定され逃走は不可能になる。神罰の炎の槍は間違いなくこの身を貫くだろう。
何が相応しいショーだ!どう見ても相応どころか、オーバーキルロードじゃねぇか……!
「クソがクソがクソがぁーーーーーー!!!」
炎の槍が眼前に迫る中で、ソウスケールバイパーは有らん限りの罵詈雑言を口にしていた。
まるで本気を出すことがなかったヨミへか、まったく力が及ばなかった自身へか。
茶番、そうこれは茶番だ。
本当は。ずっとヨミになりたかった。彼のような圧倒的強さに憧れていた。
存在を認めて、名前を覚えてほしかった。特徴的なアバターを纏ったのも、彼の記憶に残るためだ。
しかしヨミはいつの間にか一線から退き、設定上の妹との戯れに興じ、かつての強さをにわかプレイヤーたちに軽んじられるようになってしまっていた。
許せなかったのだ、ヨミが堕落してしまうのが。弱者たちに嘲笑されるのが。自分の中で圧倒的強者としての彼が死んでしまうことが。
だがいるではないか。しっかりと、頭上に。ヨミは大天使メタトロンのように、今、燦然と輝いている。
雑魚など認識しない、どこまでも冷淡で冷酷なプレイヤーとして。
キララの誘いに乗ったのは、彼なりの意図があった。
ソウスケールバイパーという噛ませ犬を退けて、彼は再び、伝説に返り咲くのだ。
遠からんものは音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。
「……は、はは……、ザマァ見ろ。この戦い、俺の勝ちだ。記憶に焼き付けろよクソザコ有象無象共。これが、死神ヨミだ」
炎の槍が地上に到達し、彼らを呑み込む直前、怒りや葛藤は消え去り、ソウスケールバイパーは小さく笑っていた。
ベビモスはメタトロンの神罰によって退治され召喚オーブに戻った。ソウスケールバイパーも力尽き、白目を剥いて倒れ込んでいるがもはや存在せぬものとばかりに、平原に戻ったヨミは彼を顧みない。
「……やれやれ、演出に華やかさを求めたとはいえ、この大型召喚魔法はMPの消費量が尋常ではないな」
小さく息をつく。
「一瞬で片がついてしまうものは僕向きではない。やはりこの召喚オーブはアヤさんにプレゼントしよう」
うんとひとつ頷き、アヤが待つであろうリキュアの丘を見上げる。
「……さて」
この舞台の仕掛け人に、会いに行かなくては。
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