本編外小話『43』

 テスト明け直後。

 アヤは癒しを求めて海の家でフェネックキャットの『ヨミさん』と戯れたあと、その足でアヴァリスの本拠地、ヨミ所有の飛空挺『アヴァリスの矢』へ向かった。

 どういう塩梅か、アヴァリスの矢はアヤが近づくと自動で扉が開放される。

 素早くアヤの気配を察知したポチが小走りにアヤを出迎え、尾っぽを元気よくぶんぶんと振った。

「わーー!ポチくん、会いたかったーー!」

 いいこだねぇいいこだねぇ、と上機嫌に両手で猟犬ポチの頬をなでつける。

「今日はお兄様に会いに来たんだー。わたし、気づいちゃたことがあって!」

「くぅん?」

 不思議そうに首を傾げるポチに微笑み、アヤは立ち上がる。

「行こ!」

 ポチを促して操舵室に踏み込めば、アヴァリスの戦闘クランが勢揃いしていた。

「よー、妹ちゃん。テスト終わったか?」

 アヤの登場に別段驚く様子もないイツキが声をかける。

「こんにちはです、イツキさん!……一通り日程が終わりました!惨敗の予感ですが!」

「惨敗……それにしては溌剌としてんなぁ」

 キリリと凛々しい表情で述べるアヤの語気と内容が一致していない。

「わたしは前しか見てないので!」

「アヤ嬢は潔いな。さすがだ」

 ツカサは感心するも、その横で「感心するところじゃなくない?」とエンジュは呆れたように言った。

「ふふ、アヤさんが来てくれると場が華やぐね」

 微笑むヨミにアヤが駆け寄るより前に、エンジュが聞き捨てならないとばかりに彼に詰め寄る。

「ちょっとぉ!ヨミィィイ?!このアタシがいるのにいつも華やかさに欠けてるっていうのぉ?!そんなに地味子なアヤがいいって言うのーー?!どこに目つけてんのよぉーー!!」

 ゆるせなーいと嫉妬心丸出しで絶叫するエンジュに笑みを崩さず告げる。

「おやおや、エンジュ……言わずもがなだよ。君の華やかさを疑う者などないさ。君は僕の意図を汲み取ってくれる聡明な女性だと思っていたのだけれど……迷わせてしまっていたのかな」

「えっ」

「だとしたら、僕の咎がということになる。……ごめんよ、エンジュ」

 魅惑的に瞳を細めるヨミに、エンジュは「アラ、ヤダ……アタシったら……!」と頬を染める。

「許してヨミ!アタシったらつい、取り乱してしまったわ……ヨミを疑うだなんて、アタシのバカ!バカバカ!」

 エンジュは乙女のように恥じらってもじもじする。

「相変わらずヨミはエサの与え方が上手いな」

 とツカサ。

「猛獣使いだからな」

 とイツキ。

「え、えーっと、わたしが地味なのは否定しませんよ?」

 戸惑うアヤにイツキは嘆息混じりに指摘する。

「いいんだ、妹ちゃん。そこには反応しなくても」

 ところで、とイツキは仕切り直す。

「妹ちゃん、こいつに用事があるんだろ?」

 親指でくいっとツカサはヨミを示す。

「あ、はい、そうでした!」

 アヤは目的を思い出して、訪問の理由を語る。

「実は、テスト期間中に気づいてしまったことがあったので、お知らせに来ました」

「……気づいたこと?って何よ。唐突に」

 エンジュが怪訝に眉を動かす。

「お兄様のお名前の由来についてです!」

 えへんとアヤは胸を張る。……胸を張るほどのことでもないのだが。

「ヨミの名前?」

 彼らは顔を見合わせ、「言ってごらん」とヨミが先を促した。

「はい、ヨミというお名前はどうやってつけられたんだろうと考えていたのです。カレンダーを見ながら惨敗の予感に現実逃避をして」

「……自分で言っちゃってるなぁ、妹ちゃん」

 現実逃避を。

「それで、ふと気づいてしまったのです!お兄様は……ずばり、4月3日生まれなのではないかと!!」

 どどん、と効果音が響きそうな勢いでアヤは予想を披露した。

『ヨミ』を『黄泉』と解釈し、その後『死神』と紐付けされ、擬えられるようになったのは彼が有名プレイヤーになってからのことで、元から『黄泉』という漢字が一般プレイヤーの中であてられていたわけではない。

 では一体どういう由来なのだろうかと(現実逃避しながら)思考を巡らせた彼女だった。

 確信を持って述べてみたのだが、どうも反応が鈍い。

 彼らは再び顔を見合わせる。

「4月3日生まれ……でヨミ。……語呂合わせということか。考えたなアヤ嬢」

 なるほど、とツカサが頷く。

「新しい解釈だね。盲点だった」

 にっこり笑うヨミに、急にアヤは頼りない気持ちになる。

 あ、あれれ?全然4月3日生まれじゃなかった?!

「え、……ち、違ってました……?」

「いや、あながち間違いじゃないぜ、妹ちゃん」

 イツキはヨミを見ながら言う。

「確かクローズドテストの時、用意された素体番号が43番だったから、面倒でそのまま転用したんじゃなかったか?」

「ハァ?違うでしょ。名前付けすら煩わしくて目を閉じてテキトーにボタン押した結果のはずでしょー。ちなみに、ヨミのキャラクターメイクをしたのはアタシよぉ?」

「えっ、そうだったんですか?!」

 初耳だ。

「ガチのガチよ。ヨミったらキャラクターメイクもメンドクサイってデフォルトのままにしようとしてたから、アタシが待ったをかけて代理で作ったの!……まったく、あのまま見逃さないでよかったわよぉ。笑えないじゃない、デフォルトのクソダサキャラクターがワールド最強とか……そこらに転がってる陳腐な小説ラノベじゃあるまいし」

 むむ?陳腐な小説ラノベとは一体……?

「……わたしはちょっと面白そうだと思いました、そういうお兄様も」

 ちらりとヨミを見上げると、柔らかく瞳が微笑む。

「ふふ、ありがとう。そうだね、アヤさん見た目になど左右されず、兄と呼んでくれるだろうから」

「……きょ、恐縮です……」

 今度はアヤがもじもじしてしまう。

「もーー、ヨミはアヤに甘い!!もっとアタシを甘やかして!!」

 エンジュが不満げに指摘(と要求)をした。

 結局、この調子のままヨミの名前の由来については有耶無耶になって話が終わってしまう。

 意外にもアヴァリスのクランたちですら彼の名前の由来については曖昧な様子だった。彼らにとって、名前は大した意味をもたないのかもしれない。

 ……と、アヤはなんとなく自分を納得させたのだったが。

 一連の全会話を飛空挺内の自室(制御室)で拾っていたノネが呆れた笑いを浮かべた。

「ありゃりゃ〜、みんなうまいことアヤたんの興味を削いだにゃ〜〜」

 彼らだけが知っていて、彼女だけが知らない事実。

 今日のヨミは『ヨミ』ではなかった。彼女との交流を求めるが彼の幻影を操っていたにすぎない。

 ヨミの名前の由来。それを彼自身の口で語る日が来るのならば、彼のもうひとつの意識を彼女に紹介する時だ。

 鏡写しの存在。もうひとりの、ヨミ。

「そんな日が来るんかいねぇ。……来たらいいんだけど」

 来てくれなきゃ困る、かな。

 ノネは明後日の方向を見遣りながら、片肘をついてぼんやりと呟いた。



 了

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