第42話*ressentiment/ルサンチマン(1)
今から20年以上前におけるインターネット黎明期に多く見られたブレティンボードシステム(BBS)は、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の普及により大幅に数を減らし、大型匿名掲示板や各種裏掲示板にその面影を残すのみとなった。
だが懐古的なこのシステムの外見を好み、自サーバ内に掲示板を構築しているオーレリアン・オンラインのプレイヤーがいる。プレイヤーの名前はノネ。アバターの識別はフィーメル。
彼女が所有の掲示板(チャット型)に書き込むと、その掲示板を共有している者に伝わり、自然と集まるようになっている。
ノネ:やっとかめ。最近の巷の様子はどうよ、ドルヲタ共
名も無きモグラ:なぜ名古屋弁?坑道内は平和でござるよ
働き者のモグラ:相変わらずオーレルの涙は発掘できてない
陽気なモグラ:最近は全体的に過疎ってるス
悟りしモグラ:穴は掘るためあるのだ。そこに穴があるなら掘るのみ
沈黙するモグラ:…………然り。己と向かい合う場
ノネ:あーそう。別におまいらのことはどーでもいいんだけどさ、あたし。そうじゃなくて、なんか不穏な空気の集団とか見かけないか、って聞いてんのー
働き者のモグラ:坑道にはいない
ノネ:そりゃね。んなところで不穏な集会開いてんのはおまいらくらいのもん;
悟りしモグラ:不穏とは失敬な。姫を囲んで和やかに過ごしているだけである
ノネ:モグラーの姫、アヤたんの様子は??
名も無きモグラ:いつも通り無料分だけチャレンジしておりますぞ。姫は我々の癒し。かわいい
働き者のモグラ:かわいい
悟りしモグラ:かわいい
陽気なモグラ:かわいいス
沈黙するモグラ:…………かわよ
ノネ:ハイハイ。アヤたんがおまいらのアイドルなのはよく知ってる。クッソー、裏山だぜ。あたしもアヤたんと会話したいぜ!全力で愛でたい!
陽気なモグラ:話せばいいじゃないスか、なんたってノネちゃんアヴァリスなんだし、ちょろいっしょ?
ノネ:う、うん。そ、そうなんだけどさぁ……そうなんだけどもぉ……;
沈黙するモグラ:…………極度のコミュ障乙
ノネ:うっせぇわ、沈黙!!締め出すぞ!!(ゴラッ!!)
悟りしモグラ:アヤ殿がアヴァリス主催の歓迎会に招かれた際も、恥ずかしくて顔出しできなかったくらいだからな
陽気なモグラ:ノネちゃん、文字では饒舌なのに不思議なもんスねぇ〜
働き者のモグラ:アヴァリスの矢も実はノネ殿の引きこもりが過ぎるがためにヨミ殿が移動用に建造されたと聞きますぞ
名も無きモグラ:いちクランの足のために飛空挺を造るその財力。さすがヨミ殿は金銭感覚もブッとんでおられる
ノネ:しょ、しょーがないじゃん。アバター越しでも会話するのしんどいんだもん。飛空挺だってあたしが頼んでつくってもらたわけじゃないしーヨミが勝手に用意しただけだしー。でも実質あたしの家だしー。動かしてるのも実はあたしだしー。
悟りしモグラ:レベル1の引きこもりをクランにするヨミ殿の懐の広さよ
ノネ:うっせぇ!悪かったなクソザコヒキヲタで!けど、こっちはそれ以上に貢献してんだよ!おまいら、あたしを誰だと思ってんだ!
陽気なモグラ:今は泣く子も黙る凄腕ホワイトハッカー、元パノプテースさんっス
ノネ:わかってんなら煽んな!(ぷんすこ)おまいらが呑気に鉱石掘りに興じてられんのはあたしが日々外敵を監視してっからだぞ!
働き者のモグラ:そんなお偉い方とは思えませんが。ここで話している分にはただのコミュ障ヲタクでござるし
ノネ:あーーーもういい、もういいーーー!あたしのことはいいんだよ!
名も無きモグラ:ノネ殿のいう不穏とは、以前から懸念している『扇動者』の件でござろう?
ノネ:それ。外の掲示板にもアングラでも形跡残してないんだよねぇ。注意深いやつで追跡されないように常に意識してる。オーレリアンのシステムにも精通してる。てなると、ゲーム内でこそこそと草の根計画してるとしか思えないんだわ
悟りしモグラ:ゲーム内の会話はさすがのノネ殿も拾いきれぬからな
ノネ:ゲーム内はあたしの管轄じゃねぇしな。個人追跡の権限もってねぇし許されてねぇし。やってもいいけどヨミがコワイ(ぶるぶる)
陽気なモグラ:ノネちゃんが外で偵察すりゃよくねぇス?
ノネ:それができりゃ苦労しねぇだろ!コミュ障極めし者やぞ、こっちは!
働き者のモグラ:威張ることではないような
ノネ:だからヲタ友のおまいらに聞いてんだろーが。ヨミは目論み全部わかってて、そいつの魂胆に乗ってやるつもりなんだよ。出方を見て楽しみたいんだよ、アヤたんを餌にしてな
名も無きモグラ:…………事前に潰すことなど容易いでしょうに。恐ろしい御仁でありますな、ヨミ殿は
ノネ:ヨミは超然としすぎなん。あたしらにも手出し無用、静観しろって下知が下ってるし。アヤたんにバラすなよ。そんなことしてみ?おまいら今度は眠らされるだけじゃ済まねぇぞ
陽気なモグラ:アヤちゃんも大変な人の妹に選ばれたモンっスねぇ……
ノネ:この前はアヤたんがキマイラの巣に落っこちて大変な思いしたみたいだけど、ヨミやあたしらクランの目の届かないところでアヤたんが危ないことになってんのはイヤだからさ。おまいらのモグラーの姫守るためにも、ちょーっと協力してよね。チケット争奪戦裏ルート使って手伝ってやっからさ
それぞれの了承を得て、全員掲示板から退出した。
「アヤたんとお話することを夢見てるあたしって健気〜〜。今日も頑張ってオーレリアンを守ってるあたしってば偉い〜〜!だからたまには褒めろよ、ヨミぃぃぃぃ!ちゃんと聞こえてんだろぉ……?!」
ぶつぶつと漏れる独り言や不満。
アヤとも交流のあるモグラたちとは、某女性アイドル掲示板を介して知り合ったオタク仲間である。
ヨミ率いるアヴァリスの中でも謎に包まれているクラン、ノネ。
領袖ヨミ、参謀イツキ、切り込み隊長エンジュ、双剣使いツカサ、猟犬ポチ、デザイナールカ……そして後方支援のノネ。これがアヴァリスの構成である。
ノネはヨミが用意した最適かつ最上な環境に閉じこもり、縦横無尽に配置されたモニターを眺め、忙しなくキーボードを叩く。VRヘッドセットより、この状態を好んでいる。
彼女は外敵からオーレリアン・オンラインのシステムを守る壁のひとつを担っている。
ネット上には一般人が想像もできない極悪で劣悪な連中が闊歩し、さらには開発途中で放棄された不良AIが無数に転がっているのだ。
蛇の道は蛇。かつて誰にも正体を暴かれることなく活動していた彼女もまた劣悪なクラッカーであった。『パノプテース』、全てを見る者という名の。
彼女はあるコングロマリット企業のネットワークに侵入と破壊を仕掛けた者の一人だった。膨大な報酬を約束された依頼で、万全の事前準備を施し失敗する気がしなかった。
が、現実は異なっていた。
仕掛けた瞬間、逆に尋常でないスピードと質量によって反撃され、防衛が追い付かずこちらの壁は尽く突破され、鮮やかな手並で己が環境が瞬く間に破壊された。完敗だった。
はぁ?!なんで、どうして?!どこで間違えた?!ありえないんだけど?!
呆然とする彼女の手元で、スマホは非通知着信を知らせる。
非通知は着信しないはずが、それすら無視するコールに相手を確信する。
あっという間に自慢の機材を
恐る恐る手にとると、玲瓏な青年の声が流れる。
『初めまして、百の目を持つパノプテース。君が接触してくれるのを待っていたよ』
相手は微笑んでいるのが見えるかのようだった。
鳥肌が立つ。
想像するまでもない、この男は自分が怯えるほど美しい男に違いない。
『今回の依頼を受けてくれたことに感謝する。君の力量を知りたくてね。つい、遊んでしまった』
まさか、依頼そのものがフェイクだった?……もちろん依頼主のことも調べた。その背後や背景も細やかに。どこにも不審な点はなかった。
……いいや。
『報酬は予定通り振り込ませてもらうよ、環境を破壊してしまったお詫びに。それにしても、なかなかいい仕事をするね。細心で、かつ大胆だ。実は君をスカウトしたいと考えているのだけれど、どうかな。あぁ勿論。待遇や報酬は君の望むようにしよう。なんなりと言って欲しい』
畳みかけてくる。
こちらが断るとは一切考えていない口調だ。
「…………」
よもやの提案に声が出なかった。
いや、出せなかった。動揺していたからというだけではなく、残念ながら、当然のようにコミュ障を拗らせ過ぎていたので。
こちらの興味を引くために、こんな真似をしたのだろうかこの男は。
馬鹿にしてる。相手の
彼女は、苛立ちより呆れが勝り、吹き出した。そして単純に、この非常識な男を見てみたくなってしまったのだ。
斯くして、なし崩し的に(個人情報を丸裸にされていたので)契約をし、パノプテースはクラッカーを引退し、ノーネームのノネになった。
この世には敵に回してはいけない人間というものは存在する。手を出してはいけない深淵に触れた時点でノネの負けだった。
底知れず、得体も知れない種類の超越者。輝かしき神、または……麗しの悪魔。
彼女はそれをヨミの横顔に、見る。
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