第39話*嚆矢濫觴/こうしらんしょう(1)

 プログラムの産物であるゲームの世界には果てがある。バージョンの壁だ。

 興味本位にその見えない壁にたどり着いてみたいと考えるプレイヤーは珍しくはない。しかし、境界周辺では耐えがたい強風が吹き荒れてプレイヤーを押し戻す。そしてバージョンアップとともに果ての位置は移動し、新たな冒険へとプレイヤーを誘う。こうしてオーレリアン・オンラインの世界は広がり続けるのだ。


 世界の果てへの到達はほど遠いまでも、アヤの現在の楽しみは空白マップを埋めること。特に、訪れたことのない街の実績を解除することだった。都市部は一度でもたどり着けば転送装置を用いて移動がショートカットできるようになる。

 実績解除した街を足がかりに、見知らぬ村や宿場町を探したり、さらに次の街へと向かう。

 そのようにしてたどり着いた『リキュア地方』。

 アルビオンのあるログレス地方を大きく南東に下った位置にあり、洋の東西が交わる風情を漂わせたリキュア地方は交易が盛んで商人が多く、物資調達に適している。また、市街地を外れると山が多く、深い森に覆われているのも特徴のひとつだ。

 リキュア地方はプレイヤーの探索推奨レベルが高めに設定されていることもあり、アヤはモンスターとのエンカウントを避けながら(山賊NPCと遭遇しそうな場所も避けながら)山道を往く。

「うーん、ゲームの中でも森林浴はいいね!」

 現実、仮想現実を問わず生物は木陰が落ち着くようにできているのかもしれない。

 なにせ現実世界の夏はアスファルトの照り返しが厳しく、冬はビル風が冷たいコンクリートジャングルなのだから。

 街の実績を解除したついでに、足を伸ばして目についた山へやって来たのだが。

「せっかくだからポチくんとお散歩したかったんだけどなぁ……」

 ヨミさん(フェネックキャットの方)と団子になって気持ち良さそうにスヤスヤ眠っていたから、起こすのが忍びなくて諦めたんだよね。お散歩中のポチくんは楽しそうにニコニコしてて、すっごく可愛いんだ…!

「今度また一緒にポチくんと散歩に来よう!」

 山道を上へ上へと気分よくずんずん進んだ脇に、大きな洞穴を見つける。

「むむ、いかにも何かありそうな雰囲気。鉱床とかあるかも?!……って、あれ?」

 アヤの根拠のない鉱床勘センサーが反応を示したその先で、洞穴の闇を窺うようにして覗き込むプレイヤーがいた。ローブをまとっているのでジョブは魔術師かもしれない。

 中に入ることに躊躇いがあるのか、洞穴の周辺をウロウロしている。

 気になったアヤは近づき、声をかけてみることにした。

「……あのー、何か困りごとですか?」

 背後から声をかけられたプレイヤーは肩を震わせて振り返る。

「……うわっ、びっくりした。……あ、えっと、うん。最近実装された復活薬の『アムリタ』を作るための材料……ソーマ草がこの洞窟の中にあるんだけど……、おれあまりレベル高くないから入ろうかどうしようか迷ってたところ」

 見知らぬアヤに対し、声を上ずらせながらも素直に説明してくれた。

 ヒト属の少年のアバターのようだが、ローブを目深にかぶっているので表情までは読み取れない。が、ウロウロしていたところをアヤに目撃されて恥ずかしいのか、わずかに俯く。

「ここ、危ない洞窟なんですか?」

「これ見て」

 彼はどこぞのプレイヤーが注意を促すために立てたと思しき看板を指差す。『ソーマ草欲する者、キマイラに注意』と書かれていた。

「キマイラは、この洞穴を根城にしてる大型のユニークモンスターだよ」

「うーん、なるほど。それは確かに躊躇いますね」

 ユニークモンスターはボスと同等の扱いだ。つまり、一度遭遇してしまったら、勝敗が決するまでエリアが遮断され退路を断たれる。希少性の高い薬は、材料集めも命がけとなるのだ。

「……一番質のいいソーマ草を採るにはキマイラを倒す必要があるんだよ。さすがにそれは俺には無理だし、質は何段か落ちてもいいからアムリタを作るためのソーマ草が欲しいんだよね」

 しかし、希少薬用の薬草は一人が持ち帰ることができるスタック数に上限が設けられている。

 薬作りの練習や研究をしたくても、手に入る材料が少ないのではコストばかりが嵩んでしまうため、慎重にもなる。

「おれ、基本野良だからこういうの手伝ってもらえるフレンドいなくて」

 困ったように息をつく彼に、アヤは少し考えた後頷く。

 ゲームは競うだけではなく、実生活と同じで助け合いでも成り立っている。渡る世間に鬼はない、だ。

「これも何かの縁ですし、わたしがお手伝いしましょうか。キマイラのいるエリアに行かなくても、薬草は採取できるんですよね?」

「……っ!本当?すごく助かるよ!でも、いいの?きみも目的があってこの辺りに来たんじゃないの?」

「いえ、目的という目的は特にないただのお散歩ですから、ご心配なく!」

「…そっか…ありがとう」

 彼はほっとしたように息をついた。

 ここで改めて自己紹介をする。

「わたしはアヤと言います。ジョブは重装騎士です」

「えっ?きみ、重装騎士なの…?……見えないね」

「そうですか?」

 意外そうに言われてしまう。軽装だからだろうか。

「あ、おれはキララ。魔術師だけど戦闘より錬金術が得意だよ」

 キララさんかぁ……可愛い響きのお名前だなぁ……。

 などとぼんやり考えていると、ローブをまとった少年アバターのプレイヤー・キララはアヤに尋ねる。

「松明は持ってる?」

「いいえ、洞窟に入るつもりはなかったので」

「だよね」

 と頷き、彼はインベントリから松明を取り出し彼女に差し出した。

「おれは魔法であたりを照らせるから、きみはこれ使って。洞窟内の虫とかは、松明を振り回せば逃げるはずだから」

「ありがとうございます!」

 好意を素直に受け取る。

「手伝ってもらうのはおれの方だし。これくらい当然でしょ。じゃあ、行こう」

 キララは魔法使いの杖を取り出すと、その先を魔法で光らせ、アヤを連れて暗闇へと足を踏み入れたのだった。


 洞窟内には小型の節足動物が散見されたが、光や火を嫌がる性質のようで、ふたりに近づいてくることはなく、そそくさと闇深い場所へと逃げていく。

 洞穴は大きな口をあけていたが、中は進むほどに狭まり、迷路状になっていた。キララは帰路を誤らないように、目印の光る石を置いて進む。

 モンスターの類に襲われることもなく探索は捗り、ふたりは構えすぎていたことを笑い合いながら到着したのが、内側から発光する薬草が群生する一帯。

 活動しやすいようにその場所はドーム状に開けており、岩天井が大規模に抜け落ちて、空が丸見えになっていた。

 薬草は太陽光を避けて生息している。

「……着いた!ソーマ草の寝床だ」

 キララは嬉々として薬草に近づき、一房採取して調べる。

「……あぁ…やっぱり質が低めに設定されてる。成功率がかなり落ち込みそうだな……まあ、仕方がないか」

 薬草はそれぞれランクが設けられており採取してみるまでプレイヤーは把握することができない仕様になっている。ランクはそのまま製薬の成功率や効果にも作用し、品質は売買や流通価格にも関わってくることになる。

「キララさん、キマイラはどこにいるんですか?」

 どうやら洞窟のゴールはこの薬草群のエリアで、キマイラが生息しているような気配を感じなかった。

「この中は迷路状になってるから、キマイラのいる場所はここじゃない分岐点だったのかも」

「じゃあ、ストレートにここまで来れたのは、運がよかったってことでしょうか」

「そうなるね」

 キララは頷いた。

「よかった、一安心です!じゃあ、わたしはあっちの薬草を採取してきますね」

「よろしく」

 アヤは松明の火を消すと、キララから少し離れた場所の薬草を拾い集める。

 アヤは錬金術のスキルは最低限しか持ち得ていないので、薬はただの回復薬しか作ることができない。錬金術を主なジョブにしているプレイヤーは材料集めに奔走することになるのだが、キララのような野良プレイヤーは実のところ珍しい。戦闘能力が低ければ、得意なプレイヤーとフレンドになるか、個別契約をして目標を達成させるからだ。

 野良と呼ぶにはあまりに高等プレイヤーなヨミをはたで見ているアヤとしては、このような他者との交流は妙に感慨深かいものがあった。

 こういうお助けができるのが、ゲームの醍醐味なのかも。

 薬草をひと束にしてまとめるとキララのもとへ戻る。

「採取できました」

「ありがとう。外に出たら受け取るよ。それまで持ってて」

「了解です!」

 一仕事終えてほっとしたアヤはぱっくりと口をあけている岩天井を見上げて近く。

「それにしても見事に崩落してますね。ここから出入りできそう」

「できるだろうけど、空を飛ぶ何かが必要だよ。飛空挺とかペガサスとか…」

「飛空挺……ペガサス……」

「うん、飛空挺は希少金属をバカみたいに使う財力が必要だし、ペガサスは出現率が異様に低い上に、見た目に反して気性が激しすぎてテイムが最も難しいことで有名だし。ほとんど無理ゲーだね」

「………」

 アヤは沈黙した。

 その尋常でない財力を要する飛空挺と、気性が激しすぎてテイムが最も難しいペガサス。

 ……両方、所有してる人……わたし知ってるなぁ……。

 脳裏に清々しく微笑むヨミの顔が浮かぶ。

 飛空挺は言うに及ばず、ペガサスの捕獲テイムは『ペイレーネーの泉』と呼ばれる出現ポイントへとヨミと出向き、挑戦は始まった。アヤはひとりでポイントに張り込み続け、出現の度に果敢に挑むも派手に振り落とされ、ペガサスは飛び去っていく。数少ないチャンスをものにできず意気消沈する妹を見かねた兄が満を持して捕獲に参戦。然しもの彼も髪を振り乱す……こともなく、拍子抜けするほどあっさりとペガサスは懐き、島へと連れ帰ることに成功したのだった。「以前テイムに成功していることが影響したのかな」とはヨミの談(兄が髪を振り乱す様を見てみたかったアヤである)。

 捕獲に成功したペガサスは、ヨミによってアヤとの関係性も紐付けされ、彼女を拒むことはなくなった。その背にも乗せてくれるようになって大喜びしたのはつい先日のことだ。

 そっかー、ここはあの子ペガサスなら飛んで来られるのかー……そっかー。

 崩落した穴の形状をもっとしっかり確認しようと、見上げながらそぞろに歩みを進めると、背後でキララが焦ったように声をかける。

「……ちょっ…前見て!危ないよ、そこ……!」

「え?」

 肩越しにキララを振り返りながら踏み込んだ先に、地面は存在していなかった。

 薬草の他に生い茂っていた膝丈の草によって視界が遮られ、注意が散漫になっていたことも災いして断崖を踏み抜いてしまったのだ。

 岩天井は崩落しているだけではなく、崖をも作り出していたのである。

「……あああ、あぶない…!」

 慌てて体勢を立て直そうとするが、片足では踏ん張りがきかずふらつく。キララが駆け寄って手を伸ばしてくれるがすでに届く距離ではなかった。

「…落ちる…!」

 青ざめるアヤの視界からキララは消えて、彼女は足を踏み外したまま断崖を落下していった。



 落下耐性の低いアヤはこのままあえなくリスポーンかと思われたが、最深部まで落ちることはなく、途中にせり出した岩場に衝突して転がる。落ちた先では幸運にも草が緩衝材となって彼女を助けてくれた。それでもHPは大幅に減少し、瀕死に近い。

「イタタ……!…う、うう…目の前が真っ赤だよ…。と、とりあえず回復しなきゃ……」

 インベントリから回復薬を取り出して飲み干し、HPを全回復させる。

「…ふぅ……あ、危なかった…」

 アヤはまだリスポーンの経験がない。岩場のおかげで、初のリスポーン原因が落下死という情けない記録は残らずに済んだ。

 岩場でふらりと立ち上がり見上げる。草で気づかなかったがなかなかに鋭い断崖の大穴だ。元の位置に登れる足場は見当たらず、キララの姿も見えない。

 あそこから落ちたら、普通はリスポーンしたと考えて引き返すよね……。

 落下のどさくさで手にしていた薬草の束を紛失してしまい、がっくりと肩を落としてアヤはため息をついた。

 ……薬草、渡せなかった。ごめんなさい、キララさん。

「……わたしのドジ。間抜け。役立たず。これじゃ何もお手伝いになってないじゃない……」

 自身の不甲斐なさを嘆く。しかし彼を巻き込まず、ひとりで落ちたのは不幸中の幸いか。

 岩場からそっと下を覗く。

 ここからでは底は見えないが、転々と足場は用意されていて、降りていくことは可能なようだった。

「……登るのは無理だけど、降りるのはなんとかなりそうな距離で作られてる……親切だと思うべき?」

 このまませり出した岩場で黄昏ていても仕方がない。

 意を決して慎重に岩場を見極めて大穴を下へと降りていく。

 底が目に入ると、アヤは息を飲んだ。

 大穴の底は、先ほどのソーマ草がより強い光を発してびっしりを生い茂っていたのだ。ほとんど手付かずで、大きく成長している。

「……すごい、ここのソーマ草はすごく質がいいんじゃないかな」

 最後はジャンプをして底へ着地し、大穴を見渡した。

 かなり広い場所だ。壁にひとつだけ洞穴があり、そこが地上へと繋がる出入り口になっているようだった。

「ここの薬草を持ち帰ったら、キララさん喜びそう」

 また出会えるチャンスがあるかわからないが、手渡すことができれば今回役に立てなかったお詫びにはなるだろう。

 アヤは屈み込み、早速薬草を採取しはじめた。

 けれどこれが運命の分かれ道。

 ……刹那、何者かが出現した。

 大型のがアヤの遥か頭上から大穴へと降り立つ。大きな衝撃に彼女はその場で転ぶように倒れてしまう。

 はっとして衝撃の位置を確認するべく振り返ると、彼女は表情をこわばらせた。

 アヤに覆いかぶさるように濃い影をよこして、ライオンの頭、山羊の胴体から龍の尾を揺らめかせる超大型の獣が彼女をじろりと見下ろしていたのだ。

「……あ……」

 アヤは言葉を失ってその眼差しと見つめ合う。

『ソーマ草欲する者、キマイラに注意』

 ここで看板の内容を思い出す。

 目先のソーマ草に意識を向けるあまり、失念してしまっていた。

 この洞穴は大型のユニークモンスターが根城にしているということを。

 しまった、ここがボスエリアだったんだ……!

 そう。ソーマ草を守る洞穴の主にして嵐の化身、ユニークモンスター・キマイラの登場であった。

 考えるよりも早く、アヤは距離をとるためにダッシュで退避行動をとると、キマイラは挨拶がわりに咆哮と共に火を吐く。

 地上へと繋がる唯一の出入り口はシステムによって制限され、塞がれている。

 こうなってはもうアヤに逃げ場はない。

 一方的な蹂躙だけが待つ、無情な戦闘が開始されてしまったのだった。



 ※



 海洋都市アトランティスの外洋に位置するリゾート諸島。

 その中で最も広大な島面積を誇る『ヨミの島』(と一般プレイヤーから呼ばれている)を定刻巡回していた管理NPCメイドのミオは、課せられたプログラムに反してぴたりと足を止める。そして海原の彼方にじっと目を凝らし、全てを把握すると無駄のない足取りで屋敷へと戻った。

 そのままリビングのソファに横たわっているヨミのアバターへ近づき、見下ろして感情薄く告げる。

「旦那様、一大事でございます」

 彼女の声かけから数秒後、抜け殻だったアバターに生命が宿り、すうっと瞼が開く。

「……どうした」

 彼の胸上でくつろいでいたフェネックキャットをそっと抱え上げて、彼は立ち上がる。すると待機していたポチもヨミに歩み寄るがどことなく落ち着かない様子だ。

「キマイラの根城である大穴へとお嬢様が落下。戦闘が開始した模様でございます」

 手短なメイドの報告にヨミは眉を寄せた。

「……キマイラの…?今のアヤさんでは難しい相手だ。なぜあの洞穴に?」

 彼女は寄り道を好んでいるが、自から危険な場所に立ち入ることはしない。特にボス戦には慎重で「兵站が大事です!」と事前準備を怠らず、無謀な挑戦はしない質である。

「直前に他のプレイヤーがお嬢様と接触した痕跡がございますが、今現在のお嬢様は単独行動中です」

「あとで接触者のIDを報告。……カイトは何をしているんだい?」

「カイト様は本日ログインしておりません」

「常駐の彼が?ふぅん、珍しいね」

 ヨミは僅かに訝しむ。

「カイト様のネットワークを検証いたしますか?」

「……いや。ということは、現状アヤさんは孤立無援か」

 アヤの危機であってもオーレリアンの指輪は赤く光らない。危機はモルス・ヴァーミリオンのみに対応したプログラムというわけか。

「まぁ、それほど都合よく出来てはいないか」

 ヨミの呟きを他所に、ミオは踵を返してリビングから繋がるアイテム部屋の隣室へと速やかに入っていく。アヤのためにヨミが作った武器庫なのだが、彼女が手をつけたことは一度もない。メイドが次にそこから出てきた時には、背中や腰にありとあらゆる武器を括り付け、右手には青龍偃月刀、左手にはソードオフショットガンを携えていた。

 荒ぶる鬼神も恐れをなす出で立ちだ。

 殺意の高い決死隊となったミオを冷静に見据え、ヨミは口を開く。

「……一応確認するよ。ミオ、何をしているんだい?」

 主人に尋ねられ、ミオは青龍偃月刀の石突を床に突き立てて、薄い情緒のまま答える。

「お嬢様の危機はわたくしの危機。お嬢様の敵はわたくしの敵。お嬢様のリザルトの傷はわたくしの恥。……いざ、キマイラ退治へ。お供いたします旦那様」

「ワン!ワンワン!」

 ミオに同調し、「ぼくもいく!」とポチまで凛々しく吠えた。

 ヨミはフェネックキャットを抱えたまま、気合十分のメイドと猟犬を交互に見やって静かに諭す。

「……うん。とりあえず落ち着こうか、君たち」

 その意気やよし、と言いたいところではあるが。

「ミオ、君は規格外の個体。破格に戦闘力を高く設定してある上に、人型NPC同行システムはまだ未実装なのだよ。テスト個体である君をこの島以外へ放つわけにはいかない。それに僕がアヤさんを助けるにしても違和感のない登場動線ストーリーが必要だ。僕らがゲームシステムを破綻させるわけにはいかないのだからね」

 アヤの前では定まった言動をとるNPCをミオは演じているが、実はミオには特殊AIプログラムを実装させており、通常のNPCとはリソースも性能も異なる。ゆえに情緒面を薄く設定しているのだが、それすら凌駕するほど日々のやりとりでアヤとの親密度が高まってしまったようだ。自ら助けに出向きたい意向を持つなどとは。

「僕の管理者権限でシステムサーバのリソースを割き、アヤさんのアカウントにマーキングし、君が行動をリアルタイムで追跡していると知られるわけにはいかない。危機を察したからといって、偶然を装うのもなかなか難しいものなのだよ」

「それではイツキ様方を招集し、救出を依頼いたしますか?」

「今からでは間に合わない。……他に方法はあるにはあるが…」

 ヨミは足元に侍る猟犬に目を落とす。

 アヤが可能性に気づいてくれるといいが。

 ……とその時、ヨミを見上げて踏ん張り立つポチの足元に魔法陣が現れ、光を放つ。

「召喚魔法です。お嬢様がポチの犬笛を吹きました」

 ミオの報告を待たず、猟犬は魔法陣と共に姿を消す。アヤの元へと飛んだのだ。

 時間稼ぎと、ヨミの登場動線は用意された。

「うん、それでいい。賢い子だ」

 偶然であろうとも妹の判断を快く感じ、ヨミは瞳を細めた。

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