本編外小話『美人を留む』
お兄様が購入したお家、通称『海の家』。
リビングのガラス戸から繋がるお庭が寂しげだったので、お兄様から許可をもらって小さな庭園を作ることにした。
庭園は平面だけの広がりだけではなく、立体物がある方がバランスが取れるとミオさんからアドバイスをもらったので、色々と迷った末に、藤棚を立てることにした。決め手は藤棚を立てると小鳥たちが遊びに来てくれると彼女に教えてもらったから。
あらかた庭園が仕上がり、藤棚に引き寄せられた小鳥たちを眺めて休憩していると、何日かぶりに
「アヤさんの庭が完成したんだね」
軽くあたりを見渡しながらお兄様はわたしたちに近づく。
「はいっ、ミオさんにもお手伝いしてもらって、いい感じに出来上がりましたよ!」
「うん、リビングにも鳥の囀りが届いていたよ。うちの庭も賑やかになっていくね」
「島やお庭にもっと動物さんを増やしていけたらいいなと思ってます」
今はお家の中で団子になってお昼寝しているフェネックキャットのヨミさんや、猟犬のポチくんにお友達を増やせたら嬉しい。
「じゃあ今度、僕と一緒に動物たちをテイムしに行こうか」
「!…ペガサスさんもテイムできますか?!」
「できるよ。……ただ見た目の優美さに反して気性の激しい暴れ馬だから、僕でさえも髪を振り乱してテイムすることになるかな」
ペガサスにライドし、激しいロデオ状態になるお兄様を想像する。
「うわぁ。髪をふりみだすお兄様……超貴重なので間近で見てみたいです」
「君ならそう言うと思ったよ」
ミオさんは身を引いて、微苦笑するお兄様に場所を譲る。
お兄様はわたしの隣に立つと、風にそよぐ藤に目を向けた。
「藤棚を立てたのだね。……藤はよく不死や不滅に擬えられる花だけれど、僕はどちらかといえば雅な扱いの方が好みかな。例えば……『紫藤雲木にかかり、花蔓春陽に宜し、密葉歌鳥を隠し、香風美人を留む』……と言った具合にね」
薄っすら瞳を細め、お兄様が諳んじたそれに理解が及ばず、わたしは目をぱちくりさせながらミオさんを振り返る。
か、漢詩かな……?
「題を『紫藤樹』。字は太白、号は青蓮居士による五言絶句の詩ですお嬢様。杜甫と並んで中国を代表する詩人。唐代、玄宗皇帝に仕えましたが、政治的には不遇であったとされています」
「う、うん」
なるほど、わからん!(概要はわかったけど!)
きょとんとしてしまうわたしに、お兄様は微笑んで教えてくれる。
「李白だよ」
「ああ、李白!さすがお兄様、インテリジェンス!」
頷きながらも舌を巻く。
漢詩を素で諳んじることができるお兄様は一体何者なんだろうか。
またまたわたしの中で謎が増す。
「ふふ、妹に褒めて貰えた」
お兄様は嬉しそうに瞳を細めた。
麗しいお兄様の背後で藤の花は揺れる。
かつての詩人が吟じた詩境は間違いではないと思った。
こうして今も、時を超えて、仮想現実の中ですら、『美人』を留めているのだから。
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