第33話*縁は異なもの味なもの(2)

 大陸の西に位置するログレス地方。その中心都市『アルビオン』。

 二重の城壁が巡らされ、ひとつは城を、もうひとつは市街地を守る構えの城塞都市だ。

 堅牢な城壁の外側は緩やかな丘陵沿いに田園や果樹園が広がり、都市部の豊かさが視覚的に表現されている。


 瑞希が指定した待ち合わせがこのアルビオン。…しかし果樹園の中でアヤは立ち往生していた。

 待ち合わせ場所の目印となった果樹園にぽつんと存在している身の丈ほどの岩に接近した途端、身動きがとれなくなってしまったのだ。

 ダッシュしてみたり、ローリングしてみたりとあらゆるアクションを試してみた。が、アヤのアバターは無情にもその場で空回りし続けるだけ。…そう、彼女は岩|(オブジェクト)に引っかかってしまったのだ。

「……ぷっ…くく…ね、ねーちゃん、大丈夫…?」

 瑞希が同ゲームのプレイヤーだとアヤから聞きつけ、挨拶がてら彼女に同行することにした花奏こと、レイラスは笑いをこらえながら姉の状態を見守る。

「大丈夫じゃなーい!…もう、笑ってないで助けてよ!」

「…はいはい、しょうがないな…」

 レイラスはアヤが引っかかっている岩を観察するため別側面へ移動すると、「ねーちゃん」と声をかけてくる。

「何?何かあった?」

「…反対側に立て看板あるよ。『この岩危険。引っかかりに注意』だってさ。……ぷっ…ねーちゃん、まんまと引っかかったね」

 親切なプレイヤーが注意を促すために立て看板を用意してくれていたようだが、死角のアヤには全く功を奏さなかった。

「くっ!…愚痴は言いたくないけど、その立て看板はこっちにも立てておいてほしかった!」

 アヤはひとりで抜け出すことを諦めて棒立ちに戻り、ため息をつく。

「ここにぽつんとある岩が気になって近づくプレイヤーが多いんだろうね。公式にも苦情は来てるだろうに…あえて放置して、岩にスタックされるプレイヤーの統計でもとってたりして」

「その統計に何の意味が?!」

「間抜けの数がわかる」

「公式さんヒドいっ」

 レイラスはアヤの腕を掴んで引っ張り、岩から引き剥がそうとするがびくともしない。

「…取れないな」

「軽く攻撃してみて。そうしたら弾き飛ばされて抜け出せるんじゃない?」

「…まあ、普通のゲームならね。でもここ、都市エリアだから不戦地帯だよ?俺の手持ち武器じゃ向かないし、魔法はアウトだし、運が悪いと俺がペナルティ喰らう」

「…うっ…」

 困り果てるアヤたちの前に、救いをもたらす第三者が現れ、彼らに声をかけた。

「失礼、何事かな」

 彼らに近づいてきたのは平服姿のヒト属の青年だった。鮮やかな金髪に緑陽の瞳を持つ爽やかなアバター姿のプレイヤーだ。

「…あー、連れがこの岩に引っかかってしまって。対処に困っているところです」

 レイラスが端的に説明をすると、青年は「ああ…」とすぐに察して頷く。

「ここはよくプレイヤーが引っかかるポイントなんだ。散歩がてらここまで見回りに来てよかった」

 青年は微笑むと、武器ショートカットから見事な装飾が施された、蒼銀の光が満ちる長剣を取り出した。

「え。まさか攻撃しませんよね?」

 レイラスがぎょっとして問いただすと、彼は笑みを浮かべる。

「彼女に怪我はさせないよ。手加減もするから」

「いや、でも…」

 戸惑うレイラスに構わず、彼は続ける。

「君、少し離れて。彼女はそのままの姿勢で動かないで」

 レイラスとアヤに軽く注意を促すと、青年は素早く突きの姿勢を取り、煌めく蒼銀の長剣を岩とアヤのわずかな隙間に刺突した。

 その剣圧でアヤの体はふわりと吹き飛ばされ、反動でごろんと地面を転がり、無事引っかかりから抜け出すことができたのだった。なんと的確な力加減。

 アヤは慌てて立ち上がり、剣をおさめる青年に近づき頭を下げる。

「ありがとうございます!とても助かりました!」

「無事で何より。とはいえ剣を振るってしまった。申し訳ない」

「全然大丈夫です!おかげで強制終了せずにすみました!」

「これからはこの岩に注意した方がいいね。…ではよい旅を」

 青年は軽く微笑み去っていった。

「爽やかな人だねぇ。あのプレイヤーさんが通りかかってくれてよかった。じゃなかったら本当に強制終了になって、瑞希くん待たせちゃうところだった」

 安堵するアヤを他所に、レイラスは去っていった青年の方に視線を向けたまま呟く。

「あの剣…もしかして…」

「?何、レイラスの知ってる人?」

「…いや、知らない人だよ。ただ俺が思ってる通りなら、ワールドじゃかなり有名人かもね。…ヨミ並に」

 彼の所有していた蒼銀の長剣、見るからに只者の得物ではない。あの容姿や上品な青年の佇まいからしても……おそらくは…。

「え、そうなんだ?!」

 驚いて恩人の背を探すも、すでに姿が見えなくなってしまっていた。

「お名前を聞いておくべきだったね。ヨミさんに特徴を伝えれば判明するかな」

「見当違いだったら俺が間接的に恥かくからやめてくれる?」

 小さく息をつくレイラスは彼らに近づく気配を感じ取って振り返る。

 金髪の青年アバターと入れ替わりに現れたのは、漆黒のフルメイルの騎士だった。

「黒騎士…?」

 アルビオンは城塞都市らしく騎士姿のプレイヤーは珍しくはないが、この黒騎士は通りすがりのプレイヤーではなく、あきらかに姉弟を意識し凝視していた。

 アヤはレイラス越しにぬっと立つ黒騎士に気づき、そして目を見開く。

 その黒騎士には見覚えがあった。二度目のモルス・ヴァーミリオン襲来の際、撃退を手伝ってくれたプレイヤーだ。…たしか、名前は…。

「…リッターさん?!リッターさんですよね?!」

 アヤは警戒心なく黒騎士に近づこうとするが、レイラスに腕を掴まれる。

「…待って。あの黒騎士、ねーちゃんの知り合い?」

「知り合い…というか、挨拶した程度だけど。以前助けてもらったことがあるの」

「だからって…迂闊に近づくもんじゃないでしょ」

 姉弟がこそこそ会話をしてる間に、黒騎士はゆらりとふたりに近づく。レイラスはアヤを背にかばうようにして向き合う。

「俺の連れに何か御用ですか」

「………」

 黒騎士は無言でふたりの前に佇んでいたが、ヘルメット越しに小さく声を発する。

「…その声…君、花奏くん…?」

 変声機ボイスチェンジャーを使用する黒騎士から漏れた名前にアヤは絶句する。

「え…?」

「リッターさんが…どうして花奏の名前を知って…?」

 ここで本名を呼ばれたことアヤはもちろん、にレイラスも戸惑いを隠せない。

「…あぁ…やっぱり」

 彼は息を漏らす。

「…君だったのか…」

 黒騎士はアヤに顔を向けてはっきりと言った。変声機をオフにして。

「リッターは僕だよ、絢ちゃん」

「?!」

「…僕が、瑞希なんだ」

 変声機を介さない口調と声音は、まさに瑞希のそれだった。

「ええぇ〜〜?!…み、瑞希くんなの〜?!」

「はぁ?!瑞希さん…?!」

 まさかの告白。

「…うん」

 思わぬ邂逅に目を白黒させる姉弟の前で、黒騎士は気まずげに頷いたのだった。

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