第30話*ヒュドラ狩り、またの名を歓迎会(5)
ヒュドラが住まう毒沼へ導く小さな石造りの祠が視界に入ると、そこにイツキたちの姿を見つけてアヤはほっとする。
着地地点から祠までそれほど距離があったわけではないのだが、随分と長い旅をした気分だ。
「ヨミぃ!待ちくたびれたわよ!」
「ごめんよ、エンジュ」
「ふたりとも遅かったな。…って、なんか妹ちゃんすでに疲れてないか?」
少々げっそりした様子のアヤを眺めてイツキが怪訝に問いかける。
「…あぁ、次々と賊に絡まれてしまってね」
ヨミは微苦笑する。
「は?賊?山賊や野党の類のイベントか?…次々って、それ絶対お前が原因だろ」
イツキたちはその手のイベントには遭遇していない。駆け抜けながらモンスターを始末し、導線を確保した意味がない。
「災難だったな、妹ちゃん」
「えっと…今回はお兄様のコープに加わっているので、立ってるだけでどんどん経験値が積まれて、山賊さん討伐の賞金がどかどか入ってきました。…もう、お腹いっぱいです」
蹴散らされる山賊と鳴り止まないレベルアップ音、膨れ上がる財布の中身。この一帯がまったくアヤのレベルに適合していないことだけははっきりした。
「いやいや妹ちゃん、ここからがメインだから」
歓迎会の。
「あぁ、そうだった。アヤさん、とりあえずこれを渡しておくからね」
ヨミはインベントリから2つの薬瓶を取り出し、彼女に持たせる。
「…これは…?」
ひとつは眩い
どこだったかな…?
うーん、と首を捻っているとヨミが正体を明かす。
「金色の方が全能力を1.5倍にする『ネクタル』、緑の方がHPやMPや状態異常を全回復させる『アンブロシア』だよ」
「…っ!!ネクタルとアンブロシア…!マギーシュタルトで高額取引されてたお薬!!」
あまりに縁遠い薬だったので記憶が曖昧になっていたが、マギーシュタルト観光の際に覗いた薬屋で見かけたことを思い出す。
通常回復薬のポーションやハイポーションを上回る効果を得るその2つは材料収集も困難ながら、錬金術スキルを極めなければ作り出せない逸品ため、
幻の2大最高級秘薬が、今この手に…。
両手の薬とヨミとを交互に見やっていると、彼は微笑む。
「それは僕が作ったものだから、何も心配いらないよ。純度100%だから、ネクタルはボーナス効果で能力は1.8倍になるし、アンブロシアはあらゆる攻撃を一度だけ防ぐバリアの効果がついているからね」
「………じゅ…純度100%…?…え?お兄様が作ったのです…?」
「そうだよ」
目が点になる。
さらっと言っているが、とんでもないことである。
ジョブを極めているばかりか、もしかして、あらゆるスキルまでも最高位なのです?
「僕が傍にいる限り、君には傷一つつけさせないけどね」
「妹ちゃん、とりあえずネクタル飲んでおけよ。攻撃を受けなきゃ効果は持続されるからな。アンブロシアは…まぁヨミがいるから心配ないが、アイテムのショートカットに入れとくといい」
なお、ネクタルやアンブロシアは此処一番という場面や格上ボスと戦うために利用されることが多いが、プレイヤーレベルごとに使用回数の制限がもうけられており、高レベルになるほど厳しい使用条件が設定されている。結果、低レベル帯の重課金者向けアイテムと化している。
「え、でも全能力1.8倍ですよね?!…チートすぎますよ?!」
「ハァ〜?今のアンタが能力1.8倍になったところで、大したチートでもないし、アタシの槍…『バイデント』のひと突きで簡単に昇天するわよ。最低限、足手まといにならないように飲めって言ってんの。さぁ、グビッといきなさい、グビッと!」
身もふたもないエンジュの言葉にアヤは瞬きを繰り返し、大きく頷いた。
「ごもっともです!いただきます!」
味がするのならば、きっととても甘くて美味しい飲み物なのだろうと思う。
ネクタルの薬瓶の蓋を取り除くと、グビッと一気に飲み干す。
途端に全能力が跳ね上がった。
「なんだか、今なら…無双できる気がしてきました…!」
神レベルの
「素晴らしいね、アヤさん」
「頼もしいな、アヤ嬢」
「…アンタ、死亡フラグ立てるのやめなさいよ」
微笑むヨミと、真顔で頷くツカサ。エンジュはうんざり顔だが…。
「うーん…やっぱり妹ちゃんもボケ属性か。……これ以上ボケが増えると俺は捌き切れんぞ…」
イツキはぼやいて嘆息し、続ける。
「そろそろ行こうぜ。全員ヒュドラの祠の範囲に入れ」
祠を中心に溢れる円柱型の光に集まり、足を踏み込む。この場の全員がその光の輪に入ると、エリアボスの住処『レルネーの毒沼』側の祠へ転送された。
毒沼らしく紫や緑に変色する沼はガスが吹き出しているかのように気泡が浮かんでは消える。草木はもちろん皆無で、四方を高い岩壁に囲まれ、完全に独立したエリアとなっていた。低レベル帯エリアのボスとは異なり、一度踏み込んだら勝利か敗北かを決するまで脱出することはできない。
毒沼を縫うように配された瀬にエンジュが一歩踏み出すと、エリア一帯が振動しはじめ、次第に大きくなる。ヒュドラが侵入者を察知したのだ。地震のような揺れを繰り返し、最も広くて深い沼底から、ひとつ、ふたつと順番にその首をを露わにさせ、毒沼の怪物…9つの首を持つ巨大な毒蛇『ヒュドラ』は登場した。
「す、すごく強そうです…」
モルス・ヴァーミリオンとはまた異なる凶悪モンスターの面構えにアヤは震える。
が、反対にエンジュは瞳を爛々と光らせた。
「やるわよぉーー!野郎共遅れを取るな!アタシについて来い!!」
一番槍を呉れてやるべく、エンジュが飛び出していく。
「……まったく、好戦的なやつだな」
小さく息をつくとツカサは太刀と小太刀を手に瀬を駆け出す。
「まずはあいつの体力削るから妹ちゃんはちょっと待っててな」
ツカサは小銃を取り出すと肩越しに告げて彼らに続く。
ヒュドラは長短それぞれの首を器用にしならせて火や毒を吐き、尾で彼らを薙ぎ払い、叩きつけようとしている。
「ムダムダ!そんな攻撃効かないってのーー!アタシのバイデントの前に敵なし!!」
エンジュが豪快に槍を振るうと首のひとつが飛び散る。
「おいエンジュ、これはアヤ嬢の歓迎会だってことを忘れるな」
太刀と小太刀の二刀で攻撃を加えるツカサは彼女に注意する。
「
9つの首の一斉攻撃を阻むべくイツキは的確にヘッドショットし、リロードを繰り返す。
沼に落ちないように岩や瀬をうまく足場にして飛び回り、ヒュドラの首に攻撃を加えている。各々が自由に動いているようで、自然に連携も取れていた。
「…みなさん、さすがです!全然ヒュドラの攻撃に当たってません!」
アヤなら1分も持ちそうにない巨大ボスの猛攻が続く中、彼らはヒュドラを弄ぶように動き回っていた。
「まだ本気は誰も出していないよ。目的の『毒の牙』が落ちるまで、延々と首を狩り続ける作業だからね」
「え?」
作業?
そういえば、三人とも首がいくつか落ちると、ヒュドラの首の再生を待つように一旦距離を置き、その後、攻撃を再開させている。
「ヒュドラ狩りはアヤさんに毒属性の武器を作ってあげることが目的だからね。必要な数の牙を落とすまで……ヒュドラにはしっかり踊ってもらわなくては」
今この場でヒュドラの生殺与奪を掌握しているのは誰でもない、ヨミたちなのだ。
「なんだか、立場が逆転しちゃってますね…」
「アヤさんには残酷に見えてしまうかな。…でも、この方法にもデメリットはあってね」
ヨミは微苦笑する。
「?」
「戦闘を長引かせると、増援が来てしまうんだ」
「え?!」
肩をすくめるヨミの言葉通り、ボスエリア外の岩壁に大小それぞれの影が揺らめく。そしてその影は一斉にエリアに雪崩混んで来た。
「…あ、あれは…!か、蟹?!」
ボスエリアに乱入してきた影の正体は、なんと蟹の群れ。
「…蟹さんが…美味しくなさそうな蟹さんが…たくさん来ました!」
どれも毒々しい色彩を放っており、彼らも毒属性であることが見て取れる。鋭利な刃のハサミを怒らせて向かってくる。
「ここの蟹は茹でても焼いてもバッドステイタスしか得られないから、食べてはいけないよ」
「そこまで見境がないほど食いしん坊ではないですよっ!」
的外れな掛け合いをしながら、ヨミは剣を取り出すと、彼の間合いに入る蟹たちをソニックブレードで木っ端微塵にする。彼の間合いにいる間は、アヤの出番はなさそうだ。
「でも…どうして蟹さんなんだろ…」
水生生物という以外の接点が見つからないのだが。
「ヒュドラと蟹は仲がいいんだよ。英雄ヘラクレスとヒュドラの戦いに参じて、ヘラクレスに踏み潰されてしまった神話由来だけどね」
「踏み潰…?…神話の蟹さん…かわいそう」
今は英雄ではなく、死神に刻まれ、蹴散らされているが。
「蟹さんなら、わたしでも倒せますか?」
「やってみるかい?僕の槍を貸してあげるよ」
「はい!」
ここはレベル帯の異なるエリア。アヤはおとなしくヨミから得物を借りることにする。
ヨミが(蟹を刻みながら)取り出したのはいびつな雷の形状を模した槍だった。
「その槍の銘は『ケラウノス』。雷属性の魔法も使える槍だから、試してみるといいよ」
「魔法…?」
「槍を掲げて『轟け、ケラウノス』と言ってごらん」
「は、はい!……よぉーし、『轟け、ケラウノス』!」
借りた槍を両手で掲げて文言を唱えると、槍先から電撃が迸り、彼女の間合いに近い蟹たちに直撃する。……が、貧弱な電撃に蟹たちは痺れただけでとくにダメージを負った様子もなく、何事もなかったかのように行動を再開する。アヤのMPはたった1回の攻撃で底をついたというのに、だ。
り、理不尽。
首を機械的に動かして兄を見やると、彼はただただ微笑ましげに妹を見守っていた(無限湧きする蟹を蹴散らしながら)。
「……お兄様?どうして楽しそうなんですか?」
「ケラウノスを使う君がとても可愛らしいものだから」
答えになっていない。が、にこにこしているヨミの意図に気づいてアヤは頬を膨らませる。
「お兄様…もしかして、わたしで遊びました…?」
身の丈に合わない武器を使うアヤの反応を楽しんだのだ。直接攻撃ならばともかく、魔法攻撃の威力は使用者の魔力パラメータに依存する。おかげで、まったく攻撃結果は振るわなかった(能力が1.8倍アップしているにも関わらず)。
「…いや、ごめんよ。アヤさんの攻撃が可愛らし過ぎて…」
確かに、威力が
「薄々気づいてましたけど…お兄様ってそういうところありますよね。ダメですよ!人で遊んだら!」
「…ああ、妹に叱られてしまった。ふふ、こういうのもいいね」
注意されて喜んでいる。…よくわからない人だ。
「お兄様、この槍の正しい使い方を見せてください。本来はビリビリさせるだけじゃないですよね?」
「あぁ、そうだね。お詫びに披露しようか」
楽しそうに笑ってアヤからケラウノスを渡されると、ヨミはヒュドラと対峙している3人に声をかける。
「イツキ、ツカサ、エンジュ。攻撃魔法発動と同時に防御、または回避せよ」
「?!…お、おい、それは…」
ヨミが手にする槍を目にして何かを言いかけるイツキに構わず、彼は頭上に向けて投擲の姿勢をとる。
「轟け、ケラウノス…範囲攻撃魔法『審判の雷』」
文言を唱えて戦闘エリア中央の空に向けて槍を鋭く投げやる。まっすぐ飛び去った槍がどんより垂れ込める雲を突き破ると、激しい稲光と共に、篠突く雨のごとく高密度の雷撃が轟音をあげて落ちてくる。
ボスエリア全てに猛烈な雷撃が加わり、全ての蟹は痺れる間もなく黒焦げになって消滅する。もちろんボスのヒュドラにも容赦無く落雷し、ショックを受けながら大きく怯み、ダウンする。
ヨミの手に戻った槍、ケラウノスの威力にアヤはぽかんと口を開ける。
ケラウノス、全智全能の神・ゼウスの槍。まさに、神の裁きを体現した雷撃であった。
ナニコレ…わたしとの攻撃力の差がすごい……。
「お兄様…凄過ぎます」
「もう一段階強い『ティタノマキア』という攻撃も可能なのだけれど、ヒュドラを倒し切らないように加減をしたよ」
え?蟹さんたちが一掃されてしまいましたけど…加減して、これなのです?
「さすがお兄様です。…でもでも!間接的にわたしがとっても恥ずかしいことになりましたっ!」
ネクタルの効果で気持ちが大きくなって『無双できる気が』などと調子に乗って発言した手前。
「うん?可愛らしかったのに。僕は眼福だったよ?」
「全然慰めになってないですから!」
クスクス笑う兄にアヤは赤面しながら再度頬を膨らませた。
「キィィィィーー!なんなのよあのふたり!アタシというものがありながら小娘とワチャワチャしてんじゃないわよヨミーー!!」
兄妹のやりとりに嫉妬するエンジュの背後でヒュドラはダウンから回復し、起き上がる。
雷撃を加えられたことで、ヒュドラの攻撃ターゲットがヨミとアヤに移った。
ツカサがいち早く察知し、声をかける。
「ヨミ、気をつけろ!そっちに行くぞ!」
いくつもの首がふたりを凝視し、巨体をくねらせ突進をかける。
「お、お兄様、こっちに来ます!」
ヒュドラに噛まれでもしたら、アヤは即死間違いなしだ。
「おやおや、ケラウノスの攻撃でお怒りのようだね」
アヤを背にかばってヨミは冷笑する。
岩を粉砕しながら突進するヒュドラが彼の間合いに入るか否か、『我があえかなる妹の愛しき腕』を構え強く踏み込んだ。
「『散華一閃』…
力を溜めて振り切る。
花を散らすように放たれた鋭い剣戟と無数のソニックブレードがヒュドラを切り刻み、太い首のいくつかが耐えきれず飛び散る。溜め斬りの重い剣圧によって巨体が小石のように翻り、沼に叩きつけられたヒュドラは再びダウンする。主たる首も大いに傷つき、体力ゲージが大幅に削れてしまう。
「キャァーーーッ!ステキーー!!アタシも刻んでヨミ!散華してーー!」
興奮のあまりおかしな声援を送るエンジュを無視し、イツキは声を張る。
「…おいヨミ!加減しろ加減を!」
イツキが声を張り上げる。鉄の剣でなければ、一撃で終わってしまうところだった。
「彼女の
視線を泳がせながらヨミは呟いた。
「新しい得物を試したい気持ちはわからないではないが……ああ、だが牙が何本か落ちたぞ。数が揃ったんじゃないか?」
運良く斬り飛ばした首から複数の牙が落ち、ツカサが拾い上げる。
途端、三人は眼光鋭く昏倒から起き上がる前のヒュドラに総攻撃をかけ、複数の体力ゲージをギリギリまで削ぎ落とす。
「よし、ミリ残ったな。妹ちゃん、トドメをさせ」
主たる首を指差すイツキに促され、アヤはハッとヨミを見上げる。
「宴のメインディッシュ…、おいしいところは君に」
ヨミは微笑んでアヤの背中をそっと押す。
正直、今の今までなんの役にも立てていないのだが、歓迎会で主賓が遠慮していてはかえって失礼だ。
「え、ええっと…わかりました!」
戸惑いを捨てて、ショートカットからバスターソード(無印)を取り出すと、ぐったりしているヒュドラに向かって走り出す。
「ごめんねヒュドラちゃん…!…みなさん、わたしの歓迎会…お膳立てを、ありがとうございまーーーーす!!!」
振り上げたバスターソードを力一杯振り、虫の息だったヒュドラの主たる首を断ち落とす。首を全て失ったヒュドラは尾を振り乱して息絶え、沼に沈んでいった。
コングラチュレーション!の文字がBGMに乗って踊り、莫大な経験値が加算され、再びレベルアップ音が止まらなくなった。
「……わたし、今日だけで20個以上レベルがあがりました…」
口を引きつらせるアヤに近づき、エンジュが軽く頬を引っ張る。
「う…?」
「こういう時は喜べばいいのよ。アンタのレベルが20上がったところで、まだまだアタシらの敵じゃないんだしぃ。もっと精進なさい?」
「ふぁい、エンシュおねえはま」
ふんと鼻を鳴らしてエンジュは手を離す。
「まぁ、なんとか妹ちゃんへの接待になったな」
ヨミがゼウスの槍、ケラウノスを投擲した時にはどうなることかと思ったが。
「アヤ嬢、これでヨミに武器を作らせるといい」
イツキがまとめて手にしていた毒の牙をアヤに手渡す。
「あ、ありがとうございます。えっと、今回は歓迎会を開いていただけて嬉しかったです!貴重な体験をたくさんさせていただけて…。わたしも皆さんみたいに強くなれるよう、これからもっと頑張ります!」
笑顔で彼らに頭を下げると、毒の牙を抱えてアヤはヨミの元に駆けていく。
「…アヤ嬢は素直で可愛いな」
ぽつり呟くツカサにイツキは頷く。
「だろ?妹ちゃんがヨミにとって
「そんなのまだわかんないじゃない。ゲームの中なんていくらでも自分を嘘で飾れるわよ」
エンジュの声音は低くなり、眼を細める。
「あれが演技で、ヨミの目を騙せてるなら凄い女優じゃないか、妹ちゃん。……まあそれはそれで、ヨミは楽しめるさ」
「楽しいだけじゃ困るわ」
「何も知らない彼女にそこまで期待するのは酷な気もするが」
ツカサは息をつく。
「こう言っちゃナンだけど、あの子が何者であれ、利用できるものは何でも利用しないと。アタシたちじゃ、ヨミの共犯にはなれても未練にはなれない。…悔しいけど」
エンジュは焦れるように眉を寄せた。
「急いては事を仕損じる。こだわりのなかったヨミが家を買うと決めただけでも、いい兆しだ。…まあ、しばらくは要観察だな」
イツキは会話を切り上げ、仲良く語らう兄妹に足を向ける。つられてふたりも歩き出す。
内に潜む思惑を彼らには気取らせぬようにして。
※
到達さえできれば、都市間の移動は容易い。ヨミたちに見送られエリュシオンから転送ゲートを使用してアヤは拠点のあるオリクトに戻った。
フェネックキャットのおやつやおもちゃ、コスチュームを買い込んできたアヤは直にマイルームに戻り、『ヨミさん』を抱えあげた。
「ただいまーヨミさん!しばらく留守にしててごめんね!たくさんお土産買ってきたからね!」
フェネックキャットは「ミュー」と嬉しそうに鳴いた。
ヒュドラ狩りによって得た毒の牙であれからヨミに猛毒のダガーを作ってもらった(鍛治スキルも当然有り)。アヤの拠点周辺のモンスターなら、ひと突きで即死させてしまうほどの毒効果があるらしい…。
「取り扱いを気をつけないと…」
猛毒のダガーを『お兄様の祭壇』に祀り、その横にアヴァリスの隊服を飾り付ける。
「祭壇がどんどん立派になっていくなぁ…」
本当ならここにブリュンヒルデを鎮座させたいところなのだが、友人や弟が訪れるマイルーム内では不都合が多く、アヤの武器インベントリで沈黙を守っている。
返却に応じる様子はなく、必要ないなら捨てて構わないと宣言してしまうほど当の持ち主が執着していないのでいまだにアヤが所持しているのだが…。
「…それにしても…」
ヨミさんを抱えたまま、ベッドに転がる。
今回の旅では、様々なヨミを垣間見ることができた。
元から『100キロ超えのおっさん説』には懐疑的だったが、新たに『外国人説(またはバイリンガル説)』や『富裕者説』が加わり、頭が混乱する。外国語が堪能であることに疑いはないが、懐事情は謎めくばかり。
同窓の友人たちの前であったから、素に近い彼が晒されていたのかもしれないが…。
優しかったり、甘かったり、お茶目だったり、遊びを仕掛けたり…。
リゾート島にお家を買うとまで言い出して…。
「…知れば知るほど、実像が見えない人になるなぁ…ヨミさんは」
「ミュー?」
呼ばれて不思議そうにアヤを覗き込む『ヨミさん』を撫で、アヤは微苦笑する。
「…あ、ごめんね。お兄様の話」
あの人はいわば、完璧超人。
普段はヨミがアヤの行動に合わせてくれていることもあって、彼が戦うところを目にする方が稀なのだが…やはり、桁違いなプレイヤーであることを再認識した。本気を出したら一体どんな戦いになるのか(戦いにならないのかもしれない)。
アヤははじめて、ヨミというプレイヤーのリアルに思いを馳せる。
「……アバターの奥にいるのは、一体どんな人なんだろう…」
漏れた言葉に、はっとして決まり悪く唇を引き結ぶ。
これは抱いてはいけない疑問だった。まして、口に出すなどと…。
以前より距離が縮まって、気持ちが緩んでしまったのだろうか。
勘違いをしてはいけない。…あくまでもわたしと彼は、この世界での仮初め兄妹。
彼へ繋がるか細い糸を手繰り寄せるような、余計な思案は禁物だ。
呟きを仮想現実に置き去るように、疼く興味を眠らせて、静かに、沈み込むように彼女は
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