第13話*弟来たる(2)

 食後、片付けを済ませると同時にログインし、高原エリアにある美しい湖畔沿いのカテドラルにアヤは花奏を呼び出した。

 指定通りやってきた花奏は高身長の美形エルフの青年姿でアーチャーだと名乗っていた通り、矢筒と弓を背負っている。

 カテドラルの扉の前で待つアヤを上から下まで見下ろして、花奏は飽きれ顔で言う。

「ねーちゃん、リアルに寄せすぎててアバターの意味ないじゃん」

「…そういうあんたはリアルより身長ごまかしすぎじゃない」

「将来的にこれくらいにはなる予定だからいいんだよ。ジョブが脳筋系の割には、軽装なんだね」

「移動と回避が遅くなるから重装備は避けた方がいいって教えてもらったの」

「……ヨミに?」

「そうよ。攻撃に当たらなければ防御の概念は必要ないんですって」

「それ、強者ランカーの理屈だから。…あ、そうそう、俺のことはレイラスって呼んでよね」

「レイラス…くん?」

「くんはいらない。ねーちゃんは?」

「アヤだよ」

「………。まんますぎる」

 花奏…いや、レイラスはさらに呆れた様子で息をついた。

「それにしても、なんでここを待ち合わせに指定したの?結婚するカップルプレイヤーの聖地じゃん…」

 周辺にはイチャイチャしているカップルたちが目につき、花奏ことレイラスは居心地悪い、と呟く。

「わたしが行ける場所はまだまだ限られてるし…いつもヨミさんとはここで待ち合わせてるから。街と違って周辺には教会しかなから、すれ違いが起こらないでしょ?」

「ふーん。それだけが理由ならいいんだけどさ」

「?」

 含みを感じる弟の言葉に首をひねった時、ふたりに近づくプレイヤーの気配を感じてそちらに顔を向ける。

 平服姿だが、有象無象とはオーラが異なるトップランカー、ヨミの登場であった。

 相変わらずその微笑みは光のエフェクトを纏っているかのよう。

「やあ、アヤさん。君の方から誘ってくれるなんて光栄だな。ここのところ、相手をしてくれないから僕に飽きてしまったのかと思っていたよ」

「飽きる?!ま、まさか!」

 ぶんぶんと首を横に振る。

 ここ数日は、ソロ活動に専念していただけだ。ただ、それだけでなぜ飽きるという発想に至るのか。

「……それで、そちらのエルフくんは新顔だね。知り合いかい?」

 ちらりとヨミの視線が弟に移る。

「あ、紹介します。わたしの実の弟で、か……レイラスくんです」

「くんは、いらないって」

 小声で苦言を呈されつつもアヤは続けた。

「実は、弟もオーレリアンユーザーだったんです。わたしがヨミお兄様とフレンドだと言っても見栄を張るなの一点張りで。それで、見栄じゃないなら紹介できるはずだろうという話になったんです。というわけで、すみません…お兄様に断りもなく、ここに呼びました」

 お兄様、と呼ぶことにもう抵抗感はない。

 はじめはぎこちなかったり、棒読みに近かったのだが、ここは仮想現実なのだと自分に言い聞かせ、自身の中にある違和感をかき消した。

「なるほど。…初めまして、レイラスくん。僕はヨミ。よろしくお願いするよ」

 レイラスは不審の眼差しをヨミに向ける。

「……あんた本物のトップランカーのヨミなの?アヴァリスの首魁しゅかいの?」

「ちょ、言い方!いきなり態度悪いから!」

 …というか、首魁って?『リーダー』みたいな意味かしら?

「本物…というか、偽物が出回ってるのかい?知らなかったな」

 ヨミはレイラスの態度を気に留めていないようだった。

「目に見える形での証明が必要なら、ここに僕の飛空挺『アヴァリスの矢』を呼ぼうか?ついでに、友人クランたちを紹介するよ。いずれアヤさんを皆に紹介するつもりでいたしね、手間が省ける」

 微笑むヨミに、レイラスは小さく息をついた。

「…マジで本物かよ…」

「だから見栄じゃないって言ったのに」

 もーと口を膨らませる姉を尻目に、レイラスは頭を下げた。

「…はじめまして、弟のレイラスです。姉が随分とお世話になっているみたいで……先ほどは失礼しました」

 打って変わった礼儀正しい態度にアヤは安堵し、ヨミにも謝る。

「ごめんなさい、お兄様。弟は警戒心が強くて…」

「いや、弟くんが僕を警戒するのは当然のことだよ。ネット上の人間関係に危険はつきものだからね。それに僕の勘が正しければ弟くんはかなりシスコ…」

「あ、ねーちゃん!あそこに超レアな野生のフェネックキャットがいる!捕獲テイムしたらマイルームで飼えるやつ!」

 ヨミの言葉を遮るようにレイラスが声を張って草原を指差す。

 フェネックキャットとはモンスターではなく、ぬいぐるみのように可愛らしい生物だ。フェネックギツネに趣がよく似たネコ科の動物。ごくたまにフィールドで遭遇することがある。レイラスが言うように捕獲し、名前をつけることでマイルームに連れ帰ることが可能だ。

「えっ?!!どこ、どこどこ?!」

「ほら、あそこだよ」

「あっ!本当…!……あ、あの、お兄様、あの子を捕獲しに行っても…」

 きょろきょろそわそわしながらヨミに尋ねると、彼は微笑んで頷く。

「いいよ、行っておいで」

「はいっ!」

 アヤはその場にヨミと弟を置き去りににしてフェネックキャットへ向かって嬉々と駆けていく。

 アヤの背中を見送ると、ヨミはレイラスに視線を戻した。

「彼女の前ではシスコンを隠しておきたいのかい?」

「別に俺はシスコンじゃないですから」

「へぇ?…レイラス、綴りを逆さまに読むとサリエル、つまり…アークエンジェルを意味しているね。…さて君は、誰の守護天使のつもりなのかな」

 …こいつ…。

 にっこり微笑むヨミの美麗なアバターが悪魔に見えた。

「………。考えすぎですよ、深読みが好きなんですね」

「あぁごめんよ。見当違いだったのかな」

「…そんなことより、どうしてねーちゃんに『お兄様』なんて呼ばせてるんです?気持ち悪い」

「ああ、僕の〝趣味〟だよ」

「はぁ?趣味?」

 堂々と言い放ちやがった。

「君も呼びたかったらいいんだよ?彼女の弟くんなのだし特別に」

「結構です。っていうか、弟くんって呼ぶのやめてもらえますか。きょうだいは姉だけで充分なんで」

「ふふ、嫌われてしまったかな。彼女との関係は少々特殊でね。アヤさんから説明は受けたかい?」

「的を得ない説明なら」

「そうか、なら僕の方で語ろうか」

 かいつまんで一連の出来事や公式の目論見を説明すると、レイラスは徐々に複雑な表情になっていった。

「ガチャでもらったアイテムの所為で新しく実装されたドラゴンにピンポイントで襲撃されるとか、理不尽すぎませんか。しかもねーちゃんとあなたが持ってる共通アクセサリーできょうだいシステムのテストとか、意味不明。設定も破綻してるし無茶苦茶だ。ランカーに対する公式の嫌がらせは前から噂で聞いてましたけど、他人巻き込むだなんて本来抗議案件ですよね?」

「…まったくその通り。でも僕にはそれすら楽しむゆとりがある。彼女は抗議するつもりがないようだし、僕は彼女の『兄』に選ばれた者として、できうる限り理不尽から守るつもりだよ」

 楽しむゆとり、ね。

「…あなたが楽しめても、ねーちゃんが楽しめなきゃ意味がない」

「僕の目からは、彼女なりにこの世界を楽しんでいるように見えるよ。それに、彼女はドラゴンに立ち向かうつもりでいて、頼もしいくらいだ」

「あなたは、ねーちゃんが足手まといだとは思わないんですか。旨味もないでしょ?」

「足枷だとは全く思っていないよ。僕が迷惑をかけている側だからね。正しい友人関係がそうであるように、プレイヤー同士の交流にも打算うまみを求めない主義でね。ついでに言わせてもらえば、戦闘では彼女の意向で僕は手出ししていない」

「ねーちゃんも人がいな。ランカー利用すればいくらでもレベリング可能なのに」

「そうだね。でも、安易に僕に依存しない心根の強さが彼女の魅力だと思っているよ。…他に質問は?」

「じゃあ、聞きますけど…ねーちゃんから付かず離れずの距離をとってるイモプレイヤーは何です」

 フェネックキャットを追いかけている姉に目を向けて問いかけると、ヨミはわずかに感嘆した。

「すごいね、気づいたのかい?」

「……俺、探知能力はかなり高めてるんで。相手も強そうなんで捕捉は難しそうですけど」

「そうか。僕がつけている彼女の護衛だよ」

「そいつ、何者です?」

「古参プレイヤーで僕の知人だ。特別に依頼した。彼女の存在は周知されつつあるからね。…僕に恨みを持つプレイヤーはそこそこ多いものだから。この件、彼女には黙っていてもらえると助かるよ」

「それ、自業自得ですよね」

「耳が痛いな」

 苦笑するヨミに、レイラスは改めて言う。

「ねーちゃんがあなたを嫌ってないなら、俺が口出すことじゃないですけど。…でも、あんたから少しでも後ろ暗さや妙な思惑が透けて見えたら、」

「見えたら?」

「アサシンに鞍替えしてその背中を狙いますから」

 不穏な宣言をするレイラスに、ヨミは薄笑みを浮かべた。

「僕にバックスタブを仕掛けてくれるのかい?…怖いな」

 などと肩をすくめつつも、腹立たしいことに怯むどころか余裕に満ちている。

「一応、肝に命じておくよ。アヤさんの前では、紳士でありたいのでね」

「……そうだけどいいけど」

 レイラスは嘆息した。

 そしてなかなかフェネックキャットを捕獲できない姉に目を向ける。

「…ねーちゃんの隠密能力と素早さじゃまだフェネックキャットをつかまえられないんだよな…手助けしてやった方がいいかも」

「つかまえたところで、アヤさんはまだ連れ帰る拠点がないのでは?」

 マイルームはゲーム内マネーで世界に点在するハウジングエリアに部屋(拠点)を買うことができるのだが(物件という扱いで)、アヤはまだ部屋を購入するほどマネーを貯めることができていないのではないだろうか。

「あれぇ〜?おにーさまはご存知ないんですか?ねーちゃん、ちょっと課金して昨日買ったみたいですよ、鉱石都市『オリクト』にマイルーム。……そんなことも教えてもらえないだなんて、兄妹って、存外薄っぺらいものだったんですね」

 所詮設定上ですもんね、とばかりにあざ笑う。

 といっても、花奏レイラスも食事しながらつい先ほど耳にした情報ではあったが。

 彼女がここ数日ソロ活動に興じていたのは、鉱石都市の地下採掘場でツルハシをふるって鉱石採掘に注力していたからである。体力と筋力を同時に鍛えられる上に、掘り出した鉱石を売買することでゲーム内マネーを得ることもできる、まさに一石二鳥のアルバイトだった。

 さらに鉱石の光に魅せられたアヤは、鉱石都市に拠点を持つことを望み、コツコツと地道に鉱石掘りのアルバイトに勤しんだ。現実世界のアルバイトで得た収入から少しだけ課金し、小さいながらも念願のマイルーム(拠点)を手に入れたのだった。

 嘲笑し煽るレイラスに動じることもなく、ヨミはにっこり微笑んで答える。

「なるほど。情報をありがとう。今後君に僕らの仲を心配させないよう、もっと彼女と親密になった方がいいね」

「は?」

「というわけで、アヤさんに少しいいところを見せておこうかな。ちょっと失敬、

 姿勢を低くするとひゅっと風が抜けるように、気配を消して素早く駆け、アヤに追いかけ回されているフェネックキャットと間を詰め、軽々と片手ですくい上げた。

 瞬く間の出来事に驚くアヤへ、ヨミは柔らかく微笑みフェネックキャットを差し出す。

 麗しの王子のごとく。

「どうぞ、お嬢さん」

「…っ…!」

 手を伸ばし、ヨミに抱えられたフェネックキャットを受け取る。さきほどまで追いかけ回されていたフェネックキャットは、大人しくアヤの腕の中におさまり、「ミュー」と鳴いた。…打ち震えるほどの可愛らしさだ。

「ありがとうございます!」

「喜んでもらえたかな」

 フェネックキャットの可愛さと、素早く華麗に捕獲したヨミの身体能力に感動を覚え、アヤは気持ちの高まりを抑えきれず、ついついこのセリフを口にしてしまう。

「はい!…さすがお兄様です!」

 満面の笑みを浮かべて。

『さすがお兄様』とは…思いの外、嬉しい響き。

「これは…なかなかの破壊力だね。その言葉は最大のご褒美だよ」

 嬉しそうなアヤとまんざらでもなさそうなヨミの表情にレイラスは複雑な心境になる。

 一見すれば、微笑ましいプレイヤー同士の交流だが……アバターという皮を被っている以上、ヨミの誠実さは推し量れない(性格が悪そうなのは肌でヒシヒシと感じたが)。

 ヨミについては警戒しつつ、とりあえず今のところ、ふたりの関係性については静観を決める。

 ふたりに近づき、レイラスは話しかけた。

「ねーちゃん、今から俺を拠点に連れてってよ。得体の知れない設定上の兄より、まずは実の弟を招待すべきでしょ」

「いやいや、やはりここは『お兄様』を優先すべきじゃないかな。僕はアヤさんと合流できる時間が限られているのだからね」

 実弟とゲーム内兄が静かに互いを牽制し、アヤの頭上で火花を散らす中、彼女が出した答えは…。

「えーっと…ふたりともごめんなさい!まだお部屋に招待できるほど家具がなくて。とりあえず、この子のキャットタワーを買います!」

 と、ふたりの期待に反してにもべない。

 双方アピールも虚しく見事に振られ、互いに無言のまま顔を見合わせるのだった。

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