第12話*弟来たる(1)
「ねーちゃん」
アルバイトからの帰り、自宅近くで弟に背後から声をかけられ、絢音は振り返る。
「今帰り?」
ジャージ姿の弟はどうやら部活帰りらしい(ちなみに彼の部活動は弓道である)。
「花奏も今帰りなんだ?」
「うん」
絢音には年子の弟がいる。名前を藤崎
代々の藤崎家の男子同様、近所でも…いや、校区でも有名な美少年だ。
外に出ればすれ違う少女たちを恋に落とし、街を歩けば芸能界へのスカウトが押し寄せる、周囲の同性を霞ませる脅威的存在。
ちらりと道の隅々に目をやれば、弟に思いを寄せる少女たちが息を潜めて彼を見守っている(いつ見てもスニークスキルが上がりそうって思うわ…)。けれど、弟の視界には入っていないのか(入れる気がないのか)、彼女たちを一切意識していない。
「相変わらずモテモテねーうらやましー」
ひゅーひゅーと棒読みで冷やかす。
彼女たちの中では、絢音は『花奏くんのお姉さん』という名前で知られている(らしい)。
「下々にいくらモテてもしょうがないんだよ。俺に必要なのは莫大な持参金を用意できる令嬢だからさ」
「涼しい顔して何最低なこと言ってんの?」
弟の価値観をはじめ、女性観や結婚観が心配になる。
「さっきさ、そこの角で森山さんに会ったよ」
「リ…ちーちゃんに?」
森山千絵、ちーちゃんことリルである。
近所なので花奏が千絵と出会うことに不思議もなく、花奏も絢音の友人である千絵とそれなりに面識があった。
千絵にはあれから根掘り葉掘り、ヨミとのあれやこれを聞き取り調査されたのだが、ヨミと義兄妹になったと伝えると、なぜか彼女の方が興奮していた。
「ちらっと森山さんから聞いたけど、ねーちゃん、オーレリアン・オンラインはじめたんだって?」
「え、う、うん。あれ?花奏もやってたの?」
「やってたよ。って、前も言ったような気がするけど?…俺がすすめてもあんなにネトゲ怖いって言ってたくせに」
ジト目を向けられ、絢音は目を泳がせる。
「い、いやぁ、だって、ちーちゃんの誘いなら断れないじゃない」
「弟の誘いは断るくせに?」
「食わず嫌いになってたのは認めるから、根に持たないで!」
帰宅し、靴を脱ぐと洗面所へ向かい、手を洗いながら話を続ける。
「ねーちゃん今レベルどんくらいなの」
「頑張った。レベル35!」
「まだまだクソザコじゃん」
冷笑する弟にむっとする。
「じゃああんたは幾つなのよ」
「150ちょっと」
「うっ、しょうがないでしょ。はじめたばっかりなんだから!」
段違いだった。
オーレリアン・オンラインはレベルキャップが存在しないのだ(故にヨミにはレベルについては恐ろしくて聞けていないのであるが)。
その足で台所へ向かい、荷物を置くと姉と弟は夕食の準備を始めた。
父は仕事、母は習い事とお嬢様時代の付き合いで忙しくしており、平日の昼間はほとんど家にいない。
藤崎家の女性は料理が苦手だ。祖母も母も…乳母日傘のお嬢様育ちで、日常で料理をするという概念を持っていなかった。嫁いでからも料理だけはしない。なぜなら、藤崎家の男が料理上手だったからである。
花奏は冷蔵庫を覗き、絢音に話しかける。
「今夜はカルボナーラ作るよ。ねーちゃんはパスタ茹でて、皿出しといて」
「了解」
絢音はそれなりに家事をするが、料理だけは花奏に劣る。
手際よく出来上がったカルボナーラを美しく盛り付け、花奏は満足気に息をついた。
「ねーちゃん、できたよ」
「はーい」
席についていただきます、とふたりで手を合わせると食事を始める。
…このカルボナーラ、美味すぎる!
手早く作ってこの美味さ。父がかつてそうであったように、弟もこうやって女性の胃袋を掴んでいくに違いない…(まったく末恐ろしい…)。
「ねーちゃん、今度の
聡は年の離れた母の兄。絢音と花奏のことも可愛がってくれる優しい叔父だ。
「覚えてるよ。いつも通り借りてきた猫になってるから大丈夫」
親族の集まりは苦手だが、還暦祝いということは親族以外の…母の実家の家業関連の招待客も祝いに訪れるはず。大規模なパーティーになるだろう。…面倒臭そうだ。
気分を変えよう。
「花奏、オーレリアンのジョブは何やってるの?」
「俺はアーチャーだよ。弓使い」
「へー、部活が弓道だから?」
「あまりその辺りは関係ないかな。気分だよ。ねーちゃんは?」
「重装騎士」
「……ぐっ…?!」
花奏は口に含んでいたカルボナーラを少し詰まらせた後、顔をあげた。
「……重装騎士?!…脳筋のガチムチ系じゃん」
「うん。ドラゴンを倒したくて。今度は絶対一太刀浴びせるんだから」
「はぁ?ドラゴン?なんで?ねーちゃんのレベルじゃ、まだドラゴンと遭遇するようなクエストないでしょ」
「……ちょっと事情あって…」
あれから、モルス・ヴァーミリオンの襲撃を受けていないのだが、油断してはいけない。
「事情って何」
「話すと長いから」
「気になるから話して」
「…えー…うーん、はじめてログインした時に、ガチャであるアイテムを引き当てちゃったの。『オーレリアンの襟飾り(ブローチ)』っていうアクセサリーなんだけど…」
それを所持した結果、ドラゴンの襲撃を受けるという強制イベントが発動したこと、どうやら今後もそのドラゴンに襲われることなどを花奏に話す。
「……そういえば、ちょっと前に情報掲示板で初心者エリアにドラゴンが出たとか眉唾な情報出てたな。…もしかして、それ?」
「うん…たぶん」
「…うわ…低レベでドラゴンとか絶望じゃん…」
花奏はドン引きしている。
気持ちはわかる。絢音もゲームを続ける気持ちが折れかけた。
「その時、森山さんとその連れが一緒だったんでしょ?森山さんたちが撃退してくれたの?」
「ちーちゃんたちじゃなくて…それが……えっと…その…」
「何、歯切れ悪いね」
これを花奏に話すべきか迷ったが、同じゲームを遊んでいる以上、誤魔化し続けるのも難しいと判断して続けた。
「…花奏、ヨミさんって知ってる?」
探るように問いかけると、花奏は器用に眉を片方上げた。
「ヨミ…?…それって大挙して押し寄せたプレイヤーキラーの屍の山を築いたっていう『死神ヨミ』のこと?有名なトップランカーの?」
弟の口からすらりと情報が出てくる程度には、やはりヨミは有名人なのだ。
「そうそう、そのヨミさんが助けてくれたの。ヨミさんもわたしと同じアイテムシリーズを持ってて、そしたらヨミさんが召喚されちゃって…」
「は?ちょっと言ってる意味わからないんだけど」
「そうだよね。でも、それがきっかけでフレンドになったりして…」
義兄妹の契りが結ばれ、時々アヤの冒険に付き合ってくれている。
ごにょごにょと説明すると、花奏は盛大なため息を漏らした。
「……ねーちゃん」
「?」
「ヨミとフレンドとか、そんな見栄張らなくていいから」
「え?!…見栄じゃないもん」
「ないない。あの世界で覇権とってるようなランカーがねーちゃんみたいな何の旨味もないクソザコの初心者とフレンドになるわけないじゃん。弟にまでそんな見栄張らないでよ、恥ずかしい」
「本当に見栄じゃないんだってば!!」
意地になって言い張ると、花奏は瞳を細めた。
「ふーん。じゃあ俺に紹介してよ」
「え?」
「見栄じゃないなら紹介できるでしょ?ヨミはヨミでも全くの別人だったりしてね」
挑発的にせせら笑う花奏に腹が立ち、絢音は引けなくなって言い放つ。
「いいわよ!オンライン上で待ち合わせよ!!紹介するわよ、ヨミさんを……わたしの『お兄様』を!!」
「な?はぁ?……お、お兄様ぁ…?」
なんだそれ、とばかりに花奏は口を引きつらせた。
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