恋したアップルパイ
藤泉都理
真赭
茶色に揚げたサクしっとりパイ生地に、砂糖と蜂蜜で甘やかに煮詰めた飴色のなめらか林檎ジャム。
中央に焦げ茶、大半は卵色が残るサクッサクに焼いたパイ生地に、砂糖と酢酸で軽く煮てサクッとした感触が残る東雲色の林檎。
丁字色のふわっふわに焼いたパン生地に、蜂蜜で煮たサクふにょっとした感触がある黄色のゴロゴロ林檎。
中央に大きく焦げ茶、縁に卯の花色が残る焼いたパリッパリの餃子の皮に、何の手も加えない純朴な甘みの梔子色の林檎。
他にも、カスタード、生クリーム、バニラアイスクリーム、紅茶アイスクリーム、抹茶アイスクリームなどを添えたもの、形も三角、四角、丸と多種多様のアップルパイがございますが。
さてさて、あなた様のアップルパイはどのようなお味と形なのでしょうか。
「あーあ。やってらんね。やーってらんねえあ」
昆布のような髪、死んだ魚の目、無精ひげ、いつでもどこでも猫背にスーツ姿の男性は苦虫を潰したような顔でアップルパイを食べ終えた。
「不味いよ、不味すぎるよ。どうしたの、どうしちゃったの、あんなに甘酸っぱそう味をしていたのに、実際に食べてみると、なにあれなんなのあれ。生地も林檎も豆腐みてーだし、味はにがりだし。あーあ。見た目じゃわからないもんだなー」
がっくし肩を落として男性。死んだ魚の目で灰色のコンクリート道路をうろうろうろうろ動かして見ながら顔を徐々に上げて、次なるターゲットを探すべく力なく空を蹴る。
名前、
職業、天使。
ときーどき、迷える生物を導きながらも、恋が実った者たちが創生するアップルパイを頂戴する者であり。
前世に恋が実らずに亡くなった記憶を持つ者でもある。
「あーあ。あいつはまた」
真赭は溜息をついた。
彼が恋した女性、
幼馴染で、お互いに負けん気が強く、好敵手と定めて、勉強でもスポーツでも家事でも張り合っていた。
いつから、好いていたのか。
最初から好ましいと思っていたのは鮮明に覚えているのだが、恋仲になりたいと思った瞬間は、正直覚えていない。
なにやらこれやら積み重なった必然であり偶然の結果だろうと思う。
しかし果たして、彼女がどう想っていたかは不明だ。
長い付き合いなのだ。
嫌われていないのは確実だが、恋仲にとは思ってはいなかっただろう。
(あいつ。好きになったらすぐに好きっていうやつだったからな)
だからもし、彼女が自分と同じだったのなら、一切の躊躇なく、好きだ付き合えと迫っていただろう。
それがなかった。
つまり、そーゆーことである。
(2021.9.3)
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