Report 10 製薬工場廃墟での激闘(6)

 清丸町魔導病院には、ちょうど聴取を終えた維弦とイソマツが待っていた。

 維弦の専門は勁路に関わる症状全般を扱う魔導神経外科であり、勁路負担症状が出ている星野を、いち早く集中治療室へ運んでくれた。


 賢治たちはというと、幸いにも全員ごく軽いケガで済んだ。

 賢治は全身に擦り傷ができたが、深いものはひとつもなかった。

 直接攻撃を食らった桐野もたんなる打撲で済み、肋骨にヒビが入るようなことはなかった。


 簡単な応急処置を終えた賢治たちが治療室の前の長椅子で待っていると、白杖を携えた初老の男性が血相を変えてこっちへ来た。


「お嬢! 徳長さん、お嬢はどうなったんです!!」

「落ち着いてください、冥賀さん。いま集中治療室で処置を受けています」


 賢治は桐野から、「冥賀尚人。同盟の一角である、魔導人民党の書記長」と賢治に耳打ちされた。


「そんな偉い人が直々に……?」

「星野先生は、先代の党首である旭徹哉議長の孫だし、何か恩でもあるんじゃないの? 知らないけど」


 すると、10分もしないうちに治療室の扉は開かれた。

 出てきたのは、担架で病棟へと運ばれていく星野と、維弦の姿だった。

 冥賀が「お嬢!」と叫んで、すっくと立ち上がった。

 

「大したこたぁねえよ。命に別状はねえ。意識もすぐに取り戻すだろーぜ」


 冥賀は、維弦に何度も深く感謝を述べて、そのまま星野とともに病棟へと向かっていった。

 そして賢治たちをじろりとにらみつけて、徳長にこうすごんだ。


「一人治りかけたと思ったら、二人はまたケガですか……。おまけまでついてきやがって。徳長さん……、どうなってんですかこりゃあ」


 賢治は「ヒッ」とおびえた声をあげて、桐野の影に隠れた。

 ずっとスクールカースト最下位だった賢治は、基本的に体育会系やヤンキーっぽい人間を前にすると、防衛機制が働いてしまうのだ。


(麻枝との戦いの後で運ばれたときも治療してもらって悪いんだけど……。この人怖いから正直苦手なんだよなあ……)




   ★


 病院での治療を終えた賢治たちは、円島自治区魔導警察署で簡単な事情聴取を受けた。

 本来なら大事件であるのだが、麻枝のときと同じように「門」に関する聴取が所轄の警察ではできないため、詳しい取り調べは麻枝の事件と合わせて、指定の機関が行うことになった。


 病院と警察署をはしごして、清丸魔導高校に戻ってくる頃には、もうすっかり日が暮れてしまっていた。

 そして賢治たちはいま、清丸魔導高校の校長に呼び出され、校長室にいた。


「堺桐野さん。今回の騒動はあなたを巡るトラブルから、あなたと関係の深い見学者の二人が起こしたと聞いております。そうなのですね?」


 背の低い、いがぐりのような頭をした校長がそう言った。


「……はい、そうです」


 桐野は、うつむきながらそう言った。

 すると校長は、かたわらに立つどんぐりのような長い顔をした教頭ともども渋面を浮かべた。


「いけませんね。見学者の暴走は、関係者であるあなたが止めて頂かないと」


 呆れかえってしまうような事なかれ主義全開の発言に、賢治と現世は思わずいきり立った。


「んだと、オイ……!!」

「何なのだその言い草は!! 先に手を出したのは素行が悪いここの生徒で、ソイツをここの教師がえこひいき・・・・・したことに、現世たちが怒っているのではないか! 何故、桐野が責められねばならぬ!!」


 いがぐり頭の校長は、「んっん」と咳払いをして、緩慢とした態度でこう答える。


「実戦練習において、本校の生徒である廣銀識人君が反則行為をしたことは認めています。唐紅先生の発案が、突飛であったことも事実です。しかしですねえ、それらを差し引いてもあなたたちがやったことは、やり過ぎですよ」

「そうですとも! ましてや堺さんは、唐紅先生に暴力を振るって彼のスマートフォンを奪い取ったとも聞いております! いかに保護者と連絡を取りたいからと言って、これは許しがたいことですな。このような粗暴な行為に訴える人間は、わが清丸高の生徒には相応しくありません。はっきり言って、この学校から去っていただきたいとすら思います」

「テメ――」


 我慢し切れなくなった賢治が、飛び出そうとした。

 だがそのとき、校長と教頭に対して氷のように冷え切った目でにらみつけるイソマツが視界に入った。


(……イソマツ!)


 その表情を見た賢治は、戦慄してその場に留まった。

 それは、箕借神社みがりじんじゃで見せたあのときの相貌かおだったからだ。


(――!)


 敵を冷酷に仕留める狙撃手と化したイソマツが、左手を銃の形にして、人差し指を教頭に向けようとした。

 〔バクチク〕を撃つ気だ。

 賢治は、反射的に「止めなきゃ」と思った。

 だが間に合わない――


 パシッ。


 徳長が、後ろ手でイソマツの左手を掴んだ。

 イソマツは目を皿にして(¡¿Quéケ・ diablosディアブロス?!)とでも言いたげな表情をした。


「皆さん、少し抑えなさい。……そうですね。おっしゃる通り、この学校から去る必要があると思います」


 徳長は、内心がつかめない表情のまま、淡々とそう言った。


「先生!?」

「¡Qué vaケ・バ!(あり得ない)!」

「涼ちゃん!?」


 賢治、イソマツ、現世たち三人が驚愕の声をあげる。

 桐野は、さらに深くうつむいた。


「んっん。さすが、わかっておられる。あまり教育に政治は持ち込みたくありませんが、さすが同盟の幹部の器ですな。それでは早速、堺桐野さんの退学手続きを――」


 そう校長が言いかけたとき、徳長が遮るように発言をした。


「何をおっしゃっているのですか? 何故、桐野さんがこの学校を去る必要があるのです。


――学校を去るべきなのは桐野さんを追いつめた、彼女以外・・の生徒職員全員だと言っているのです」


 沈黙。

 その場にいた全員が、今の徳長の発言に驚愕して黙り込んだ。


「な……、何を馬鹿なことを!!」


 そしてようやくのことで、清丸高の校長が口を開いた。

 

「馬鹿? 馬鹿はそちらでしょう。今回の件に関して桐野さんの落ち度はゼロです。処分を受けるのは明らかに、桐野さんや賢治くん、現世さんではなく、そちらの生徒職員の皆さんでしょう」

「そんなことが現実にできると思っているのか!! 話にならん!」


 どんぐり頭の教頭が、敬語も忘れて徳長に食って掛かる。

 だが徳長は全く相手にすることなく、相手の非を理路整然と追及する。


「いいですか。桐野さんと廣銀くんに対する唐紅先生の対応は、100パーセント唐紅先生の私情によるもので、もはや指導とはいえません。これは、教育現場にあるまじきことです。この理不尽な対応の被害者である、桐野さんの家族や関係者が抗議するのは当然のことでしょう。さらには自分の教え子に命じて、桐野さんの行動を不当に封じている。教師としての裁量を超えた身体拘束は、『監禁罪』と言っていいものです。この『監禁罪』の適用は、賢治くんと現世さんへの対応に関しても言えることです」


 徳長は、話を続ける。


「次に賢治くんと現世さんですが、先に杖を向けて呪文を唱えたのは、廣銀識人くんです。私が魔導司法機関に告訴すれば廣銀くんは間違いなく、『傷害罪』もしくは『暴行罪』が適用されるでしょう。それに対する賢治くんの対応は法的には、術師界での判例に照らし合わせても正当防衛の範疇といえます。そのあとの全ての言動まで許容されるわけではありませんが、状況からして情状じょうじょう酌量しゃくりょうの余地は十分にあるでしょう。

 何より、本来事態を収めるべき立場にある教員が、他校の生徒の抗議の揚げ足をとって、相手高の関係者に何ら連絡を取らないまま私的制裁を行うなど言語道断です」


 校長と教頭は何も反論できず「んっん……」「ぐぐ……」と、うめき声をあげる。


「さらに唐紅先生は、同僚や生徒に対して脅迫めいたことを言い、生徒に暴力を振るう始末です。私は、この人物に、大変な憤りを、感じています」


 徳長は最後だけやや語気を強めて、短く言葉を切りながらそう述べた。


「この一連の事態の発端である唐紅先生には、星野先生の次に重い処分を求めます」


 星野の名前が出ると校長は、やや意外そうな顔をした。


「ほ、星野先生の次……ですか?」


 星野は同盟の一角を成す魔導人民党の党首の親族である。同盟の幹部である徳長は、何らかの計らいをするものとでも思っていたのだろう。

 だが徳長は、そのような「情」を不正義に振り回す男ではなかった。


「当然です。星野先生が賢治くんと現世さんにやったことは『未成年者略取及び誘拐罪』であり、今日の一連の騒動で起こった犯罪のなかでも、最も重い部類です」


 それから少しばかり言葉を和らげ、徳長は言葉を続けた。


「同盟の中でこのような裏切りが起こったのは、痛恨の極みです。学校にも迷惑をかけてしまい、こればかりは同盟側の落ち度と言わざるを得ません。申し訳ありませんでした。同盟の中での彼女の社会的制裁は果たす所存ですが、まずは法に基づいた処分を望みます」

「……承知いたしました」


 いがぐり頭の校長が、震え声で言った。

 教頭が「校長!」と喚いたが、誰もが彼を無視した。


「……んっん、しかし、生徒職員全員というのは……、今回の事件において、唐紅先生に賛同せず、ボイコットした生徒も含めるというのは……。んっん、あまりにも重い連帯責任となってしまいます。何卒、ご容赦を……」


 校長からは、もはや最初に見せたような傲慢な態度はすっかり消え去ってしまい、平身低頭そのままの姿勢で徳長に懇願した。


「……そうですね。まず星野先生と唐紅先生、唐紅先生の要求を許容した校長先生と教頭先生あなた方お二人、それと廣銀識人くんと、賢治くんおよび現世さんと実際に試合をした生徒全員。以上の方々には、しかるべき処分をお願いします。それ以外の生徒職員の処分につきましては、そちらの裁量にお任せします」


 そう徳長はまとめ、清丸魔導高校への厳重抗議を終えたのであった。

 恐らく、清丸高は二度と徳長に頭が上がらなくなることだろう。

 賢治の胸のなかの憤りは、この痛快な徳長の抗議を傍聴ぼうちょうしているうちに、どこかへと消えて行ってしまった。


「……先生」


 桐野が、申し訳なさそうな声音で徳長に話しかける。

 徳長が振り向く。


「さあ、帰りましょうか。桐野さん」


 その顔には、子どもたちを優しく見守るような、いつもの柔和な笑みが湛えられていた。




   ★


「お疲れ様でした、先生」


 極めて体格の良い黒服の若い男が、そう挨拶をして頭を下げた。

 すると挨拶をされた中年の男性は、大げさに伸びをしてから肩をわざとらしくすくめた。


「ッンンンはぁ~……。ホンット疲れたよぉぉぉ~……」


 陰陽大臣にして連合の代表、五星院真である。

 その表情は、昼の会議のときのようなギラギラとした雰囲気が抜け、剽軽ひょうきんささえ感じるほどに脱力しきっていた。


「松枝のクソジジイや緒澤のクソババアめ。お前らが姑息な論点ずらしをするたび議論を修正するのに、毎回どれだけ苦労していると思ってるんだ……。唐紅家と廣銀家に至っては、存在自体が有害だよ。特定有害産業廃棄物だよ。さっさと処理されてしまえ。――足を引っ張る味方が最大の敵ってのは、本当だねぇ」


 この部屋は、壁紙から敷物まで何もかもが贅を尽くした一級品で設えられていた。

 その中でも一等豪奢ごうしゃである、革製のチェアに五星院は腰をかける。


「はあああああ、ヤダヤダヤダヤダヤダ……。あっ、月曜の連合の会議ではまたアイツらと鉢合わせるのか~ッ。ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダァァァァ」


 四十過ぎた男が、首をぐわんぐわんと揺らしながら駄々をこねるのは、なかなかに奇矯な光景だった。


「先生……。それで、『門』保有者の取り調べの件ですが……」

「おお、26日の金曜日のな」


 体格の良い男が、眉目に皺を刻んだ。ただでさえ日本人離れした彫りの深い顔が、一層深くなっている。 


「同盟の徳長涼二とリチャードソン協会の御用学者である積雲亀吉という、二者の監視の許で行われるとのことで……。私は、大いに懸念を抱いております」 

「まあ、仕方ないよ。ただ監視がつこうとも、手加減するつもりなどは一切ない。そうだろう? エルワン・和久かずひさ・ジロー=カバントゥ・五星院ごじょういん二等にとう陰陽保安士おんみょうほあんし?」

「勿論ですとも!! わずかな動作一つ見過ごすことなく、余さず『門』の情報を同盟の連中から搾り取ってみせます!!」

「和久くん。熱意はありがたいが、君が何よりも守らなければならないのは警察職員としての中立性と公正性だ。手加減は無用と言ったが、あくまでも陰陽保安士としての分を弁えた範囲で頼むよ」


 それから、「君には期待しているんだからな」とささやくように付け加えた。


「はっ! 勿体ないお言葉、ありがとうございます!!」


 そう言う和久の顔には、屈強な面立ちには似合わない幼い高揚が宿っていた。サングラスでわからないが、きっとその下にある両目は爛々と輝いていることだろう。


(まあ……。この世界に中立や公正なんて存在しないどころか、そうであろうと・・・・・・・努めることすら不可能・・・・・・・・・・なんだけどね……)


 しかし、無垢な表情を浮かべる和久とは対照的に、五星院は甘いマスクを偽ったまま心の中でほくそ笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る