敵3
クロは一転して優しげな口調になり、
「放送室とやらで感じた、珊瑚殿を応援する気持ちはどこに行った。お主は確かに失敗したのかもしれない。だが、お主らしくない行動をするほど、珊瑚殿の芝居はお主の胸を打った。そんな才気溢れる女子のために一肌脱ぎ、努力をしてみようという気にはならぬのか?」
「それは――思う、かもしれない、けれど――」
「そうであろう。ならば立ち上がり、小渕を討つのだ。人となり、珊瑚殿を盛り立てていけ。それこそがお主の道ぞ」
「――わかったよ」
俺は溜め息をつきながら、
「まだ、納得はしていないけど。ともかく人間に戻るよ」
クロは大きく頬を持ち上げ、笑うと、
「そうか! よいぞ、それでこそ男よ。それにな、そもそも急がねば、奴はこの世そのものを滅ぼしてしまいかねないからな」
「は?」
声が思わず裏返った。
「世界? 滅ぼす? なんだそりゃ、どういうことだよ」
「どうもこうもない。稀代の呪術師である奴の力は今、とても不安定になっておる。放っておけば、己の心を破壊し、末はこの日の本を、さながら悪夢のごとき
「え、えええええええええええ」
絶叫。クロが耳を伏せた。俺は構わず叫ぶ。
「そ、そんな話、聞いてなかったぞ。それじゃあ、俺も珊瑚も珠姫も、全員どうにかなっちまうってことかよ」
「まあ、そうなるな」
さすがに申し訳ないと思ったのか、クロが目を逸らす。俺は掴みかかるようにして、
「じゃあ、どうすりゃいい? 一刻も早くなんとかしなきゃならないんだろう?」
「うむ。左様。それであるから、拙者も今のように戦っておった。このうえは、お主にも助太刀してもらい、奴を
クロの説明を、今回も俺が翻訳する。
この世界を支配する二極の力が存在している。それは〈陽の法力〉と、〈陰の呪力〉である。
法力が自然界に偏在するエネルギーを用いるのに対し、呪力は人間の想念をエネルギー源にしている。
現代はクロやブチがやって来た江戸時代に比べ、人口密度がはるかに高く、人間の想念、それも負の想念が満ちているらしい。
肥大したエネルギーを、小渕が自在に操れるようになると、まことに危険な状態になる。
呪力使いは、いわば水道の蛇口だ。それが節度をもって使われていれば、まあさほどの問題にはならない。だが、意図的に大きく開放し、世の呪力が一つに集約されるようなことになれば、世界のバランスが大きく崩れ、異常な出来事が起こることになる。
具体的には、物理法則に
もちろんそうなればブチとて無事には済まない。だが、わきまえて力を用いる自制心を失ってしまっている。
ブチの自我は、〈
そうならないためにクロがブチを見張っているのだが、今は猫となり〈
だから、俺とクロは二つの事をなす必要がある。
一つは聖剣〈刻駕〉をブチより先に取り戻すこと。もう一つはブチの討伐だ。
「そうは言ってもさ」
と俺は、クロの長台詞に口を挟んだ。
「〈刻駕〉がどこに落ちたのか、手がかりはあるのか。何もなしに探すのは相当に難しいぞ」
「拙者の感覚では、〈刻駕〉はこの町内に落ちている。この長いヒゲが反応するのだ」
クロが得意げにヒゲをひくつかせた。
俺は
「ヒゲって――人間のときにはなかった感覚かよ」
「まったくなかったわけではない。だがこの身体になって強く働くようになった。お主はどうだ」
「俺? 俺はわからない。で、〈刻駕〉はどこにあるんだ」
「今はまだ町内であるということしかわからんが、眼と鼻の先にまで近づけば、何に
「化生ってどういうことだ」
聞き慣れぬ言葉を俺は問いただす。クロは腕を組むと、
「今、〈刻駕〉は小渕の呪力を喰らったため、魂のみの存在となって別の物に乗り移っておる。何に乗り移っているかは、今はわからない」
「えええ? どこに落ちているか、何の形をしているかさえわからないものを探せっていうのか」
「左様。小渕より先に見つけなければ、この世は
「は、はあ――」
俺は言葉をなくす。わけのわからんことに巻き込まれ猫にされた挙げ句、猫の姿のままで世界を救えというのか。笑うしかない。猫だから今は笑わないけど。
「ともかくだな、拙者は〈刻駕〉を探す。草の根分けてでも探し出す。だからしてお主は小渕の根城を探し出せ。奴は必ずどこかに潜み、日がな狂気に明け暮れているはずだ。何、あの調子だ。こちらから仕掛けねば奴は一人で浮かれているだけのはずだ」
「まあ――わかった。探す。危険な目に遭わないんだったらな」
「何だ。はっきりしないではないか。もっと腹から大きな声を出せ」
「ああああ、わかった。わかりましたよ。頑張ります!」
「ようし、その意気だ。今のあやつは色の虜。珊瑚殿を見張っておれば、必ず現れる。お主は後をつけ、奴の
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