第三話「宵駅の旅路」

 重厚じゅうこうかわら屋根に、それを支える朱塗しゅぬりの太い柱。長い年月を感じさせる門にかかげられた扁額へんがくには、『雲雀倭歌ひばりやまとうた学園 一ノ門』ときざまれていた。

 閉じた扉の前で、草凪くさなぎ蒼空そらはリュックを背負い、その大きな門を見上げていた。


「おー、ここかー」


ーーそれは昨日にさかのぼる。


 早朝、蒼空は少し大きめの学生服に身を包んでいた。肩の部分には、青色の織生地おりきじ流水りゅうすい菊牡丹文きくぼたんもん刺繍ししゅうがされている。


「はっはっは! 似合うじゃねえか!」


 照れた顔を浮かべて新品の学生服を着る蒼空を、友禅は高らかに笑いながらめる。


「親父、これちょっと大きくないか?」

「なぁに、すぐに体のほうが服に追いつくさ」


 蒼空は明日からのりょう生活で使うものを詰めたリュックを背負い、見送りの父と一緒にふもとの村まで下りた。

 村に着くと、見慣れた面々が、蒼空を見送るために家の外で待っていた。村の人たちは皆、寂しくなると口々に言い、「道中に食べろ」と食べ物やおやつをリュックがパンパンになるまで詰めこんだ。


「いいか、蒼空。道沿いに六時間ほど歩けば駅に着く。まっすぐ行くだけだから、迷うこともないだろう」


 父の友禅ゆうぜんほがらかな調子で言った。

 蒼空はやや緊張した面持おももちでうなずく。


「一応地図を渡しておくから、困ったらこれを見ろ」


 そう言い、友禅はたたんだ紙を蒼空の上着のポケットに入れた。


「わかった」


 友禅は笑顔を浮かべながら、やや不安げな蒼空の肩をバシッと叩いた。


「頑張ってこいよ!」


 蒼空は、その言葉に表情がやわらいだ。


「ありがとう! いってきまーす!」


 見送る人達に大きく手を振り、力強く歩き出した。初めての一人旅に気持ちが高揚こうようし、自然と足が速くなった。


 山歩きは慣れたものだ。蒼空は、周りの木々を眺めながら山道を意気揚々いきようようと進む。まっすぐに歩いていた道は、いつしか獣道けものみちとなっていた。そんなものか、と気にせずさらに進むと、薄っすらと草が踏みわけられている程度の『道』になった。

 段々と不安になったが、出発の時に父に言われた通り、そのまままっすぐに進んだ。すでに道と呼べるものは見当たらなかった。いよいよ不安になり、来た道を振り返ると、歩いて来たはずの道は見えず、周囲はすっかり深い森に変わっていた。


「ははっ……。これは……、ヤバいかも……」


 背負ったリュックを地面にろすと、思わずフゥと息が出る。持っていた水を一口飲むと、一旦落ち着いた。

 蒼空は気を取り直すと、てのひらを上に向け意識を集中した。


 『越冬えっとうの群れをはぐれたジョウビタキ 心さだめて北へと渡る』


 てのひらから五句体ごくたいが生じる。うずを巻きながら中心に収束しゅうそくし、白いかたまりになると、小さくうごめいた。塊は徐々に姿を変え、白く光る小さな鳥へと変化した。鳥は手の上で何度か羽をばたつかせると、ふわりと飛びあがり、蒼空が歩いて来た方角へ飛び去った。


「あっちが北か」


 ウタの力で、かろうじて東西南北はわかった。一度行ったことがある場所であれば、ウタで調べることができる。だが、肝心かんじんの目的地である駅に、蒼空は行ったことがない。ウタで駅の場所を探すことはできなかった。


「そういえば、地図があったな」


 出発の時に父から地図を渡されたことを思い出し、上着のポケットを探ると、丁寧ていねいに折りたたまれた紙が入っていた。父の気遣きづかいに感謝して紙を開いた。


「はぁ? 何だこれ!?」


 紙の中央上部に、でっかく筆で書かれた『駅』の文字。そこから一本の線が、蛇のようにうねり繋がっていた。線の近くには下を向いた矢印があり、矢印の横には『現在地』と小さく書かれていた。


「地図って言ってたよな……?」


 その簡素かんそすぎる地図を見てもさっぱりわからない。『現在地』とは一体いつのどこのことなのか。蒼空は途方に暮れた。

 見送るときに「なぁに、心配すんな!どうにかなるだろ!」と高らかに笑っていた父をうらめしく思った。


 仕方なく、正しいと思われる方向にとぼとぼ歩く。しばらく歩いてみたが、景色は変わらず、ますます迷ってしまっただけに感じた。


 木の上に登れば何か見えるかもしれないと思いつき、リュックを下ろして近くの一番高い木にするすると登ってみる。てっぺんで周りを見回してみたが、どこまでも木々が続くだけで、駅はおろか、道らしきものも見当たらなかった。


 気落きおちしながら、木から下りると、リュックの上に置いた地図が、地面に落ちていた。恨めしく思いながら拾いあげて土を払うと、何か違和感を感じた。

 違和感をたしかめるために、もう一度地図を見てみると、先ほどは下を向いていたはずの矢印が上を向いていた。気のせいかもと思いつつ、地図を見ながら周囲を歩いてみると、矢印が蒼空の動きに合わせて回転した。


「これ、ウタの地図か!」


 地図のからくりに気付くと、途端とたんに元気が出た。


「よし! 急ぐか!」



 蒼空はリュックを背負い直すと、地図が示す『駅』の方向に駆け出した。

 それから一時間ほどで、ようやく道らしい場所に出た。道端には飾り気のない道標みちしるべが立ち、駅の方角が書かれていた。


「おぉ! 着いた!」


 やっと道が見つかり安堵あんどした。一旦休憩したかったが、すでに日が暮れはじめていたので急いで駅に向かった。

 すっかり日が沈み、辺りが暗くなった頃、遠くに明かりを見つけた。駆け寄ってみると、開けた場所に小さな駅舎がぽつりと建っていた。


 駅舎に入ると、中には誰もおらず、ベンチと『自動券売機』と書かれた機械が置いてあった。

 蒼空は駅に来るのも初めてなら、電車に乗るのも初めてだった。父から、駅に着いたら券売機で切符を買うのだ、と教えてもらったが、そもそも買い方がわからない。


 とりあえず券売機の前に立ってみる。どうやって使うのかと機械を眺めていると、突然、画面が光り、キツネのような大きな耳としっぽを持つ二頭身のキャラクターが現れた。


『こんにちは! ボクは切符の妖精のキッピーです』

「……おぉう……こ、こんちは! 俺は蒼空だぜ」


 蒼空は、機械が喋ったことに内心ないしん驚いた。キッピーは愛想あいそよく、画面の中でニコニコとしている。


『目的の駅名を教えてください!』

「ええと、京都! 京都まで!」

『京都駅までの料金は6,200円です!』

「おう!」


『…………』

「…………??」


 それきり、キッピーは黙ってこちらをニコニコと見たままだ。

 動かない。何でだろう、と蒼空は首をかしげた。


『お金を入れてね!』

「あー、なるほどな。金、金」


 蒼空はお金を使うのも初めてだった。ほぼ自給自足じきゅうじそくの暮らしだったし、村では物々交換ぶつぶつこうかんだったので、お金が必要なかったのだ。

 家を出る前日に父から渡された封筒には、幾分いくぶんかの紙幣しへいが入っていた。落とさないようにふところに入れておいたそれを取り出し、そろえた紙幣を恐る恐る『紙幣挿入口』に入れてみた。


 紙幣が吸いこまれると、画面の中で笑顔のキッピーが、手慣れた手付きで紙幣を数えはじめた。ピシッと最後の紙幣を指で弾くと、軽い音を立てて、切符とお釣りが出てきた。


『切符とお釣りを忘れずにお取りください! ありがとうございました!』

「おう! ありがとな! キッピー!」


 キッピーがお辞儀じぎしたのを見て、蒼空もぺこりと頭を下げた。蒼空が頭を上げると画面は暗くなり、キッピーは消えていた。

 切符とお釣りを取ると、財布の中に大事に入れる。切符を売る機械かぁ、スゴイなぁ、これもウタの力なのか、と感心し改めて機械を見つめた。 


 不意に、券売機を見つめつづける蒼空の足元に、詠力陣えいりょくじんが浮かびあがった。詠力陣は光を発し、小さな影がせりあがり現れたが、券売機を熱心に見ている蒼空は気付かなかった。


「おい、蒼空」

「うわっ!」


 蒼空は、唐突とうとつに足元から声をかけられ、飛びあがって驚いた。見ると、そこには蒼空の膝下ほどの大きさのキッピーが立っていた。


「チッ。でかい声出して驚くんじゃねぇよ」

「ん?……あぁ!? キッピーか?!」

「おう。オレだよ。お前、ちょっとそこ座れ」


 驚きながらも、キッピーにうながされ、蒼空はベンチに座る。キッピーはちょこちょこと歩いてくると、大きくジャンプしてベンチに上がり、蒼空の隣に座った。

 キッピーはベンチの背にもたれかかると、面倒くさそうに蒼空に話しかけた。


「ぶっちゃけ聞くけど。お前、家出か?」

「いや、ぜんぜん違げぇよ」

「そうか。ならいいんだけどよ」


 キッピーは、まだどこか疑ったような目で蒼空を見てくる。


「っていうか、キッピーは画面の外にも出られるのか?」

「駅構内ならな。お前みたいな怪しい客を調べるのも、オレの仕事なんだよ」


 画面の中にいた時とは打って変わり、無愛想ぶあいそうでぞんざいな口調のキッピーは言う。

 初めてのことばかりで始終しじゅう驚きっぱなしの蒼空だったが、怪しいと言われ困惑こんわくの表情を浮かべる。


「俺は、京都の雲雀倭歌学園に入学するんだよ」

「あぁ……なるほどな。そういやぁ、全国の駅でお前ぐらいの子供が切符を買ってたな」

「そっか。歌人を目指してるのは俺だけじゃねぇんだな」

「当たり前ぇだろ!」


 キッピーは素朴な蒼空の言葉に、疑うような眼差しを弱める。


「ん? てことは、キッピーは他の駅のこともわかるのか?」

「全国各地の券売機にいる『オレ』は電網でんもうで繋がっているんだ。全国に『オレ』は無数にいるが、脳味噌は一つだ」

「へぇぇ。キッピーってすごいんだな!」


 キッピーは褒められてちょっと得意げになった。


「キッピーはウタで動いてんの?」

「オレは歌儡かぐつの一種だ。さっきも言ったが、駅構内は長歌ながうたの効果が効いてるから、こうやって自由に出歩けるのさ」


 歌儡かぐつはこれまでにも見たことがあった。村のお婆さんたちが、蒼空を楽しませるために、様々な歌儡を出してみてくれた。

 夕焼けの空を編隊飛行へんたいひこうするトンボの群れや、合図でくるっと宙返りするウサギ、犬型の歌儡が、蒼空の家までお使いで来ることもあった。

 蒼空自身も歌儡を作り、父に勝負を挑んだことがある。狼の歌儡と共に、父に襲いかかったが、あっけなく返り討ちにされたにがい記憶がよみがえる。


 しかし、こんなにはっきりと自我を持って会話し、動く歌儡を見るのは初めてだった。

 通常の歌儡であれば、詠み手の命令には従うものの、あまり複雑な動きはできない。短歌の効果が切れれば歌儡も消えてしまうので、長時間存在することもなかった。


「俺、キッピーみたいな歌儡かぐつに会うの初めてだよ」

「まぁな。駅内であればオレは無敵だぜ」

「へぇぇ。すげぇんだなぁ」


 ひとしきり蒼空に褒められてキッピーは気を良くした様子で、しっぽをパタパタと振る。蒼空に向けられた疑惑も晴れたようだった。


「まぁ、家出じゃなきゃいいんだよ。ところでお前、火あるか?」


 どこから取り出したのか、キッピーはいつの間にか煙草たばこくわえていた。


「あぁ、えっと。ちょっと待ってくれよ」

 

 蒼空は目の前に人差し指をスッと立てると、じっと見つめた。


 『宵駅の旅路の縁を仄々とひらめき灯すこう軒灯けんとう


 静かにみ終えると、指先から小さな火が浮いた。蒼空がキッピーの咥えた煙草に指先を寄せると、煙草の先端にそっと火が移った。キッピーはひと口吸うと、プカァと輪っかの煙を吐き出した。


「フゥー……。なかなか洒落しゃれたウタじゃねぇか」


 不可思議ふかしぎな歌儡に褒められて、蒼空は嬉しかった。煙草を吸う歌儡なんて初めてだ。その様子が面白くて、まじまじと見つめた。

 キッピーは蒼空に気にせず、心底美味うまそうに煙草を吸う。立ちのぼる煙は甘い香りがした。


「客がめったに来ないこんなド田舎じゃないと、おちおち一服いっぷくもできねぇ」

「キッピーは火は出せないのか?」


 蒼空の興味津々きょうみしんしんの問いに、キッピーは大きな耳を伏せてちょっと苦い顔をした。


「無敵っつっても、やれることは業務に関係あることだけだ。こんな小さな火すら出せねぇよ。上の奴にどやされるからな」


 紫煙しえんをくゆらせながら、キッピーは話しつづけた。


「しっかし、今どき切符の買い方も知らねぇガキがいるとはな」

「ずっと山で育ったからな〜」


 蒼空は両手を頭の後ろに組みながら、ちょっと恥ずかしそうに応えた。


「蒼空、知ってっか? 京都はすげぇ都会だぜ」

「そうなの?」

「街もでかけりゃ、建物もでけぇ。人も死ぬほど沢山いるんだ」

「へぇぇ、楽しみだなぁ」

「街に染まって、不良になったりすんなよ。オレは犯罪者に切符は売らねぇからな。よく覚えておけよ」

「あははっ! 大丈夫だって!」

「まったく、のんきなやつだな」


 キッピーは苦笑すると、お腹のポケットから携帯灰皿を取り出し煙草を押しこんだ。灰皿をポケットにしまい直すと、ベンチからぴょんと飛びおりた。


「ここは設備が少ない無人駅だからな。全部手動なんだよ。……さぁ、来るぜ」


 キッピーはとことことホームへ出ると、端へ向かって歩いていく。蒼空はその後ろについて歩いた。


「さ、ここだ。蒼空、ちょっと離れてろよ」


 ホームの端には丸い台座が置かれていた。キッピーが台座の中心に立つと、台座に光る文字が浮かびあがり、詠力陣となった。


 『聞こゆるはとよむ牛車の着きしおと 奉迎の儀を諸所に事触れ』


 キッピーが詠歌えいかすると、台座がひときわ強い光を発した。台座に呼応こおうするようにホーム全体があわく光り、線路上には列車を迎えいれる門のように、一定間隔で並んだ詠力陣が幾重いくえにもわたって現れた。


「白線の後ろに下がらねえとマジで怪我するぞ!」


 ホーム中にキッピーの大音声だいおんじょうが響くと同時に、遠くから地響じひびきが聞こえてきた。地響きは振動をともなって徐々じょじょに近付いてくる。音はやがて、線路の向こうから土煙つちけむりをあげて近付いてきた。

 轟々ごうごうと響く音が近くなったと思った瞬間、土煙を割って、牛型の哦獣がじゅうが二頭飛び出した。哦獣らは客車をいて、線路上をホームに向かって猛然もうぜんけてくる。


 速度を落とさずに駆けてきた牛たちは、線路上で幾重にも重なる詠力陣に突っ込んだ。詠力陣を通過するごとに、牛たちは徐々に速度を落とす。キッピーが乗る台座の前まで来るとぴたりと足を止め、二頭の哦獣はブルルッと一声いっせいをあげた。

 詠力陣は消えずに残り、列車全体を輪切りにするかのごとく包みこんでいた。


 哦獣がじゅうは蒼空が住んでいた山にもいた。幼少期には危うく喰われそうになったこともある。

 哦獣とは自然の中で偶発ぐうはつ的に発生する、普通の獣よりも大きく屈強くっきょう体躯たいくを持つ個体だ。自然発生した何らかのウタの影響を受けて哦獣になると言われている。

 普通の獣よりも際立って身体からだが大きく、獰猛どうもうな性格のものが多い。また、ほとんど睡眠を取らないという。中には空を駆けるように飛ぶ哦獣もいるらしい。


 こちらから近付かない限り襲ってくることはないが、危険な存在であることは変わりない。

 人類は古くから、哦獣を飼いならすすべつちかってきた。今では哦獣を生活の中の一部として使うことも珍しくなくなった。この哦獣列車がじゅうれっしゃもその一つである。


 蒼空は、これまで山でたくさんの哦獣を見てきたが、巨大な牛の哦獣が何両もの客車を牽く光景に圧倒された。


「ふぅ……到着だ」


 その迫力に驚いたままの蒼空は声も出せず、目の前で低くうなり首を振る巨大な二頭の牛に魅入みいられていた。


「すげぇだろ? 今どき哦獣が牽くタイプの夜行列車なんて珍しいんだぜ。鉄道ファンには大人気なんだがな」


 キッピーが得意げに話す。


「す、すっげぇー!!」


 蒼空ははっと我に返ると、感嘆かんたんの声をあげた。


「今は、長歌で動かす哦獣なしのタイプの列車が主流だが、俺はこの哦獣タイプの列車が好きだ。こいつらだって失業してタダ飯喰めしぐらいにゃなりたくないだろうからな」


 キッピーは親指を列車の方にクイッと向けた。


「乗れよ。客席はどこに座ろうが自由だ」

「おー、わかったぜ!」


 感動で目を輝かせた蒼空はリュックを抱え、列車に飛び乗った。客室を足早に移動し、窓際の席に座ると、窓を開けてキッピーに声をかける。


「キッピー! 本当に色々ありがとな!」

「何もしてねえよ」

「俺、頑張ってくるよ!」

「おう。とりあえず、ま、無事入学してこいよ」


 哦獣が牽く先頭車両の窓から運転手が顔を出した。ホームを見回し安全確認を行うと、前方に指を差し、短歌を詠唱した。


 『あしびきの山を駆けたる早牛はやうしは 一路順風京都に遣う』


 哦獣を受けとめた詠力陣が粒子を残して消え、二頭が低く重い雄叫おたけびをあげる。哦獣達はのそりと歩き出した。牽かれた客車はガタンと大きな音を立てて、ゆっくりと車輪を回す。


 窓から顔を出した蒼空がキッピーに声をかける。


「キッピー!」

「あん?」


 やにわに蒼空が短歌を詠唱えいしょうした。

 詠唱し終えると、キッピー目掛けて人差し指を軽く振った。指から白くて小さな光がふわふわと飛ぶ。光はキッピーの目の前まで行くと、小さな音を立ててはじけ、小さな火になった。


「またなー!」


 無邪気むじゃきな声に苦笑し、キッピーはポケットから煙草を取り出した。


「ガキが、いっちょまえに気ぃ遣いやがってよ」


 キッピーは、蒼空がともした小さな火で煙草に火を付ける。手を振りながら遠ざかる蒼空に、キッピーは片手をかざした。


「業務でも滅多めったにやらねぇが。はなむけだ」


 『学修がくしゅう門出かどで言祝ことほぐ天ノあまのかわ 晴れの姿をいろどかざる』


 キッピーの両手に現れた五句体は、ひと筋の白い光になって列車に向かい飛んでいく。光は列車の上まで飛んでいくとパンッと弾けた。列車を包みこむようにキラキラとまたたいて光が舞った。突然目の前に現れた星屑ほしくずの美しさに、蒼空は思わず息をんだ。


「おぉー!!」


 蒼空は車窓から身を乗り出してホームにいるキッピーを見た。


「キッピー、ありがとう! いってきまーーす!」


 キッピーは無言で、親指を立ててみせ応えた。列車は徐々に速度を上げ、キッピーの姿は小さくなっていく。そして夜の闇に沈んだ風景が車窓に流れ出した。

ーーいってきます、と蒼空は心でつぶやき、慣れ親しんだ景色を見送った。


 今日一日で色んなことがあった疲れからか、窓の外を見ているとすぐに眠気がやってきた。蒼空は座席に横たわると、キッピーが見せてくれた星を思い浮かべてまぶたを閉じた。


 明日の朝には京都だ。

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