【短編集】風刺モノガタリ
平凡
第1話 肩こり
最近、肩こりがひどい。
肩こりといっても、CMに出てくるような、湿布で治る軽いものじゃない。
あまりにひどいので、ネットで検索してみると、不思議なことにこの肩こりは私だけではないようだ。多くの人が、肩こりがつらいと書き込みをしている。テレビでも取り上げられ、特に働いている人が症状を発症しているようだ。学生もちらほら発症しているらしい。きつすぎて会社を休んだ人がいたので、私も休みたいと思ったが、とても休める状態じゃない。上司に何といわれるか。
結局、肩こりの原因は仕事のし過ぎや、パソコンやスマホの触りすぎなどに落ち着いた。
それから数か月後、肩こりは治らない一方だが、気持ちで乗り切っていた。
そんなある日、衝撃のニュースが流れてきた。某県某所で女の人の遺体が発見されたらしい。人なんていつか死ぬ。そんなニュース一つ一つに関心を持っている時間はないが、このニュースは少し違かった。その女性は自宅の一室に倒れていたところを発見されたらしい。いわゆる孤独死というやつだ。普段のニュースと少し違かったのは遺体の見た目である。
「体全体が何かに押しつぶされていた。」のだ。
頭だけでも足だけでもなく、体全体である。
想像しただけでもぞっとする。誰に殺されたかは知らないが、そこまで残酷に殺さなくても、、、。と思った。その女の人は有名企業の社長だったらしく、誰かに恨みを買ったんだろう。と思った。金持ちも大変だなーと皮肉交じりの独り言を合図に、テレビを消して会社に向かった。
会社に向かうと、少し様子が変だった。肩こりは以前からあったが、それが急激にひどくなっているのである。会社を休んでいる人も多くいた。それも休んでいるのは部長や課長ばかりで、こっちも大変なんだよと不満に思った。そういえば、今朝のニュースの前に、総理大臣の最高連勤記録が今日で止まったとか言っていた気もした。
上司がいない会社はストレス99%減で、これがこのまま続けばいいのにとも思った。肩こりは嫌いだが。
同期たちもストレスがなくなったと喜んでいたが、皆本当は気づいていた。この違和感を。全国民の労働者が肩こりになるなんておかしい。それに今日は上司たちだけが異様に欠席。今日のニュースだって、金持ち社長の不吉な事件、総理大臣の久々の欠席。
この違和感は、夜になると確信に変わっていた。
ニュースに流れる「死亡」の文字。数々の組織のトップが相次いで亡くなっていくのである。それもすべて、死因は「体が押しつぶされた。」いつも見ることのない深夜のニュースの、異常に多い速報をぼーっと眺めながら、決定打を打つように、うちの会社の部長から、明日から入院するという一斉メールが送られてきた。
朝にはネットに様々な書き込みがされていた。「金持ちを狙ったテロ」や、「ストレスを抱えすぎたための自殺」など、いろいろだ。その中で、ひときわ反応が多い書き込みがあった。
「肩こりが死亡の原因なのでは」
死亡しているのはどの人も肩こりがあった人だ。最初は軽かった肩こりが、肩こりという範囲を超え、全身に重くのしかかる。それはやがて人間には耐えられない重さに達し、体ごと潰される。ありえない話だが、辻褄はあっている。この考えは私だけではないらしく、皆がそれを信じ始めた。
それから一か月すぎたころには、私の肩こりは手に負えないものになっていた。日本中もパニックとなっており、組織のトップがどんどん消え、日本は崩壊への道をたどっていた。
そんなある日、私の町の大きな老人ホームで、大規模テロが起こった。ニュースでは大規模に報道され、注目を浴びた。命を脅かされるストレスに嫌気がさしたのだろう。死者は従業員30名、入居者130名の大事件となった。
しかし、私が驚いたのは事件の甚大さだけではない。なんと肩こりがなくなったのだ。15分だけ。私は驚いた。もう半年も悩まされていた肩こりが、とても短い時間であるが、急に消えたのだ。私は何か条件があるのかもしれないと、自分の行動を思い返してみた。しかし、いくら考えてもいつもと同じルーティーンである。私は必死に考えた。これで死なずに済む。私は私なりに一つの真実を導き出した。ネット上の人も同じ考えだ。今の若者は不思議だ。本来人はみな違っているはずなのに、考えることはまるで同じ。しかし今回は、それがよかったのかもしれない。
人間とは、残酷なものである。生きるためなら手段を選ばない。
私は今日も「仕事」へ行く。少し大きな音が出るが、気にしないでほしい。生きるためだ。あたりからは血の匂いがする。私は早々と仕事を終わらせると、本当の仕事をしに、会社へ向かう。
肩こりはもうない。怖いほどすっきりだ。私たちは今、なんの「重圧」にも抑えられていない。自分のために働き、自分のために生きている。
今の日本では、働けないことはつまり、死を意味する。
【短編集】風刺モノガタリ 平凡 @aoi_2020
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