神龍 空を飛ぶ!

 夜が明けて快晴の朝です。


「どこから出発するの? 準備オーケーだよ」

 お弁当の入ったリュックを背負った“りん”がスタンバイしています。


「龍を呼べる場所が近くにありますか? 誰もいなくて、少し広い場所がいいのですけど?」


「だったら、このマンションの屋上だね。じゃあ、おかあさん、行ってくるね」

 こともなげに、りんは玄関のドアを開けようとしています。


「ちょっと待って! おかあさんも見送りに行くから。でも本当に龍に乗って行くのかしら?」

 お母さんは、まだ信じられないようです。


 四人はエレベーターに乗るとマンションの屋上に向かいました。

幸いだれもいません。


 ゆきは、目を閉じて両手を合わせます。

「龍を呼びます。雨が強く降るから軒下にいてください」


 突然真っ黒な雲が現れ稲光(いなびかり)と激しいスコールになりました。


              ♬ 和太鼓・雷鳴 ♬ アイオブザタイガー

                           

 3人がたじろいたその時、垂れこめた雲の中から、轟音(ごうおん)とともに、巨大な銀色の龍が降りてきたではありませんか! 大型トラックほどもある大きさです。

 その巨大さと迫力に三人は言葉もでません。

 大きな金色の眼がぎょろりと光りました。


 雨はいつしか止んで辺りは霧におおわれています。

 すっかり腰を抜かしているおかあさん。そしてその後ろにかくれている、りん。

 さきほどの元気はどこにいったのでしょう。


「さあ出発しますよ。前足のうろこに足をかけたら登れるから背中にまたがってね。私が後ろ。真ん中が“りん”前が“夏さん”ね」と、ゆき。


 巨大な龍の背中に、こわごわまたがった夏は、ひきつった作り笑いをうかべると


「おかあさん行ってくるね。田舎についたら電話するよ」と腰を抜かしたままのおかあさんに声をかけましたがおかあさんは小さくうなずくのがやっとみたいで言葉が出ません。


 緊張しているりんは、必死の思いで龍の背中に這(は)い上がりましたがすっかり固まっています。


「さあ! 神龍(しんりゅう)よ、出発しますよ!」


              ♬ 和太鼓連打・ジェットエンジン音


 ゆきは、大巫女(おおみこ)さまから授かったこの龍のことを“神龍(しんりゅう)”と呼ぶようです。


 神龍は“コックン”とうなずくと、そのぎょろ目で上空の一点をにらみました。

 すると、晴天の空に巨大な竜巻が発生し、黒い渦巻の先端が豪雨や雷鳴とともにマンションの屋上に達したその瞬間、三人を乗せた神龍は渦の中心部を急上昇し,またたく間に上空高く舞い上がったのでした。

                             

「きゃ~~!」かなりの急加速に、目玉が飛び出しそうなくらいおどろいている二人に、すまし顔の“ゆき”は


「夏さん! 田舎までの道案内をお願いします。神龍は、あなたと話せます」


 夏は、こわごわと神龍に話しかけてみました。


「神龍さん、はじめまして! 私は夏、後ろは妹のりんです。今日は、岡山県の真庭市まで行きたいのでよろしくね」


「はい 私は神龍! お望みの場所にご案内します。高度、速度、方位を指示してください」


 神龍は体中が振動するような重低音で答えると、真っ赤な舌をべロリと出しました。


「高度、速度はこのまま。北進して、羽田国際空港上空へ、そこから右旋回180度、房総半島南端へお願いします」


 さすがパイロットを夢見ている夏は、東京湾の地形と飛行ルートがすべて頭に入っているようです。的確な指示に神龍はうなずきます。


 横浜から羽田までは、神龍にとっては、目と鼻の先です。


                       ♬ あゝ無情 

                         

「ゆき! 前に見えるのが私たちの国で一番大きな都会“東京”だよ。たくさんの人たちが暮らしているのよ」


「こちらの世界ってすごいのね。私の“クニ”とは全然ちがっててびっくりです。想像を超えたすごさです。千八百年後にはこんな“クニ”になるのね。兄に見せてあげたいわ」


 眼下の大都会“東京”にびっくりしている“ゆき”ですが誰だって大東京を空から見降ろせばおどろきますよね。大パノラマですから。

「夏」と「りん」もしばらく、眼下の大都会に見入っていました。


「では神龍さん、ここから右にUターンして房総半島の先端から伊豆大島の上空を通りましょう。少し高度と速度も上げてね」


「了解しました」 

 

                ♬ トップガン ジェット音

                    

 神龍は、例の重低音で返事をすると東京湾上空で大きくUターンし、高度と速度を上げて、おじいちゃんの住む中国山地を目指します。


「さすがねえちゃん! なかなかやるね~ まるで旅客機だね」

 緊張で固まっていた“りん”も、慣れてきたのか、急におしゃべりになります。


「ゆき! 右が三浦半島で江の島もみえるよ。富士山もきれい。富士山は日本の国で一番高くてきれいな山。今は雪がないけど冬になると雪をかぶってそれは素敵なお山になるんだよ」と夏。


「パソコンの3Dマップと同じ景色じゃん。左の太平洋は水平線がカーブしてる!」と、りん。


 すると神龍が、すまし顔で答えます。

「私は、時空を超えて移動する時は“光の束の中”を飛びますが、同じ時代の移動なら、地図の上を飛んでいるのと同じ景色をご覧いただけます」


 すさまじい風にも少し慣れ海の上をしばらく進んだ頃ゆきが指さします。


「真正面の眼下の森に大(おお)巫女(みこ)さまと同じパワーを感じます。夏さん、あそこには何があるの?」


 目の前に見えてきたのは、紀伊半島です。


「あのあたりは確か三重県だけど・・・そうだ! あそこは伊勢神宮だよ! この国を造った女神さまが祭られていて、ご神体は鏡だよ。ゆきと何か関係があるかもしれないね」と夏が説明します。


「そうですね。とにかくすごいパワーです」

 ゆきは、伊勢神宮の方向に向かって両手を合わせました。


「神龍さん、この紀伊半島をぬけると瀬戸内海だよ。大きな島が淡路島その先が小豆島。そこから右に変針して中国山地に向かいます。高度、スピードともに少し下げてください」夏のナビゲートが続きます。


 やがて小豆島上空に達すると神龍は右に45度変針。

 岡山市上空を通過し、中国山地をめざします。


 しばらく飛ぶと前方に一段と高い山が見えてきました。中国地方の最高峰“伯耆富士大山((ほうきふじだいせん)”です。その南側は蒜山(ひるぜん)高原。さらにその南の龍の手のように見える湖は湯原湖。


 その手前、中国山地の中ほどに、ウネウネと走る高速道“中国自動車道”が見えてきました。

 この中国道と岡山市から北進する岡山道が合流するあたりが目的地の真庭市です。


 夏はきょろきょろしながら合流地点を探していましたが

「北房(ほくぼう)ジャンクション発見! 速度・高度ともさらに下げて下さい」


「了解」

 神龍は、速度を落とすと低空で中国道の北房ジャンクション上空に達しました。


「ゆき、ここから北に5キロ行ったらおじいちゃん家だからね。目標は見事な桜の巨木がある丸い丘だよ。この桜は”醍醐桜”といってじいちゃんの自慢の桜なんだ」

 夏はゆきのほうを振り向くと前方を指差しました。


「さあ!神龍さん ここからはゆっくりと進んでくださいね。もうすぐだから」

 夏が神龍の長い首にトントンと触れました


 すかさず、りんが神龍にたずねます。

「地面に降りる時、雨降らすの? 雷も?」


「はい。昔からそういうことになっています。雷も少し鳴ります」

 神龍は、申し訳なさそうに小さな声で答えると、ぎょろめ目を少し伏せ目がちにしました。


 「雨は少なめ、雷は小さめでお願しますね。おじいちゃんがびっくりするからね」

 おじいちゃん思いの“りん”が神龍にお願いをします。


「それからねえ、ねえちゃん。神龍さんの待機場所はどこにするの?」

 りんが心配しています。このあたりには防火水槽はありませんから。


「それがね~もう少し北に行ったらいいところがあるんだよね~きのう調べておいたんだ~。りんも知ってる場所」


「わたしも知ってる場所?どこだろう?」


「ヒント 水の落ちるところ」


「・・・分かった!滝だね!神庭(かんば)の滝!」


「そう!神龍さんにぴったしの場所。神龍さんはわたしたちを下ろしたら神庭の滝に行っててくださいな。北に進むと白い滝が見えてくるからね。滝つぼに居れば快適だよ」


 しばらく低速で進んむと山間(やまあい)に見覚えのある丸い丘が見えてきました。


「神龍さん、このあたりが吉念寺だよ。あの丸い丘の上に下ろしてください」

「了解しました。あの丘ですね」


 夏が指差しした丘に向かって神龍はゆっくりと降下していきます。


                   ♬ 控えめな雷鳴

                        

 そして控えめの雨と雷鳴の中、三人は巨大な桜の丘に到着しました。


 「じゃあ神龍さんは、神庭の滝で休んでいてね。私たちはおじいちゃんに会ってくるからね」


 神龍がまた、控えめな小雨とともに飛び立つと、三人は急いでおじいちゃんの家に向かいました。


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