そのイケメン、お断りします! ②
かこ
『天然』
神様が、もしいるのなら。このはち合わさは相当な悪趣味だと思う。
数多ある芸能プロダクション内の一つ。それ以上あるであろう打ち合わせ室の一室。そこでまさかの人物に再会し、仕事に来ているのに笑顔の下で嘆いたことは許してほしい。
ショップカードやパンフレット、個人の店舗向けWEBページがメインのデザイン事務所。自分が新卒から勤めている会社だ。社長の方針で、初回の依頼は必ず顔合わせをする。相手の印象、対応も加味して仕事をこなすこと。これが会社のルールだ。
自分が座る席の右には、パイプ役を担う営業部長の
対面の右に座るのは、依頼人のマネージャー。式のたびに船をこいでいたおじいちゃん先生を思い出すが心の中にしまっておく。その隣――倉崎の前に位置する席には、 モデルとして活躍する
「はじめまして、IORIと言います。よろしくお願いします」
耳に残る、ハスキーな声。落ち着いた声色からも感じのよさが溢れ出ていた。色素の薄い髪も瞳もどこか日本人離れしていて、涼しげな相貌にくわえ鼻筋がすっと通っている。
根本的に、悪い人ではないのだろう。会いたくなかったというのは、初対面で知り合いに勘違いされ、しかも、女と思われたからだ。受け流そうかとも思ったが、イケメン顔と対応につい苛立ってしまった。冷静な対応を心掛けていたのに、許せない自分を隠せなかった。何だか負け犬のような別れ方だったと思うが後の祭りである。
自分は男だ。周りの同姓がいくら頬を染めようと、振り返ろうと、声をかけてこようと、電車で尻を揉まれ荒い鼻息をかけられようと、性別を偽っているつもりはない。あっちが勝手に勘違いしてくるのだ。
正直、今思い出しても腹が立つが、私情を仕事に持ち込むべきではないし、打診の時にちゃんと確認しなかった自分がいけなかった。ちゃんと依頼人の名前を見て、他に振ってもらうべきだったのだ。受けたからには、ちゃんとやり遂げなければならない。そう何度も言い聞かせても、腹の虫は奥底で暴れている。
自己紹介を終えたIORIは、すかした顔で座っていた。以前会った時のように眼鏡をかけているわけでもないのに、目が合わないのは少しだけ不思議だ。こちらを見てるのに、何処を見ているのだろうか。
続けてナマケモノのようにとろんと眠そうなマネージャーが名刺を差し出し、同様に営業の福田さんが名乗る。
次は自分の番。立ち上がり、社の名刺を相手に向けて差し出す。
「はじめまして、WEBデザイン担当の
天使スマイルと称される顔をお見舞いしてやる。高校の連れに天使の笑みで腹黒いこと考えてるよな、と言われたことがきっかけで天使スマイルとつけられた。余計なお世話である。隣の福田さんが笑っている気がするが無視だ無視。
ガチガチの倉崎が名乗り、話は依頼内容に進む。
今回はIORIの公式サイトを依頼されていた。イメージは芸能人生命を左右する。仕事内容はもちろん、仕事量にも顕著に現れる。今時なら、SNSで自分を売り込むこともできるが、それも絶対ではないのだ。
依頼人の個性をどう魅せるか。その路線に沿うサイトを作る。今回の仕事はそれにつきる。
IORIは前事務所では『ジェンダレスモデル』として売り込まれていた。性別はもちろん、私生活は明かさずにモデル一本でやっていたらしい。
倉崎が聞いた噂によると、専属のスタイリストを介さないと仕事の依頼ができず、スカートを着る際にもふくらはぎの半分以下という条件付き。トイレにまで気を使って、多機能トイレをつかっていたらしい。執念にも思える徹底ぶりに若干引いたのは自分だけではないと思う。そのミステリアスさを売りにしていたのだが、事務所変更を期に方向性を変えるらしい。
「ありのままの自分で勝負したいんですよね。自然な感じにしたくて」
IORIの言葉をノートにメモする。
『自然』と言ってもいろいろな種類がある。植物や緑あふれる『自然』もあれば、
デザインを言葉にするというのは本当に難しいことだ。それでも、言葉を使わないとすり合わせは難しい。
自然の文字の横をペンの先で二度叩き、大まかに浮かんだ構想を説明する。
「
IORIの瞳がぱっと輝く。
その好感触に話が早くまとまりそうだと確信しかけた時、横槍が入った。
「いいですねぇ、ナチュラル。IORIにぴったりだ。それで、お願いなんですけど。モード系で、スタイリッシュにしてほしいんですよ。皆さんに親しんでもらえるようなサイトにしてほしいんですよねぇ」
にこにこと仏みたいな顔のマネージャーに
ナチュラル、モード系、スタイリッシュに親しみやすく。ノートに書いてみたりはしたが、なかなか贅沢な注文だ。
こういった抽象的なことを並べる人はたまにいる。意味がわかって言ってるのか、と問いただしたい所だが、依頼人相手に失礼なことはできない。どう切り返すべきか頭を巡らせる。
不安そうに倉崎が目配せしてきて、福田さんは面白いこと考えてますね、と誉めながらも新しい情報を引き出そうとしている。この道二十年、営業部長の名は伊達ではない。
難を見せるこちら側を見かねてか、見かねていないのか。先程と全く同じ
すました笑顔で助け船を出したのはIORIだった。
「かっこいい感じにしてほしいけど、冷たい印象にならないように、ていうことですよね、
どうやら、マネージャーの言葉を翻訳してくれたらしい。
マネージャーも、そうそうと満足そうに頷いている。
それなら、何とかなりそうだ。頭の中でざっくりとデザインを思い描き、レイヤーを何分割にするか、また分割にせずに呼び出しにするか。いくつか思い付くが、ここで簡単な図を示してもわかりづらいだろう。
頭で固まりつつ原案を目の前の依頼主に説明するために口を開く。
「では、白と黒でシンプルにまとめつつも、スタイリッシュに。差し色に……暖色のワインレッドを入れて引きつめつつ、冷たくならないようにしましょう。見やすさはデザイン案を何点かあげるのでそこから選んでもらう形がいいと思います。IORIさんが提案してくださったナチュラルさは透明感のある写真で魅せていきたいですね。何点かあればページごとに雰囲気を出していっても面白いと思います、それから――」
パソコンからの見え方と携帯の見え方だとまた見映えが違うことも考える。黒と白でまとめるといったが、微妙な比率で、受ける印象は変わってくるだろう。うまくバランスを取らないと難しいな。
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