聖夜の狂騒曲・4

 エルナトはカンカンと机をガベルで叩きながら、ラストに事情聴取を行っていた。

 ライオンの姿のままのデネボラは丸くなって大人しく寝そべっているが、今エルナトがゾーンを解いたら最後、ふたりを襲って共倒れとなるだろう。

 彼の前では嘘がつけない。

 そもそも死にたくないラストは、エルナトに聞かれるままに答えていった。


「君は大アルカナについて詳しくないみたいだったけど?」

「小アルカナだよ。だが、うちのリーダー曰く本来は大アルカナだったのを、剥奪されて、そのまま捨てられたんだとさ」

「なるほど……ちなみにそのリーダーは?」

「俺たちはそもそも陽動で、別から入ってくるはずさ。どこだったかな?」


 エルナトにガツンガツンとガウスを叩かれる。早く話せと言いたげなそれに、ラストは「わかった、言うよ!」と必死になって答えた……目の前で美女がライオンに姿を変えた挙げ句に食い殺されそうになったことが、相当堪えたのだろう。


「路地裏だとさ!」

「単独で?」

「いいや、うちの最高パトロン様とご一緒だよ! あの女の能力で、辺り一面無効化するとさ!」

「……無効化」


【黄金の夜明け団】の最高パトロンというのは、おそらくはフリーダ・フォルトゥナのことだろうが、彼女の持つトートアルカナの内容が気になった。


「ちなみに、君はトートアルカナの内容、全て言えるかな?」

「うちのリーダーも力を取り戻して数ヶ月くらいしか経ってねえよ。その中でこっちは必死になってアルカナの使い方をマスターしたんだから、よその能力なんて覚えてる訳ないだろうが!?」

「名前だけでも、いいんだけど」


 エルナトに有無を言わさず尋ねられ、ラストは渋々といった調子でポツンポツンと語りはじめた。


「【欲望】【調整】【技】……【運命】【永劫】【宇宙】」


 エルナトはちらりと背後を見た。

 相変わらず裁判所の様相を醸し出している彼のゾーンが存在している。


「ありがとう……もういいよ」


 そうエルナトが答えたときだった。

 いきなりゾーンに割れ目が入った。途端にピクンとデネボラの耳が持ち上がり、ラストは「ひぃぃぃぃ……!?」と悲鳴を上げた。

 入ってきたのは、先程走り去っていったイシスと、彼女を隣に乗せたカウスが、古式の戦車チャリオットに乗って突撃してきたと思ったら、なんの迷いもなく雌ライオンを撥ねたのだった。

 思わずラストは口をポカンと空けていたが、だんだんそのライオンの姿は縮こまり、寒い中肌をさらしたデネボラの姿が出てきた。

 カウスはさっさと戦車の上から降りてくると、彼女にコートを被せる。


「寒い中、わざわざ使ったか」

「……腹立ったのさ。弱い者いじめで蹂躙する奴にね」

「そうか」


 デネボラは心底寒そうに、コートを合わせた。

 金色の瞳の男性は、ラストを捉えた。途端にライオンに食い殺されかけたときの恐怖が蘇り、ラストの背中は突っ張る。


「……うちのが世話になったな。とりあえず、生徒会ご苦労。こいつは拘束しておいてくれや」

「あ、カウスくん。他のトートアルカナの情報は聞き出せたけど」

「あん?」


 エルナトがラストからの情報を聞くと、あからさまに顔をしかめた。


「……まだ神官長帰ってきてねえだろ。ガキ共には少々荷が重い奴も混じってるし」

「そうだねえ、あと、【世界】に彼を任せても大丈夫なのかな」

「……あいつが【運命】とワンセットなのが一番厄介だろ。引き離すよう伝令出せ」

「わ、わかった……!」


 そこまで言って、エルナトは思わず杖を離してしまい、激痛で悲鳴を上げた。

 デネボラがカウスに言う。


「あの子あいつにボッコボコにされて、骨やられてんだよ」

「余計なことしかしねえな」


 カウスが睨みつつも、ひとまずイシスとエルナトにその場を任せ、デネボラを隣に乗せて戦車を走らせはじめた。


「次どこに行くんだい?」

「……【永劫】を探さなきゃいけねえからな。聞こえているか【世界】。生徒会執行部が情報を抜いたから、これを各陣営に共有してくれ」


 そう宙に呼びかけながら、カウスは手綱を握る。

 他のトートアルカナも厄介だが、【運命】も【宇宙】もアイオーン狙いだろうから、逆にそこまで深刻には思えなかった。

 だが……【永劫】はさすがに、生徒会執行部や新入生たち、親衛隊には荷が重過ぎるだろうと、カウスは次のことを考えはじめた。


****


 制服の上にコートを羽織り、生徒会執行部の一部は寮の前に布陣していた。

 スカトとルヴィリエもまた、ここにいる。


「寒いぃー……はあ、帰ったらあったかいスープに黒い森のケーキとか食べられるといいなあ……」

「黒い森のケーキはさすがにもう、品切れじゃないか?」

「もう、うるさいなあ。わかってるわよ。そんなこと……スピカとアレス、大丈夫かなあ……」

「カウスさんもできることしか任せないだろ」


 雪こそ降っていないものの、鼻の奥が冷たくなるほどに寒い。ぶるぶると震えながらルヴィリエは「そうかもしんないけどぉー!」と声を上げる。


「カウス先輩は無茶とかさせるじゃない。そういうのを、心配って言うんだから!」

「そうかもしれないが……」


 いつものように、そうルヴィリエとスカト、そして生徒会執行部の一部と共に、白い息を吐き出しながら待っているときだった。

 突然、いきなり場が切り替わった気配を覚えた。

 ゾーン。とっさにスカトは自身のカードフォルダーに触れつつ、ルヴィリエを見る。


「……死ぬなよ」

「わかってる」


 この場にいる全員が、寮を守るためにゾーンに閉じ込められた。

 一瞬光が遮られた錯覚に陥ったが、それも一瞬。次の瞬間に真っ白な光にパイプオルガンの音の溢れる空間に切り替わった。


「学園アルカナの諸君、ご機嫌よう、【黄金の夜明け団】の神官を務める、ホルス・ハルウェルです」


 彼が纏っている真っ白な装束は、ヨハネが定期的に着ている神官長服によく似てはいたが、それにしたって色がない。

 切り揃えられた肩までの黒い髪に、神秘的な金色の瞳。

 そこでスカトは気付いた……手が、痺れていく。


「皆さんが学園アルカナによるカースト制度に閉じ込められていることは知っています。我々は、なにも皆さんを全員壊したいなんて思ってはおりません。正したいだけなのです」


 ホルスの口調は、ヨハネに少し似ていた。

 ヨハネはなんでもかんでも舞台めいた口調でしゃべるが、ホルスはどうだろう。彼こそが神官長にふさわしいと錯覚するような、ついつい聞き入る色で話すのだ。


「我々に帰依してください。それで、皆様は救われるのです。ほら見てください。あなたがたの手を。足を」


 その痺れは、全員覚えがあった……魔力が枯渇するギリギリまで特訓したときに起こす、脱魔力症状だ。魔力を勢いを付けて吸われているのだ。


「お前は……、大アルカナの魔力まで吸収しているのか!?」

「強い者はより強く富を得て、弱き者は強き者の糧となる。当然のことではございませんか?」


 ホルスの言葉に聞き入っている内に、だんだん鼓動が早くなってくるのがわかる。

 魔力がすっからかんになった後、それでも魔力を吸われた場合は……命を替わりにする。このまま魔力を吸われ続けたら、間違いなく死ぬ。


「ほら、強き者になりたいと、ひと言でもおっしゃいませ。これで皆さんを黄金の夜明けに連れ出してあげられますから」

「だ、れがぁぁぁぁ!」


 スカトは吠える。その中、ルヴィリエは泣きそうな顔で、とうとう倒れた。


「っ! ルヴィリエ!?」

「もう……駄目……立てない……」

「くそっ……! ……降参だ」


 スカトは自身のカードフォルダーに触れながら、手を挙げる。

 それにホルスは、じっと生徒会執行部の面々を見守る。


「それでよろしいですか? 皆さんの寮を糧に」

「できるものならば……!」


 スカトがそう言った途端に、荘厳なゾーンはミシミシと音を立てて、ひび割れはじめた。


「おや?」

「……うちの子たちにぃ、なんてことをしてくれるんですかぁぁぁぁぁぁ!?」


 大きな音を立てて崩れた先には、イブに他の生徒会執行部であった。

 土魔法を結集して、皆でゴーレムに乗ってやってきたのだ。


「イブ先輩!」

「皆さん、ほんとーうにごめんなさいね! 囮に使ってしまって! 全部終わったら、革命組織を殴りましょうね!」

「……カウスさんを殴るのは勘弁してください」


 スカトはそう言いながら、倒れたルヴィリエを抱き起こした。


「……ルヴィリエ、平気か?」

「ヘーキヘーキ……心を壊されたときより、ずっとマシ」

「……お手柄だ」


 スカトの言葉に、魔力の消耗が激しいルヴィリエは笑った。

 寮の前に布陣をしていたのは他でもない。

 ここにトートアルカナが現れることは、既にルヴィリエの預言で割れていた。

 本来、襲われるはずだったのは寮で、寮が全滅ししてトートアルカナの餌場になるのを防ぐために、生徒会執行部の一部を護衛と言う名の囮として派遣していたのだ。

 ゾーンはたとえトートアルカナだとしても、外側からの攻撃には弱い。

 ゾーンを溶かすアルカナ能力者が現れる前に、決着をつけなければならなかった。

 今はオシリスどころか、イシスもエルナトもいない。

 イブはふたりを自身のつくったゴーレムに乗せた。


「さあ、反撃です!!」

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