同盟

 アレスの指摘に、スピカが唇を噛んだところで。

 先程から見えていた同じ制服の男子がすっくと立ち上がってこちらへと向かってきた。

 そしてアレスからぱっとカードフォルダーを奪い取ると、スピカにそれを押し付ける。そのままアレスの肩をがしっと掴む。


「いい加減にしろ。アルカナカード同士の乱闘をこんな狭い場所でするんじゃない」


 黒く短い髪に、怜悧な翠の瞳。しかし近くにいるスピカが聞こえるほどに、掴まれたアレスの肩がミシミシと音を立てている。


「いたたたたた……おまっ、なんなんだよっ!?」

「こんな狭いところでアルカナカードを使える訳なんかないだろ」

「そう言ってもお前、全然アルカナカード使う必要ないだろ!?」


 スピカはふたりのやり合いを、呆気に取られた顔で見ている中、ちょいちょいと肩を叩かれる。

 ブルーブロンドの髪をきっちりとボブカットに切り揃え、黄色く大きなリボンを留めている。サファイヤブルーの釣り目で心配そうにスピカを見つめていた。


「大丈夫? 不良に絡まれてたけど」

「う、うん……でもアレスは悪くないというか……」

「あれ、知り合い? でもこちらからは脅迫されていたように見えてたけど……」


 どうもスピカとアレスの諍いを止めに入りに来てくれた自分たちと同じ新入生らしきふたりは、スピカたちのやり取りが聞こえていなかったらしい。


(よかった……私のアルカナカードをふたりとも本気で察してないみたい。多分同学年だろうし、三年間一緒に過ごすだろうに、気まずくなんかなりたくないもんね……ただ、アレスには私が嘘ついていることがばれちゃったけど……)


 アレスについてどうしようとスピカが考えている中、アレスは生真面目な少年にさんざん説教されていた。


「下町出身なのかもしれないが、こんなところで問題を起こすな。車内の人たちに学園アルカナの生徒たちのことをどうこう言われたらどうするつもりだ?」

「へいへい……あそこなんて貴族連中しかいないだろうに、一般庶民がどうこう言ったところでなにも変わんねえだろうが」

「それでもだ。僕たちが卒業した際に、問題児ばかりだと思われたら、他の卒業生に示しが付かない」


 アレスがのらりくらりとかわす中でも、少年は生真面目にくどくどくどくどと説教を続ける。

 スピカはアレスにどう言うべきかと悩んでいる中、隣の少女が言う。


「ねえ、あなた名前は? 私、ルヴィリエ・ガレ。あなたは?」

「スピカ・ヴァルゴ……」

「同い年だし! 貴族ばっかりの中だったらやっていけるのかなって、不安に思っていたの! 友達になりましょう?」


 その言葉に、スピカは少しだけぐらついた。

 友達は甘美な響きだった。そもそも周りには小アルカナだと嘘をついて過ごしてきたため、生きるためとはいえ、毎日嘘をつき続けて、少しだけ申し訳なさを感じていた。

 学園アルカナの生徒は全員大アルカナなのだから、アルカナカードの名前は教えられなくても、つかないといけない嘘は少しだけ減らせうことができる。

 スピカがそう思い、小さく頷いた中。

 列車が大きなカーブを曲がった先で、見えはじめた。


「あっ、そろそろ学園アルカナよ」

「うん」


 ルヴィリエに促されて、スピカは窓を見た。

 窓の向こうには、白亜の壁面が見える。王都に来てどこもかしこも綺麗だと思っていたが、王城と同等ほどに綺麗な壁面がまさか学校だなんて、誰が思うのか。


「すごいね……それに中が全然見えない」

「あら、入学案内ちゃんと読まなかった? 三年間学園から出入りは禁止。その代わり、学園内には町がつくられているから、そこで買い物するのも遊ぶのも自由。治外法権だから、学園内で起こったことは全て国の法律は適用されない」


 ルヴィリエの説明に、スピカは喉をひゅんと鳴らした。


(おじさんの在学中と、ルールやしきたりが違うのかな……私が知っている規模と、全然違う……)


 スピカが絶句している中、同じく窓から外を眺めていたアレスが「はん」と笑う。


「そりゃそうだろ。あそこで嫌と言うほど王族貴族の力を見せつけて、三年間かけて力を持つ人間を屈服させるんだからさ」


 アレスの貴族嫌いは筋金だが、ルヴィリエは「子供っぽいよ」とだけ言うに留めた。

 それに少年がまた苦言を呈する。


「それだけじゃないだろ。力を持つものをきちんと重宝するために見るはずだ。いくらなんでも、そんな横暴は許されないはずだ」

「そもそも治外法権が成立する時点でおかしいだろ。治外法権で問題なく回ってるってことは、別のルールが敷かれてるんだろ。でなかったらとてもじゃないが貴族の坊ちゃん連中をそんな学校に入れられないわ」


 アレスの指摘に、スピカは首を捻った。

 平和な町で過ごしていたスピカは、アレスの言葉を全部肯定することはできないが、治外法権というのは少しだけ気になった。

 少年は「はあっ」と大きく息を吐いた。


「とにかく、君も入学して早々問題を起こすなよ。あと、君」


 少年はいきなりスピカに声をかけるので、彼女は「はい?」とビクリと肩を跳ねさせる。

 少年の声はアレスにかけたものよりも、幾ばくか優しかったが、アレスにくどくどと説教をしていたのを見ていたら、なにか説教されるのではとついつい身構えたくもなる。


「僕はスカト・サダルメリク。そっちの彼が問題起こすようだったら、僕に頼ってくれ」

「はあ……私はスピカ・ヴァルゴ……ありがとう?」

「ああ」


 その笑みは育ちのよさが見えた。先程のアレクとの諍いを思うと、彼の言動はずいぶんとちぐはぐなようにスピカは思えた。

 アレクは半眼でスカトを睨んでいた。


「……あいつ、絶対に喧嘩慣れしてんだろ」

「もう! あなたもまた喧嘩なんかやめてよ!?」


 ルヴィリエはぷりぷりと怒ってしまったのに、スピカは苦笑いを浮かべた。

 どうも同級生は揃いも揃って個性の塊らしい。

 だが、なにひとつ解決していない。

 アレクにスピカの嘘を見破られた時点で、スピカの気が晴れることはないのだから。


****


 列車を降りたあと、学園アルカナの門に着くと、門番たちに、召喚状を引き渡す。

 スピカにはわからないが、あの蝋印に魔法が仕込まれており、それで入学生かの確認を取っているらしい。


「たしかに受け取りました。こちらは生徒だけでなく、教員、事務員、および施設関係者は全て大アルカナの所持者になります。ここから先は、一切の法律が通じず、学内法が適応されますので、くれぐれも注意してください」

「学内法?」


 スピカがきょとんとすると、門番が頷く。


「学内法の管理は、生徒会執行部に委任しております。皆さん貴族家系の方々ですので……」


 そこで門番は言葉を濁してしまった。

 スピカは貴族を見たことがないため、そうなのかくらいの反応だったが、途端に三人が首を捻ってしまった。


「なんだよ、案の定貴族がいいようにしてんじゃねえか。勘弁してくれねえかな。召喚に応じたのに」

「おい、召喚を断れる訳ないだろう? 学園アルカナの召喚だぞ?」

「そうねえ、でも問題さえ起こさなかったら大丈夫なんでしょう? ねえ、スピカ?」

「う、うん……」


 スピカはどうにか頷いたものの、貴族が占めているという生徒会執行部のことを考えると、気が重くなる。


(だいたい強い大アルカナを持っているのは貴族だって言っていたけど……その人たちに見つかったら、私のアルカナカードだって気付かれちゃうよね。どうしよう……)


 門を潜り抜けると、言われた通り町が広がっていて、ぽかんとする。

 路地で遊んでいる子供や年寄りがいない以外は、普通に店が立ち並び、在校生らしい生徒たちがその店で食事をしたり、買い物をしているのが見える。

 ただ店先で値段を見て、ますますスピカの開いた口が塞がらなくなる。どれもこれも、スピカの知っている桁よりひとつ多いのだ。


「あの……これじゃあ、普通に平民は買い物なんて、できなくないかな?」

「だろうなあ、表通りなんて、どうせ貴族ご用達の店だろうよ。俺たちが買い物できる訳ないじゃん。俺たち用の店って、多分ほら」


 アレスが指を差した場所を見ると、町の裏通りが存在した。さすがにここは学園アルカナ内にある町だからだろうか。王都の裏通りよりも怖い雰囲気はなく、普通に商家があるようだった。

 それにルヴィリエは唇を尖らせた。


「もーう! あんなところにあったらちょっとした買い出しに行くのも怖いじゃない! 外灯すらないんだから、夜に買い物なんてできないでしょう!?」

「……町の中を貴族仕様で考えてるんだろうな。ほとんどの貴族はそもそも町中で買い物なんてしないから、貴族が買い物体験できるよう、わかりやすい場所に店をつくって、買い物体験をさせる。平民は貴族の邪魔にならないよう、見えないようにする」

「もーう! 私、ノートとか切れたとき、意地でも表通りで買い物してやるんだから! 多分アルバイトだってどこかではできるでしょうから!」


 ルヴィリエがぷりぷり怒っている中でも、学内地図を見ながら寮へと向かう。

 白亜の美しい建物ばかり見ていたために、どんな場所なのかと思っていたら、意外とレンガ造りに古めかし雰囲気の場所が見えてきた。壁面にはツタバラが這い、血の色のような四季咲きのバラがポツンポツンと咲いているのが見える。

 寮は男子寮と女子寮と区切られ、ひとりひと部屋が与えられる。中心に食堂があり、そこだけは男女共通だが、それ以外の生活スペースは男女別だ。


「それじゃあ僕たちはこっちで。明日の入学式で会おう」

「ええ。行きましょう。スピカ」

「あっ、ちょっとタンマ。スピカ」


 アレクに呼び止められ、スピカはおずおずと振り返る。先程さんざん見せた悪い顔はなりを潜めていた。


「なに?」

「ちょっとデートしよう」


 その言葉で、ルヴィリエは「きゃあ!」と両手で口元を抑えた。スカトは顔をしかめる。


「君、ここをどこだと……」

「さすがに生徒会執行部だって、健全な男女交友をどうこう言わんだろ。じゃあな」


 アレスはそのままスピカの手首を掴んで、寮の近くの公園へと歩いて行った。


「危ないことしちゃ駄目だからねー!!」


 ルヴィリエの声が、去り行くふたりに届いた。

 ここは貴族の面々が楽しめる場所がないのか、平民の反感を溜めないようにか、ベンチと広い草原以外なにもない場所であった。

 ベンチにスピカは座らされ、アレクもどかりと座ってから「さて」と口火を切る。


「お前、結局アルカナカードを隠してる理由は? わざわざ嘘をついてまで」

「……それって言わないと駄目? スカトもルヴィリエも、特に自己申告してないじゃない。それに礼拝でわかるし……」

「普通礼拝中に相手のアルカナカードを凝視することなんてないっつうの。お前どういう生活してたんだよ?」

「……教会の掃除だけど」

「ああ、教会出身な訳ね。だからあんな下手っくそな嘘がつき通せたって理屈か」


 アレクは言ってもいないのに、スピカのしゃべったわずかな情報から勝手に推測して結論を吐き出していく。

 下町出身で喧嘩慣れしている割には、頭の回転が速いらしい。


(どうしよう……やっぱりアレクは頭がいいから、下手なことを言っても全部ばれる気がする。でも私のアルカナカードの名前を言ってもいいの?)


 ぐるぐると考え込んでいる中。


「でもまあ、お前このまんまだと、バレたらまずいんじゃねえの? 生徒会執行部が動いてるっつうのに、そんな見え透いた嘘ばっかりついてたら。治外法権なんだから、最悪ここで死んだって、連中は罪に問えないだろ」

「死っ……そんな怖いこと……」

「ないとは言い切れねえよ。たまに下町でも流れてたんだよなあ、調子乗ってる奴が学園アルカナに入学して、卒業する前に遺体が帰ってきたって例。学内のことは治外法権だから、なにをしても罪に問えない。そもそもあそこ、国立だからどう考えたって王族が絡んでるから余計になんにも言えないって訳だ」

「そんな……」

「で、提案なんだけど」


 アルスがじっと金色の瞳でスピカを見つめる。

 既に子供のふくふくとした頬から肉は削げ落ちているが、精悍と呼ぶにはまだ力強さを帯びていない少年の顔付きをしていた。


「俺とお前で同盟を組むっていうのはどうよ?」

「……同盟ってなに? そもそもあなたにメリットがあるように思えないんだけど」

「うん。普通に考えたら俺にはなんのメリットもないんだよな。お前、全然王都の色に染まってないし、放置しておいたら勝手に貴族の餌食になって終わるだろうし、正直面倒の塊」

「め……っ、だったらなおのこと放っておいたら!? 私、スルトもルヴィリエもいるし……っ!」

「で、あのふたりにはお前のアルカナの嘘を言えるの?」


 そう言われて、黙り込む。

 今のところ、スピカのアルカナカードの嘘を知っているのは、アレスだけなのだ。

 スピカの嘘がばれたら彼女は即刻処刑。隠すのを手伝った人間だってただでは済まないだろう。

 なにも知らないスルトとルヴィリエを巻き込むのは、スピカの良心が咎めた。ふたりとも、列車内でしゃべっただけだが、基本的に気持ちのいい人物たちなのだから、余計にスピカの事情に巻き込みたくはなかった。

 生徒会執行部がどんな集団なのかはわからないが、彼らを敵に回すとき、身軽なほうがいい。アレスは薄情なのだから、最悪の場合自分を切り捨てるだろうし、逃げ切れるだろう。

 スピカの心が決まった。


「……わかった、あなたと同盟を組む」

「俺のメリットは聞かなくっていい感じ?」

「じゃあ聞かせて」

「うん。俺はこの学校を生きて卒業して、のし上がりたい。貴族連中を潰すのを手伝わせたい。だってお前、貴族のことを本気で知らないから、王都の連中みたいに『貴族を潰すことはできない』って諦観がないから。俺の成り上がるのに、付き合って欲しい」


 それにスピカは目を開いた。

 アレクの貴族嫌いは、彼の学園アルカナ内で死んだ知り合いが関わっているんだろうか。

 たしかにスピカは貴族の権力というものを感じた覚えがなく、彼に嘘をつかれてしまってもまずわからないが。少しだけ面白いと思ってしまった。


「……わかった」

「で、お前のアルカナカードの名前は?」


 それに、スピカは口で言うことはなく、アレスの手を取って、指でスペルを書き連ねた。それにアレスは金色の瞳を大きく見開いたが、次の瞬間口を歪めた。


「……さいっこう。脛に傷持ったもん同士、頑張ろうや」

「うん。よろしく」


【運命の輪】に【愚者】。

 あまりにも弱々しい同盟が生まれた。

 まだ学園内の暗部に立ち向かえるほどの力もないが、ひとりで突っ込むよりもまだマシだという力がふたりに宿った。

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