寝惚けた君と虚覚えな風流のお話

 あの後僕らが目を開けたのは、陽の沈み掛けるような夕方だった。


 水遊びをしたらその後眠くなるとは言ったが……まさかここまでとは。


 一日の半分以上を睡眠に使った僕の頭は、まだ完全に覚醒し切ってはいない。


 そして、その状態なのは隣に居る彼女も同じ。


「ふぁーー……ぁぅーー」


 ふらふらと揺れる頭を止めようともせずに、虚な半目で口を半開きにする月雲。


 ちなみに彼女が起きて5分経つが、ずっとこの調子だ。


 いやレジ○ガスか何かなの?


 特性にスロース○ーターでも持ってるの?


「ぁーー……」


 ぽやーーーー、なんて擬音が聞こえてきそうな空間で、今にも寝落ちてしまいそうな月雲の声がよく通る。


 僕の心の叫びなど露知らずというか、普通に聞いてないのか。


 ……ちょっと暇だったので、少し頬を突いてみた。


「ぅーーー」


 マシュマロみたいな、ふわふわでぷにぷにしている。


 そんな状態でも手を払う事なく、されるがままというのは珍しい。


 ちょっと楽しくなって、ふにふに、ふにふに、と突いて摘んで撫でてを繰り返す。


「あっ」


 そんな動きを続けてると、不意につるっと。


 力を入れ過ぎた訳ではない、だけど狙いがズレたせいか、


「ぉむ」


 ―――寝惚けたまんまの月雲の口の中に、僕の指が入り込んだ。


 ぬるっ、とした柔らかい口腔と少し硬めな歯の感触が合わさり、なんとも言えない感じがして――――じゃなくって。


 そんな連々つらつらと触り心地を楽しんでいる場合じゃないから、早く抜かなきゃ。


 寝惚けているかそうでないかは後回しにしてさっと謝ってさっと抜け―――


「―――ご、ごめ」


「んーー」


「んきょ!?」


 ―――られなかった。


 半分程抜いた所で、何と間違えたのか月雲がその指を甘噛したのだ。


 しかもその口元を見れば、もごもごと動きその指を吸っ……――吸って!?


「ちょ、ごめ、抜くから」


「んんんーーー」


 会話が成立しない、ってか寝惚けた月雲と会話が成立するとは思ってないけども。


「―――っ!!」


「む」


 ふ、と口の動きが一瞬だけ止まった時を見計らって、多分今までで一番の速さで人差し指を抜いた。


 それに遅れて、多分味わっていたのだろう、僕の指にべっとりと付いた涎が月雲の口とで糸を引く。


「ふぁ……」


「…………はぁ」


 なんとも奇妙な時間は、気の抜けた彼女の欠伸で終わった。


 ……指、洗おう。


 僕の決意は堅かった。



  ✦ • ✦ • ✦



「優莉も風流を感じよう」


「突然だね」


 覚醒し切った月雲は、洗面所から戻って来た僕を手招いてそう言った。


 そんな彼女も先程の行動を覚えてないのか、変な顔をする僕に「どうしたのそんな顔してぇ」って若干からかっててイラッとしたのはご愛嬌というか。


「はぁ……んで、風流ってなに?」


 どっこいしょ、といつの間にか縁側まで寄っていた彼女の隣(間は空けている)に腰を下ろし、そう問い掛けると。


「え?」


「……え?」


 予想の斜め上の回答が帰ってきた。


「僕が知ってると思う?僕はむしろ月雲がかっこよく教えてくれるんだと」


「―――ぁっ、え、ええとそうだね!!全くもーしょーがない子だねー優莉は!あまりにもしょーがないから神様の私が教えてあげるよ!!」


「えぇ……」


 純粋に月雲が知ってるのかなーと思ってそのまま口に出したら、確信した。



 ―――こいつ月雲、絶対どういう事か知らないだろ。



 しかも聞こえてないと思ってるのかブツブツと「風流って何だったっけ……?」って言ってるんだけど?


 神……いやもう月雲が神には全く見えないのだが、神にはこういうのが多いのだろうか?


「優莉っ、いいかい?風流って言うのはね……そう、自然を感じることだよ!!フィーリングさ、フィーリング!!」


 と、思い出したのかどうか解らないけど月雲が元気一杯にそう言った。


「へぇー……」


「…………」


 無言の時間が続く。


 その間僕は月雲から目を離しておらず、透かすような視線に晒される彼女は若干頬がひくついているのが見えた。


 ……と、ここでこの後の展開について考えを巡らせる。


 ここで僕が「嘘」だと言えば、きっと月雲は「そんな訳ないじゃーん」という言葉から始まって僕の話を逸らそうと必死になるだろう。


 では、何も触れずに居たらどうだ?


 ……あからさまにホッとする月雲が目に見えてしまう。


 ここで否定してしまえばきっと「風流とはなにか」で話し合う事になってしまうだろう。


 僕はそんなの御免だ、何も考えずごろごろしていたい。


 だったら僕の返す言葉は―――


「……そっか、じゃあどうするの?」


「!!えっとね、じゃあ……目を閉じて、色々な音を感じよう!」


 どうやら正解だったようだ。


 小さく「よかった…」って聞こえたし、変な事にはならなかった筈。


 ……面倒くさくなるのは嫌だし、適当に目を瞑って返事でもしてればいいかな。


 眠くもないのに欠伸を一つ零した僕は、ふうっと肩の力を抜いた。

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