第1話 採用通知
ー20△△年 4月×日 ー
俺、日高 昇矢(26歳)は喫茶店の窓際の席に座り、頬杖をつきながら行き交う人々と車を窓から眺めていた。
一ヶ月前、4年間勤めた会社を退職した。
理由は、職場環境と人間関係だ。
仕事の量は膨大、残業で遅くまで働き、終電ギリギリで帰るのはあたりまえ。
休日出勤上等で、一ヵ月経って気がつけば1日も休みを取ってないという時もあった。
職場の人間関係も良いとは言えなかった。
膨大な仕事量に追われた社員達は心に余裕を失くし、仕事に関する必要な連絡以外のコミュニケーションを取らない。
笑顔はなく、常に死んだ魚の様な目をしてるか死に物狂いの様な顔ばかりであった。
自分の周りにいるのが、人か機械かゾンビかわからなくなるくらいだ。
そんな環境に耐えきれず、とうとう辞めた。
退職後、いろいろな会社の社員募集求人に応募するも悉く落ち、無職になって一ヶ月が経っていた。
始めは再就職先はすぐに見つかるだろうと高を括っていたが、不採用の通知が来る度に不安感が増していき、
家に居ても落ち着かず、最近はこの喫茶店に通い、時間を潰す日々が続いた。
(経験不問や資格が無くても働ける所をあたってみたが、だめだったか。 これで残りは一つ、あの警備会社か… )
『株式会社 ライフ・ガーディアン』
本社を東京に置き、全国にいくつか支社を持っている大手の警備会社らしいのだが、正直あまり聞いたことがなかった。
(あそこも不採用なら、応募した所は全滅だな…。)
絶望的な状況に溜め息が出る。
ヴヴッとポケットの中に入っているスマホが振動した。
画面を見ると、採用面接を受けた警備会社からメールが届いていた。
「選考結果採用通知」という件名に、呆けていた頭がハッと覚める。
両手でスマホを握りしめるように持ち、顔を画面に近づける。
メッセージには結果の内容が書かれていた。
【この度は、弊社の社員採用面接にご応募いただきありがとうございました。 厳正なる審査の結果、 日高 昇矢様の採用が決定いたしました。
業務の詳しい説明に関しては、採用担当者から後程 説明いたします。】
「よし! やったぞ!」
いくつかの会社からの不採用続きで、心が折れかけていたが、どうやら再就職の神様はまだ俺を見放してはいないらしい。
嬉しさのあまり声に出し、ガッツポーズをしてしまう。
すると、俺の声に反応したか、ちょうどこっちを見た女性の店員さんと目が合う。
(‥これはちょっと恥ずかしい。)
他の客は居なかったため、より目立ってしまった。
恥ずかしさを誤魔化すように、へへっと笑顔を浮かべて会釈。
店員さんはニコっと微笑み、こちらに近づいてきた。
(うるさかったから、注意されるのかな?)
店員さんは、俺の席の横に立つと再びニコっと微笑んだ。
白いワイシャツに黒のタイトスカート、腰から膝下まで黒のエプロンを着用。
髪を後ろに束ねたポニーテールで、顔は整った美人、少し垂れ目でおしとやかなお姉さんといった印象だった。
「すみません、うるさかったですよね‥。」
俺は、申し訳なさそうな顔をしながら謝罪した。
対して店員さんは営業スマイルのまま、
「日高 昇矢さんですね。 私、株式会社ライフ・ガーディアン 採用担当係の 御酒島 美妃と申します。」
…え?
「この度はおめでとうございます。 これから共にお仕事をする仲間として、日高さんを歓迎いたします。 」
唖然とした顔でフリーズしてる俺にはお構い無しに、笑顔を崩さず話す店員さん、もとい御酒島さん。
(どういうことだ? さっきまで喫茶店の店員さんしていた人が、今届いた採用通知にあった採用担当の人?)
「今後の予定と業務の説明ですが、まず、
研修を受けていただき、 必要な技術を習得してもらいます。 その間、危険な目に逢われるかもしれませんが、優秀なスタッフがサポート致しますのでご安心ください。 しかしもしもの時は――」
突然のことで頭が混乱しててほとんど話を聞き流してしまった。 なんか今重要な事を言ってたような‥
「――ですので、予めご了承ください。あとは ――」
ていうか、俺からの返事も反応もないのはスルーかよ!
その間にも何か言ってるし!
(だめだこのお姉さん、一旦話を停めないと!)
「あ、あのっ ちょっとまっ―」
「少し駆け足の説明になりましたが、これより研修先までお連れしますね。」
そう言うと、御酒島さんはいつの間にか手に持っていた小さなスプレー缶の噴射口を俺に向けた。
(…へ?)
シューッという噴射する音を聞いた時には遅かった。
急激な眠気が襲う。
俺は、スプレーを吹きかけた張本人の一切崩れない笑顔に見守られながら眠った。
………………………………………………。
「まずは一人。 今年の新入社員、日高 昇矢さん。 」
「御酒島さん、車の準備は完了です。これから 日高さんを運びますね。」
スプレー缶をポケットに仕舞う御酒島に、別の店員の格好をした無表情な女性がそう言うと、寝てる日高に近づく。
御酒島は窓の外に視線を移し、少しじっと見た後、女性を呼び止めた。
「もう一人の新入社員がもうすぐ来ます。 その方が来てから運びましょう。」
「…わかりました。では、そのように。」
御酒島は視線を窓の外に向けたまま、上がっていたブラインドを静かに下ろした。
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