小池の戦い
私、小池絵里は生まれて初めて怒りというものを理解できた。――
ずっと、ずっと、臆病で怖がりで人見知りで恥ずかしがり屋で、自分に自信が無くて、いじめられていて……。
大丈夫だと思っていた。だけど、本当は心が傷ついていたんだ。
芸能人のママの娘。それだけで子供の頃は人が寄ってきた。だけど、誰も私の事を見ていなかった。誰も本当の私と話そうとしていなかった。
私と一緒にいることがステータス。歌姫沙羅の娘と友達。それが欲しいだけ。
子供だけじゃない。子供をけしかける親もいた。本当に嫌な思い出しかない。
でも、私自身、怒っていたわけじゃない。諦めていただけなんだ。
……段々と私はストレスからご飯を一杯食べるようになってしまった。
元々骨格も良かった私はみるみるうち太ってしまった。
誰もが私の事を馬鹿にし始めた。容姿が変わっただけで世界が変わってしまった。
なんでそんなにひどい事ができるのかな? っていつも不思議だった。
幸い、私は家族に恵まれている。素敵なママとパパがいるから大丈夫。
そう思っていたけど……。
『おう、なんだ、可愛いじゃねえかよ』
私は人の嘘をずっと見てきたから、嘘がわかる。
匂いがあるんだ。嘘をつく人は嫌な匂いがある。
……だから、九頭龍君に出会った時、私は驚いた。
だって嘘の匂いが全く無い人なんて初めてだった。
そんな私を可愛いって言ってくれて……、励ましてくれて……。
私、その時、九頭龍君から何かを感じたけど、そんなものに負けたくなかった。だから、私は夏に――
全部、九頭竜君とまた出会うため。
それだけのために私は夏を過ごした。
だから――
私は自分を傷つけられるよりも……、九頭龍君が傷つけられるのがたまらなく悔しい。
そう、悔しくて悲しくて――怒っているんだ。
九頭龍君が教室へ向かった後、私は金属のバケツを拾う。
そして、空き教室へ置いてきた落書きだらけの机を持つ。
もうチャイムが鳴っているけど、次の授業は担任の先生。
私の問題はもうこれっきりにするの。だって、私は九頭龍君のために成長したんだから。
足が震えそうになる。誰かと対峙するのは怖い。
だけど、震える心は、九頭龍君の匂いが抑えてくれる。
私はベストから九頭龍君のぬくもりを感じている。
――うん、大丈夫。今日の放課後は三人で一緒にお歌を歌うんだから。あれ? 配信ってなんだろう? まあいいかな?
私は教室の扉を開けた。
担任の先生が不思議そうな顔をしていた。
「珍しいですね。真面目な小池さんが遅れるなんて。さあ授業を始めます。席に座ってくだ――さ、い?」
私は片手で持っていた机をドカンッと床に置いた。
ダイジョブ、心は強く、はっきり物申さないとこれは終わらない。
「こ、こ、小池さん!? あ、あなたどうしたの!?」
私は静かに語りだした。
「先生、私はこのクラスになってからずっと嫌がらせを受けていました。机に落書きされたり、持ち物を隠されたり、汚されたり……、色々な嫌がらせです。物理的な暴力は振るわれなかったですが、さっき水が入ったバケツを投げつけられました」
「そ、そんな、う、うちのクラスに限っていじめなんて――」
「いえ、これは私の机です。これを見てもいじめがないって言えるんですか?」
「い、いや、そ、それは……」
クラスのざわめきがひどくなる。
先生は狼狽するだけ。
みんな傍観者だ。だって他人だもん。私に友達なんて―――
「あーしも見たぞ。誰がやったかわからなかったから言わなかったけどさ……、マジ最悪だよ。いいじゃん、先生、ここではっきりした方がいいと思うよ」
……白戸さん、うん、そうだね、白戸さんは言葉はきつかったけど、私をどうにかしてくれようとしていたんだもんね。今ならわかるよ。すっごく不器用だけど優しい子なんだよ。
私は白戸さんを見て頷く。白戸さんは拳を強く握っていた。
なんだか私に『頑張れ』って言っているような気がした。
いじめを先生に相談してもいじめが更にひどくなるだけ。
まともに取り合ってくれる先生なんていない。いじめが発覚すると学校側が対処しきれなくなる。
誰かが小さな声をあげた。
「……ていうか、白戸がいじめてたじゃん」
「そういや、きつい言い方してたな」
「うん、あいつが犯人だろ?」
「責任を押し付けようとしてるんだぜ」
先生は白戸さんに問いかけた。
「し、白戸、お前がいじめたの――――」
が、私がそれを遮る。そんな物言いは許さない。
ドスンッという音が教室に鈍く響く。
私が机を叩いた音であった。
ママに教わった喋り方。良く通る低い声で全員に聞こえるように言った。
「――違います。白戸さんは私の大事な友達です。……ふざけるのもいい加減にしてください。これは……、いじめなんて都合の良い言葉を借りた……ただの犯罪です。はっきりと言います。……ずっと、ずっと嫌がらせを受けていました。どうでもいいって思っていました。だけど――もう逃げるは終わりです」
先生が私の威圧に後退る。
先程、白戸さんをいじめの主犯者にしようとした女子生徒と男子生徒を視線で射抜く。
どこにでもいる普通の子たち。だけど、嘘の匂いがここまで伝わってくる。
何も隠せていない。
「ひ、ひぃ!? な、なによ……、わ、私が嫌がらせをしたっていうの!! しょ、証拠なんてないでしょ!!」
「あるよ」
私は先生に近づく。
先生は何故か怖がっていたけど、証拠を見てもらわなきゃしょうがない。
スマホのクラウドに保存されている証拠。二年生になってから何かあった時のために取っておいたもの。 下駄箱に小さな防犯カメラを仕掛けたものだったり、嫌がらせをされた記録が保存されてある。使うつもりはなかったけど……、もう二度とあんな事は起こさせない。
私がいじめられているって九頭龍君が知ったら、絶対悲しそうな顔になるもん。そんな顔見たくない。
「こ、これは……、確かに……、音声も映像もあるのか……、ひ、ひどいな。よ、よし、私が預かって――」
「預けません。これはうちの弁護士さんに相談して警察に持っていきます。先生は弁護士さんに通して話をして下さい、信用できません」
「ま、まて、そ、それでは、我が校の恥が――」
その時、校内放送が流れた。
「二年B組の木崎先生、至急校長室まで来て下さい。……二年B組の木崎先生――」
先生は青い顔になって教室を走って出ていった。
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