誤解され続けた俺が元カノを庇って事故にあった。……悪いがお前たちの事はもうわからない

うさこ

誤解される男


 俺の目の前で大好きな幼馴染の東雲日向しののめひなたが泣きながら睨んでいた。


「――あんた嘘告白って最低……。もう二度と近づかないで」


 日向は涙を拭い俺に吐き捨てるように言って走り去っていった。

 俺は呆然とそれを見ているだけである。走り出したくても心が痛すぎて走れない。

 なんで日向は勘違いしたんだ? 

 ……いつもの事……誤解される事には、なれて、いる。


「クズ竜が嘘告白したって」

「マジ? 最悪じゃん」

「ていうか、あいつ人の心ねえのかよ」

「日向ちゃん可哀想……」

「この前だって、更衣室覗いたって噂が――」


 教室で起こったこの修羅場。クラスメイトは隠さずに俺の悪口を言う。慣れているはずなのに、この時ばかりはそれが辛かった。


 思えばこの時だろうか? 俺の心の痛みが限界突破したのは――








 夜の街を歩く。

 思えば俺っていままでよく生きてきたな。

 俺、九頭竜武蔵くずりゅうむさしの人生は誤解の連続であった。

 誤解とともに人生を歩んでいた。


 理由はわからない。確かに目つきが悪くて不良に間違われる。だが、これはそんな問題じゃない。俺は場合は異常であった。


 何をしても誤解される。

 小学校の頃、女の子が落としたハンカチを拾っただけで、盗んだって悲鳴をあげられた。

 満員電車に乗るだけで痴漢に間違われる。それが学校中に広まる。

 体育の授業が終わって、自分のカバンを開けると女子の制服が入っていた。……誰かのいたずらなのに、その日は学級裁判が起こった。

 後輩に頼まれて部活の練習を一緒にしていたら、俺が後輩をいじめているという噂が流れた。


 もちろん誤解だって訴えた。何度も何度も俺の身を潔白を訴えた。

 信じてくれた人もいる。信じてくれない人もいる。

 何度も続くと誤解が真実になる。

 一度人の心に根付いた意識は消えない。誤解は消えて無くならないんだ。


 俺は誤解なんて気にせず、心を強く持って生きていた。

 仲が良かった友達は徐々に離れていき――最後に残った幼馴染までもが俺の前から消えた。


 俺が勇気を振り絞って幼馴染の日向に告白をして……恥ずかしがりながら頷く日向。

 今でも思い出せる。きっと俺の人生の絶頂だったんだろう。

 次の日、俺は振られた。今日から夏休みだ。

 俺は部屋で引きこもっていよう。趣味の配信の準備をしなくては。

 ……その前に、もう一度だけ幼馴染の日向と連絡を取って誤解を解いてみなきゃな。無理かも知れないけど諦めきれない。ずっと好きだったんだ。やっと付き合えたんだ。




「はぁ……もうやってられねえよ」


 何をしてもうまく行かない。何をしても誤解される。

 幼馴染の日向だけじゃない。仲が良かった後輩の天童てんどうみゆきも、趣味の話をするのが楽しかった隣のクラスの雨宮優子あまみやゆうこも――


 みんな俺の元から去っていった。誤解を解こうとしてもドツボにハマるだけ。

『はっ? 先輩きもいっす。これ以上勘弁してください。警察呼びますよ』

『……君には失望したよ。私の前から消えろ』


 思い出すだけで胸が痛む。

 道路を走る車を見る。

 どうせならトラックにでも引かれて異世界転生したい気分だ。


 全部初めからやり直したい。それが俺の望みだ。

 ……そんな夢物語あるはずないのにな。


 嫌われ者はいなくなった方がいい。俺はまるで死に場所を求めているかのように街を彷徨った。






 ふと、街外れの歩道橋を見上げると、一人の女の子が橋の上にいた。

 少し太めの女の子は橋の上でウロウロして、暗い顔をしている。

 見たことがある女の子だ。確か隣のクラスの女子生徒だ。

 いつも暗い顔で一人ぼっちでいる女の子。クラスのギャルが彼女に意地悪をしているところを見たことがある。……止めようとしたら、ギャルにセクハラしたって言われたな……。畜生、俺は貧乳には興味ねえよ。


 なんにせよ、あの子の様子がおかしい。俺は自分の暗い心を押し込めて歩道橋を上がった。


 こんな片田舎の夜の歩道橋になんて人はいない。

 階段を登ると太った女の子が手すりに足をかけようとしていた。

 とっさに身体が動いた。これでも元陸上部だ。……先輩を怪我させたって言われて追い出されたけどな。


 俺は女子生徒の身体を後ろから抱きしめた。

 緊急時だから気にしていなかったが、とても柔らかくて良い匂いがした覚えがある。


「お、おい、危ねえだろ!」


「は、離してください!! わ、私なんて生きている価値ないんです! も、もうこんな人生……嫌なんです……」


 普段の俺だったら、ここで警察が来て全部俺のせいにされて補導される。

 幸い警察の気配はなかった。それに、この子も俺が変質者だと思っていない。助かった。


 女の子は俺から離れて地面にへたりこんでしまった。


「ひっぐ……、ひっぐ……、もう、いやです……、こんなデブでブサイクは生きてる価値が……」


「名前は? 俺は九頭龍武蔵。あー、多分同じ学校だぜ」


 女の子は泣き止んで顔を見上げた。

 なんだ、可愛い顔してるじゃねえかよ。少し太っているからわかりづらいが……。


「へ? く、九頭竜君? あ、あの、わ、私……、小池絵里……」


「小池さんか。まあ死にたくなる気持ちは俺もわかるが……、ったく、俺も偉そうに言えねえな。……そこ座ってもいいか」


 俺は小池さんの返事を待たずに座った。

 なんだろう、今は誤解されることを恐れていない。俺たち二人は歩道橋の上で座り込んだ。


 小池さんは黙ったままであった。まくれているスカートが気になってしまうから俺はカバンからタオルを取り出して小池さんの膝の上にかけた。

 そして、俺は自分の事を話し始めた。

 なんで自分の事を話したかわからない。……ただ、小池さんにはこういう人間もいるって知ってほしかった。




 ……

 …………


「――って感じで、俺はクラス全員から、というよりも誰からも嫌われているんだ。はぁ……、嫌になるよな」


 多分、これを言っても誰も信じてくれない。新たな誤解が生まれて状況が悪くなるだけだ。きっと小池さんも俺の事を嫌いになる。


 小池さんは俺の話を聞き終わり、大きな身体を俺に近づけていきなり抱きしめてくれた。


「ぐほっ」


 俺は突然の事で理解できない。母親がいなくて抱きしめられた記憶がない。


「ごめんなさい……、こんなブスが抱きしめても迷惑かもだけど……」


 なんだろう、涙が出そうになった。誤解されなかった。それだけで俺は……。


「何言ってんだよ。……確かにちょっとふくよかかも知れないけど、小池さん、可愛いじゃん。あれだ、ギャル共は嫉妬してるだけだよ。ほ、ほら、離れてないと……」

 

 小池さんは学校だといつもマスクをしている。素顔がわからない。


 俺はゆっくりと小池さんから身体を離した。

 小池さんはうつむいて小さくつぶやく。


「……可愛い……可愛い……、親にしか言われた事がない……」


「ああ、俺は誤解されるのが嫌だから嘘は言わねえぞ。……その、可愛いし、身体柔らかいし……癒やされるっていうか……、ああもう、何言ってるかわかんなくなってきた!」


 俺は恥ずかしくなって立ち上がった。


「ほら、帰ろう」


「う、うん……、わ、私もう少し頑張る……。ありがとう九頭竜君!」


 小池さんは俺に何度もお礼を言って歩道橋から走り去っていった。

 家まで送ろうと思ったが、近所みたいだから流石にそこまではしなくても大丈夫か。


 俺は少しだけ気分が晴れやかになって、歩道橋の階段を下りた――






 帰るために街を通る抜けると見知った声が聞こえてきた。

 街にはカラオケボックスがある。

 カラオケから――幼馴染の日向と――クラスのイケメン竜宮時大五郎りゅうぐうじだいごろうが出てきた。


「楽しかったよ、日向さん。元気が出て良かった」

「うん、今日はありがとう大五郎君――、えっ、なんであんたが、ここに? まさか、付けてたの?」


 なるほど、ばったりと出くわしてしまった俺たち。日向は俺がカラオケから待ち構えていたと思っている。

 これは……なんとも……。さっきまでの爽やかな気持ちが飛んで行ってしまった。


 竜宮時が日向を庇うように前にでる。


「……感心しないね。待ち伏せなんてさ。……僕たちになんのよう?」


 いや、お前らに用事なんてねえよ!? ……日向とは誤解を解きたいが……そんな状況じゃねえ。


 正直、日向が竜宮時と二人でいるだけで胸がムカムカする。だけど、それを責めるのはお門違いだ。


「たまたま通りがかっただけだ。ったく、俺は――」


 言葉が止まってしまった。なぜなら隣のコンビニでおかしな動きをしている車がいた。


 ――黒い雰囲気を纏った自動車だ。


「どこを見ているんだ。ちょうどいい。僕は君が我慢ならない。なぜなら――」


 竜宮時の声が素通りする。やばい。あの自動車――

 急発進と急停止を繰り返していた自動車は、まるで狙いを定めた獣のように俺たちに向かってくる。

 自動車から背を向けている二人は気がついていない。


 俺はとっさに日向と竜宮時を押し飛ばした。

 二人は怒りと驚きの表情を浮かべていたが仕方ない。これしか方法はなかった。

 感覚がスローモーションになる。カラオケボックスの入り口に倒れたのが見えた。どうせこれも、押し飛ばした事実だけが残って誤解されるんだろ? なんにせよこれで大丈夫だ。



 押し飛ばした反動でうまく身体が動かない。

 俺も横に逃げなきゃ――

 でも、自動車が目の前に――死にたいなんて言わなきゃよかった、くそっ――


 最後に頭に浮かんだのは、今日の配信ができない事と、馬鹿な父親が俺の事を待っている事と――最後に会話した小池さんの事であった。


 俺は自動車に轢かれて宙を舞った。

 地面に叩きつけられたけど、痛くない。麻痺しているみたいだ。

 音が無い世界が急速に雑音が聞こえてくる。

 薄れゆく意識の中で、誰かが俺の名前を連呼している。

 声が小さくて聞こえない。


「―――――――――っ」


 頭から血が流れ落ちた。それと同時に、俺の中にあった、何か、黒いものが消えていくのを感じた――。






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