第三章

第1話   婚約者の幼なじみ襲来

「俺がどれだけ本気で好きか、証明してやる」


「何をするの?」


「まず、籍を入れる。それから、洋服を全部新調する。それから……」


「それから?」


「それから、美緒を抱く」


「うん」




 プルルルルル!プルルルルル!プルルルルル!……





 突然に部屋の電話が鳴り出した。そして、同時に光輝さんのポケットの中で、スマホが鳴り出した。




 リリリリリリリ!リリリリリリリ!リリリリリリリ!




「光輝さん、電話です」



 わたしは光輝さんの腕の中から抜け出して、背の高い光輝さんを見上げる。


 光輝さんは、ため息をつくと、ジャケットの内ポケットからスマホを取り出し、表示されている名前を見て、着信を消した。


 それから、部屋の電話に出た。



「円城寺」


『円城寺様、ただいま円城寺様のご友人というお方がお部屋に向かわれました。お止めしましたが、知っていると言われて上がっていかれました』


「ありがとう」


 受話器を置くと、すぐにまたスマホが鳴り出した。




 リリリリリリリ!リリリリリリリ!リリリリリリリ!




 ブチと音がしそうな程、スマホの画面を押した。



「光輝さん、お電話に出てください。わたしはお部屋にいます」


 わたしはリビングのノートパソコンを持ち上げた。



「美緒、違うんだ、この電話は……」





 リリリリリリリ!リリリリリリリ!リリリリリリリ!……




 光輝さんは、また電話を切った。切るだけじゃなくて、電源も落とした。


 すると、扉がドンドンドン……と叩かれるようになった。



「光輝さん、誰か来たみたいですよ」


「出たくないんだ」


「それなら、代わりにわたしが出ましょうか?」



 わたしはノートパソコンをテーブルに置いて、部屋の扉に向かおうとした。光輝さんは、わたしの手を握った。



「いや、いい。自分で出る」


 わたしの手を放して、光輝さんは部屋の扉を開けに歩いて行く。


 扉は叩き続けられている。



「いい加減しろ!近所迷惑だろう!ここはホテルだ!最上階のロイヤルスイートルームだ!」



(ああ、やっぱりロイヤルスイートルームなんだ)



 すごく豪華な部屋だから、普通の部屋とは違うとは思っていた。


 わたしは改めて、部屋の中を見回した。


 この部屋の中には、主寝室の光輝さんが使っているダブルベッドが二つ並べられた部屋とわたしに与えられた部屋ともう一室、わたしが使っているような部屋がある。その部屋は光輝さんが仕事部屋にしている。リビングも広く、ダイニングのテーブルも大きい。カウンターの向こうにはミニキッチンもついている。


 わたしは、この部屋にもう1ヶ月近く住まわせてもらっている。


 できる事ならアルバイトに出かけたいところだけれど、わたしの怪我は、ちょっと厄介だった。全身打撲の上に肋骨が3本折れていて、バストバンドでの固定と鎮痛剤で安静にしなくてはならなくて、1週間だけ入院をした。単位を落とすのが怖くて、無理矢理退院して、学校に通っている。けれど、授業を受ける以外はじっと部屋にこもっている。今日はたまたま休日だった。



「帰ってくれ」


「おまえ、酷い奴だ」



(あれ、女性の声だわ。ちょっとハスキーだけど)



「光輝がお見合いをしたと聞いたから、来てやったぞ!」


「誰が教えた?」



 光輝さんは、大声で怒っている。いつも穏やかな光輝さんなのに、声をあげることもあるのね?



「部屋に入れてくれ!近所迷惑だ!」


「近所迷惑だ、静かにしてくれ」


「光輝こそ、静かに話したらどうだ?」



 二人の声が近づいてくる。


 わたしはリビングのソファーの近くに立って待っていた。



「相変わらず、ホテル住まいしているのか。この部屋がそんなに好きなのか?」


「便利なだけだ」


「オレと一夜を……」


「わああああ!」


「うるさい、光輝!」



(おれといちやを?)



「黙ってくれ」


「うるさいのは光輝だ!」



 廊下を歩いてきて、姿を見せたのは、金髪碧眼の女性だった。金髪の長い髪が輝いて見える。


 わたしは二人の姿をじっと見た。女性はわたしをじっと見ている。



「光輝、あの女は誰だ?」


「俺の妻になる美緒だ」


「なんだと!妻になると言ったか?」


「美緒、彼女は幼なじみのティファだ」


「初めまして、真竹美緒と申します」



 わたしは礼儀正しくお辞儀をした。


 彼女の言葉は、男言葉なのだろうか?日本語を教えたのが男性なのか?もっと綺麗な日本語を教えてあげれば良かったのに、見た目とのギャップがあり過ぎて、なんだか残念だ。



「ティファミー・ミリー・ホワイトだ!」



 幼なじみと紹介された彼女は、男らしい日本語の発音で自己紹介をして、光輝さんの腕に腕を絡めた。


 自信に満ちた眼差しと美しい容姿をしている。


 キャミソールから豊満な胸がはち切れそうだ。そのキャミソールからお臍が出ている。デニムのショートパンツを履いて、足は踵の高いサンダルを履いてすごく足が長く見える。


 白で纏められた洋服は、彼女の色白な肌をより一層色白に見せている。それに、細いウエストと飾りのようなお臍がとてもチャーミングに見える。



(光輝さん、こんな女性が好みなんだ?わたしとは全く共通点はないわね?)



「お見合いは許せるが、結婚はゆるさん!」



(こんなに美人なのに……すごく言葉遣いが残念だ)



「ティファの許可なんかいらないだろう?」


「オレと結婚する約束をしていただろう?」


「そんな約束はしてない。和真はどうしたんだ?」


「和真なんて、知るか!」


「また喧嘩したのか?」


「そんな事もあったかもしれねえけど、今はそれよりも、この女の存在だ!ペチャパイでズンドウで、この太った女のどこが気に入ったんだ?」


「あ……」



 わたしは自分の姿を見下ろした。


 確かにペチャパイで寸胴で太って見える。


 病院の地下の売店で看護師さんが買ってきてくれたカップ付きキャミソールの上からバストバンドをはめて、その上からリボンを外したシャツワンピースを着ている。


 入院中に、光輝さんがサイズの大きな物を買ってきてくれたのだ。着る物がなかったので、すごく助かったワンピースだ。色違いの2着を交互に着ている。



「美緒は胸に怪我をしている。だから、治療のためにバンドを着けている。太っているわけじゃない」


「胸に怪我だと?女なら、そんな場所に怪我をするな!女の自覚はあるのか?」


「美緒を侮辱する言葉は許さない」



 光輝さんは、わたしを背後に庇ってくれた。



「ミオ、ミオってうるせえ!こんな貧弱な女のどこがいい?」



 ティファミーさんは、自分の部屋のように、リビングのソファーに座った。そして、テーブルの上に載っているノートパソコンを邪魔そうに持ち上げた。



「駄目!」


「ティファ!」



 ガチャンと盛大な音がして、一瞬思考が止まる。持ち上げられたノートパソコンは、投げて捨てられた。急いでノートパソコンを拾うと、画面が割れて手の中でパソコンが二つになった。



「美緒、すまない。データーは保存されているか?」


「……してない」


「バカだな。データーの保存もしてないのか?どんな素人だ。ノートパソコンも安物だ。見れば分かるぞ。これがおまえの物だってな。貧乏人!光輝はこんな安物は使わない!」


「安物だけど、これは、両親がわたしの為に買ってくれた、とても珍しい物だったのよ」


「メズラシイ?このパソコンが?どこからどう見ても安物だぞ」



 綺麗な顔を顰めて、わたしを睨んだ。



(この女性はお金に困ったことのない人なのね?)



 わたしは壊れたパソコンを持って、自分の部屋に入っていった。


 この人に何を話しても無駄だと思った。


 できることなら、早く出ていって欲しい。



「美緒!」


「わたしはお部屋にいます」


「すまない」



 すぐに光輝さんが追いかけてきたけれど、わたしは今、一緒にいたくはなかった。光輝さんはわたしを一瞬抱きしめて、部屋から出て行ってくれた。



(わたしの家は貧乏だったわけじゃないわ。ただ、わたしは愛されていなかっただけだ)



 こんなに事、幸せだった人には理解できるはずがない。



(パソコン、どうしよう……大学で貸し出ししてもらおうか?……課題が真っ新になった事は苦しい。断線しているから壊れたパソコンからデーターは取り出せないよね?だったら、早く課題を始めないと締め切りまでに終わらない)



 半分に割れたパソコンを机の端において、椅子に座った。


 部屋の外では、光輝さんとティファミーさんが喧嘩をしている。


 時計を見ると、昼前だ。光輝さんと出かける事も今日はないだろう。



(学校にやっぱり行こう)



 わたしは通学鞄を背負って、部屋を出た。



「美緒、どこに行くんだ?」


「大学に行ってきます。パソコンの貸し出しをお願いしてきます。課題ができないから」


「パソコンなら、予備がある。それを使ってくれ」


「でも、借りに行った方が早そうだもの」



 ティファミーさんは、光輝さんにしがみついていた。抱きあっているようにみえるけれど、光輝さんは、引き剥がそうとしていたから、ティファミーさんが、しがみついているんだよね?



「ティファ、少し離れてくれ。美緒は宿題をしていた。それを邪魔したのはおまえだ」


「宿題って、この子、幾つだ?」


「二十歳だ」


「ハタチ?」


「20歳だ」


「Wow!若いな!どこでたぶらかした?」


「おい、誑かしてはいない!変な日本語を使うな!」



 光輝さんは、ティファミーさんを引き剥がして、仕事に使っている部屋に入っていった。すぐにノートパソコンを持って来た。



「これを使ってくれ。今は使ってない物だ。暗証番号はメモに書いて挟んでおいた」


「うん、ありがとう。お借りします」



 わたしは真新しいノートパソコンを受け取った。


 少し重い。いい物なのかもしれない。



「ミオ!光輝の歳知ってるのか?」


「そういえば、うかがっていません」


「これで32だぞ。見た目に騙されるなよ」


「32歳なのですか?」


「ああ、そうだ」


「一回り違うのね?」



 とても若く見えるのね?


 そんなに年齢は変わらないと思っていた。


 でも、円城寺グループのお仕事を任されているのなら、そういう年齢なのかもしれない。




「美緒、おじさんは嫌か?」


「ククク……オジサン」




 ティファミーさんは、お腹を抱えて笑い出した。




「光輝がオジサン!」


「ティファ、うるさい!」




 不安そうな顔の光輝さんに、何か答えなくちゃいけないと思ったけれど、ティファミーさんに聞かれたくはない。




「お部屋にいます」


「美緒!」




 わたしは、頭を下げて部屋に戻っていった。パタンと扉が閉まった。


 ノートパソコンを落とさないように机に置いて、コンセントを挿した。


 メモには暗証番号とメッセージが書かれていた。



『愛している。すぐに追い出すから待っていてくれ』



(光輝さんらしい、優しいメッセージだ)



「はははっ!オジサンはフラれた。オモシレエ!」


「ティファ、もう帰ってくれ」


「空いてる部屋があるだろう?」


「ない!」


「見せてみろ!」


「勝手に部屋を開けるな」


「このデッカいベッドの部屋でいいぞ」


「このベッドは俺のベッドだ」


「ミオを襲っているのか?ヘンタイ」


「うるせえ!部屋から出て行け!」



 わたしは部屋から二人の会話を聞いていた。


 光輝さんは、かなり怒っているようだ。




「それなら、この狭い部屋で我慢してやる!」


「部屋なら、自分で借りろ。ここはホテルだ!」


「ケチくせえ!この部屋はオレが使うぜ!荷物はフロントだ!運んでくれ!」


「断る!」



 わたしは二人の喧嘩を聞きながら、課題を始めた。期限までそんなに時間はない。今度はこまめに別媒体に保存をしておこうと思った。




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