赤黒いサンタクロース

hiraku

【短編】赤黒いサンタクロース

【赤黒いサンタクロース】


「今日も...ひとりぼっち...」

「いやだ、いやだよお...」


『いいや、違うよ。私がいるじゃないか』


 なにか...暖かい声が聞こえる...


「誰...?」


『私は...私の名前は...』




《【赤黒いサンタクロース】》



【※一部過激な表現が含まれています。読む際は自己責任でお願いします】




「今日もオシゴトお疲れ様!」


 ギィ、と玄関を開けた先に満面の笑みで迎えてくれた。

この娘の名前はアヤカ。昔孤児院で見かけた娘を家に迎え入れた。

当時は7、8歳くらいだっただろうか。今は2年程経ち、元気に育ってくれている。

シューヤ、シューヤと私の名前を呼んで離さない。

23時を回ろうとしているのに、眠い目を擦って起きてくれていたのだろう。


「シューヤ、今日はオシゴト何をしたの?」


「今日はなぁ、いっぱい働いたぞー!」


「いっぱい!シューヤいっぱい頑張ったんだ!」

「お疲れ様!たくさんゆっくりしてね!」


「そう、いっぱい、たくさん、な」

「それより、明日はクリスマスイブだ!サンタさんを迎え入れる準備をしよう!」


「サンタさん!白いおひげのおじいちゃん!」


「そうだぞ、おっきい袋を持ってるんだ」


「アヤカ知ってるよ!クリスマスにプレゼントを持ってきてくれるんでしょ!」

「だからたくさんありがとうするの!」


「アヤカはいい子だなぁ」


 そう言いながら、アヤカを抱き上げる。

出会った頃より大分成長したなぁ。両腕の重みに子供の成長の早さを感じる。


「折り紙で輪っかを作って飾ろう。アヤカも手伝ってくれるか?」


「うん!シューヤよりもいっぱいつくる!」


 意気込みがすごいなぁ。思わず頬が緩む。

今日も平和だ。


「じゃあ、あそこの棚から折り紙を...」


 折り紙をとって、そう言いかけたとき、ズボンから振動を感じた。

眉間に皺が拠るが、アヤカを見てハッとし、元に戻す。


「ごめんな、アヤカ。シューヤは今からまた外に出なくちゃいけない」

「もうこの時間だ。部屋に戻って寝なさい」


「えー折り紙はー?」


「ごめんな、また明日折ろうな」


 膨れる頬に罪悪感を感じながら、急いで家を出た。

携帯電話を開き、電話をとる。


「...はい......はい」


 またこれだ。アヤカとの時間はあまりにも短い。

悲しく更けた闇に、溶け込んだ。



───シューヤは優しいんだ。

今日もたくさん抱っこしてくれた。

今日もたくさんお話してくれた。

オシゴトとか...むずかしいことはよくわかんないけど、アヤカとたくさん遊んでくれるんだ!

ほんとうはもっともっといっしょに遊びたいんだ。

きょうもくまさんといっしょに寝るの。

去年のクリスマスに買ってくれた、くまさん。

...あれ、もうひとつ前のクリスマスは何をしたんだっけ。

なにも...



『...いつは...!あ...まなんだ!こ...つさえいな...れば!こ......さえ...!』

『や...て!私は...!...しは...!』


覚えて...


『ア......あな...は...しあ...せ.........に...』




「...ヤカ、アヤカ」


「ん...んぅ?」


「おはよう、アヤカ」

「ごめんな、よほど眠かったんだろう。もうお昼だ」


「おひる...?ごはん...?」


「お腹が空いたか?ご飯にしよう。暖かいスープでも作るから待っててな」






「...おとお...さん?」






...ガシャン、とお皿が割れる音がした。

アヤカ、何かしたかな。また怒られちゃうかな。ごめんなさい...




「ごめんなさい、ごめんなさい...」





「アヤカ...」

「ごめんな、なんでもないんだ。なんでも...」










『...ターゲットは?』


『あのボロい家だ』

『抜かるなよ』


『わかってます。これでも腕には自信があるんでね』

『でも、やっぱり罪悪感があるなぁ。どう見てもよくあるシングルファザーの家庭って感じですけど』


『情報に間違いはない。油断して隙を晒すなよ』

『仮にも...』


『わかってますって。一応言ってみただけですよ』

『やっと見つけた獲物...逃すわけないじゃないですか』








「...アヤカ、そろそろ寝ようか」

「サンタさんは明日来るから」


 そう言って、アヤカを寝かしつけた。

すやすやとよく眠るアヤカの顔を見て、幸せを噛み締める。

今日も、嘘を重ねた。

純粋な笑みを浮かべた顔に胸が痛む。

サンタなんて、いないのに。

むしろ...



 少し、外に出ようかな。

夜の暗闇は気持ちを落ち着かせてくれる。



 古びた玄関を開ける。

...星が綺麗だ。





 静かな夜はいいな。







 少し歩く。














 ...少し歩く。






















 ...ふと、見慣れない足跡を見かけた。















「なん...」


 次の瞬間、夜の静寂が失われた。










「がぁぁあああああぁぁぁぁ!!!!!!」



 すんでのところで致命傷は避けたが、肩に激痛が走った。

黒いシャツに紅くじんわりと血が染まる。



『あれ、外しちゃった』

『ごめんなさいね。一瞬であの世に送ってあげたかったのに』


『おい、無闇に姿を晒すな』


『わかってますって。この暗闇じゃ僕らをはっきり捉えることなんて出来ませんよ。』



 なんだ...こいつら...!?




『───って思ってますよね?』

『当然ですよ、僕らとあなたは面識なんてないんですから』


『おい!』


『わかってますから、隊長は黙って見てて下さいよ』





『...僕らはあなたの味方だ』





 味方...!?

どういうことだ...

左肩に全神経が集中していて頭が回らない。

ズキズキとひどく痛む。



『前までは、ね』

『あなた、ひとり女の子養ってるでしょ』


「それが...どうした!?」


『まだわからないんですか。それともとぼけてるのか...』

『...本当にわからないって顔してますね。いいですよ、冥土の土産に教えてあげます』


『1年前、あなたが仕事を終えたあの夜、私達に依頼が入ったんですよ』

『これだけで、わかりますよね?』



 依頼......依頼...?

ハッと気付いた。



「お前達...!」




『そうですよ。やっと気付きましたか』













『【殺し屋であるあなたと誘拐した子供を殺せ】ってね』












『組織としてはまずいんですよ。現場にいたことを知っているのは殺し屋本人のみでなくてはならない』

『それを何を思ったか規則を破って子供を連れ去り、あげく行方を眩まして』

『それを聞いた時思いましたよ』










『絶対殺してやろうって』





 ガサ、と後ろで音がした。


 まずい!後ろに回りこまれていた!

会話は注意を逸らすため、わざと気を引く話を...!

仲間の存在を忘れていた。負傷のせいで全く頭が回らない!

"普段は"こんなミスしないのに!



「ぐあぁあぁぁぁあああ!!!」


「ふざけんなぁぁぁぁああああああああ!お前らこそ殺す!ぶっ殺してやる!」



 後ろから締めて来ようと伸ばした男の腕を掴み、そして思い切り背負い投げた。



『うっそだろ。肩撃ったよな俺』


 投げられた男も咄嗟にナイフを取り出し暴れるが、そんな小手先の反抗は慣れている。

ナイフを持っている方の手首を掴み、捻る。

するりと抜け落ちたナイフを掴み、男の首元に当てる。


「二人とも手を開いてゆっくり手を上げろ」

「少しでも不審な動きをしたら容赦なくこいつを殺す」

「お前らの言う通り、殺し屋なんでな、殺すことに躊躇いは...」


『あーごめんなさい』


 パン、と乾いた音が響く。

気付くと、抱えていた男が紅く染まり、ぐったりと倒れていた。

突然の出来事に思考が停止する。


『僕らも殺し屋なの忘れてます?』



『...そろそろこのお遊びやめますか。今度はそっちが手を上げる番だ』


 暗闇の中、銃口を向けられていることくらいはわかる。

このとき、俺は驚くほど冷静だった。

死の直前にした人間の本能だろうか。

咄嗟に男の死体を盾にして走り、木の影に隠れる。


 容赦なく木に弾丸を撃ち込んでくる。

どうする...?どう切り抜ければいい...?



 ...そうだ、この男の武器を使えば...!


「え...?」


 男の所持品には武器や武器になるようなものが全くなかった。


 武器を持っていない...?

ナイフのみを所持して俺に向かってきたということは...


「元から犠牲になることを予想していた...?」

「ふざっけんなよ...どれだけクズな人間共なんだ...!!!」


 これだけ有利状況なら、わざわざ特攻しなくても安全に仕事を終えられたはずだ。

それをよくも...!よくも...!



「ぐぁぁぁあああああ!!!!」


 地面を思い切り蹴り、左右にステップしながら銃を持った男相手に距離を詰める。


 あまりの勢いに動揺し、銃口が定まっていない。

これなら...!


『って思ってそうですね』


パン、と音がする。



「がぁああああ!!!!ぐうぁあああ!!!!!」



 思い切り右脚を撃たれた。

だが...



「し!る!かぁ!!!」


 思い切り右脚で踏み切る。

血が吹き出すが、気にしない。


『おいおい、走るのやめないっておかしいだろ』

『本当に、人間かよ...』


 むしろ、速くなっているような...




「お前らみたいなクズ共に...!」




「負けるわけがぁ!!!」




「ねぇんだよぉおおおおお!!!!!!」






 気付くと、男の首には、手が置いてあった。


『.........』


「.........」



『...わかったわかった、降参ですよ』

『一思いにやっちゃって下さい』

『まさか、武器をフル装備した二人組に、無防備な一人の男が勝つとはね』

『流石。この組織元最強の殺し屋、シューヤ。別名、血に濡れたブラックサンタってね』


 あーあ、負けちゃった。

この戦いは絶対負けられなかったのになぁ。

隊長、許して下さい───





───『もし、この作戦で俺がターゲットに捕まるようなことがあったら、容赦なく俺を撃て』


『待って下さい、隊長には奥さんが、それに子供も...』


『この作戦は失敗出来ない。俺達を裏切ったあいつを、絶対に始末しなければならない』


『でも、それでも俺には出来ません!』


『お前には、辛い使命かもしれない。だが、お前も殺し屋だ。これくらいなんとも思わずやりきれ』



『......だが、一つだけ、頼んでもいいか』



『俺が死んだら、家族を守ってやってくれ』





━───わかってますよ。隊長。



「これで終わりだ。地獄でまた会おう」


 ズボンのポケットに手を突っ込み、塊を取り出す。

乾いていたはずの瞳が潤う。

そして、






 ピンを、抜いた。









───なんでもない、いつも通りの仕事だった。

変わったことといえば、クリスマスの夜だというくらいか。

借金にまみれて酒に溺れ、家族に暴力を振るう男を殺して欲しい、そんな依頼だった。

どうやら男の妻から話を聞いた友人が勝手に事を進めたとか。


 男は娘を金のかかる厄介者だと思いこみ、暴力をふるっていたらしい。

鬼のような形相で家族を恐怖に陥れていたのだろう。


 まぁ、今は幼稚園児でもしないようなぐちゃぐちゃの泣きっ面だが。

当然、銃口を向けられていたらそうなるか。


「これも仕事なんだ、すまないな」


 ぐっと人差し指に力を込める。

そして引き金を、引いた。


 ぐったりと紅く染まったものを見るのは何回目だろうか、これも"いつも通り"だ。


 事後処理をしていると、玄関から物音がした。

まさか...いや、家族は今旅行に出かけているはずだ。


 ドアに人影が映る。

ギィ、とゆっくりドアが開く。




 雪の降る静寂の夜に、2度目の銃声が響いた。


 任務失敗だ。

見られたからには殺す以外の道はない。

なにかの都合で旅行がキャンセルされたのだろう。


 妻を殺してしまったらこの仕事の意味がない。

残るはあとこの子供。

流石に子供を殺すのは心が痛む。

銃口を向け、少し躊躇うが人差し指に力を込め、ぐっと目を瞑る。





「おとーさん!」




「おとーさん!おとーさん!」

「おとーさん!おとーさん!おとーさん...」


 泣きながら叫ぶ声が響く。



「おとーさんの暖かいスープ、また飲みたかったのに...!」



 ...きっとこのクズ男にも、まともに家族と接する時期があったのだろう。

この子は、そんなときの父に戻ることを信じて一緒に過ごしたんだ。

まさか、こんな形で終わるとも思わずに。





「ごめんな...ごめんな...」



 それから、この子を連れてその場を去った。

あまりのショックに記憶が障害を起こしたのだろう。当時の記憶はほとんどないようで、アヤカには孤児院で出会ったと言うとすんなりと俺との生活を受け入れて笑顔で暮らし始めた。


 せめて、あの悪夢のクリスマスを思い出させないように、クリスマスにはくまのぬいぐるみをプレゼントした。


 本当は、俺にはこの子の幸せを願う資格なんてないのに...


 そうやって、1年が過ぎた。


 足を洗ってまともな職業に就こうとも考えたが、俺には無理だと挫折し、違う殺し屋の組織に入った。

なんとか無事組織にも見つからずに過ごした。

子供一人は養えるくらいの稼ぎを得て、今年は何をプレゼントしようか、そんなことを考えていたんだ。

クリスマス前日の夜にもプレゼントが用意出来なくて、かなり困ってもいた。


 せめて、あの子だけでも幸せに過ごして欲しい。

今日もいつも通り生き延びて、抱っこして...

そう思っていた。


 そう、思っていた。









 爆音が響いた後の夜は、今まで以上の静寂を保っていた。



 大きな音に驚いて飛び起きた。


「...んぅ...シューヤ?」


 部屋の扉を開き、様子を見に行く。

すると、リビングの机の上に何かが置いてあることに気付いた。


「お花...?」


 机の上には、白いカーネーションと、手紙が一枚置いてあった。


《メリークリスマス、君達の幸せを祈っているよ。サンタクロースより》



────────────────────────────────────


あとがき


 ここまで読んでいただきありがとうございました。

実はこの作品は数年前に私が小説を書き始めた頃のクリスマスに書いたもので、少し思い入れのある作品だったりします。

子供達のサンタクロースになっている大人の元にこそ本物のサンタクロースが訪れたら素敵だなと思って書いた作品でした。

拙い文章でしたが、少しでも心に残る作品になっていると嬉しいです。

では、良いクリスマスを。

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