ファミマの先輩

沈黙静寂

第1話

「いらっしゃいませぇっ」

「いらっしゃいませー」

 狭い店内に二つの声が響く。先輩と私はレジカウンターで隣り合う。

 先輩と知り合ってからもう四ヶ月経つんだ。


 今月の欲しい漫画五十冊。現在の貯金一万円。足りない。絶望的に足りない。購入するとして十五冊が限界だ。特装版や特典の為には更に多額の金銭が必須。年末の御年玉も誕生日の図書券も使い果たした。現金以外で所持しているのは定期券内の数千円と本屋のポイントのみ。大ピンチだ。親から貰える小遣いには限りがある。

「こうなったらやるしかない」決めた、アルバイトしよう。バイトしか生きる道はない。私の漫画道は。バイトなんてやったことないけど何とかなるでしょう。例えばコンビニならレジでピッと打つだけなんじゃないか。私の潜在能力を用いれば難しいことは一つも無い。バイトするのに必要な物は履歴書だけかな。まずはコンビニでそれを買って来よう。あとは親の承認。一応相談を兼ねてファミリートークしよう。内緒にして後でバレたらママゴリラに巴投げされる。

 一時間後、百均の履歴書片手に親に話題提起したら呆気なく認めてくれた。許されなかった時用のバナナを買うのを忘れていたけど結果良好だった。ただ条件として勉強に支障を出さないことと終業したら直ぐ帰ることが決められた。それは言われなくても大丈夫。何処で働くのかと聞かれて、私も愈々パートタイマーなのだなひゃひゃと心で唱えながらまだ決まってないと答えたけれどさて何にしよう。

 理想を言えば本屋。ブックオフとか丸善とか是非勤めたい。私が漫画好きということもあるけど人見知りというのが大きなポイントだ。他人と会話ができない訳ではないけれど、人間関係を築くことには抵抗がある。既に出来上がっている店員同士の仲なら尚更そう。身体の中に生まれる蟠りが原因なのか、私が人々の間に入ると賑やかな会話が急にしゅんと白けることが多い。何を喋らなくても場が静まり、何も喋らないからこそ私の方を見る訳でもない。今までこの現象を色んな場面で味わってきたけど慣れる様子は無い。そんな苦い人生経験があるから出来るだけコミュニケーションの少ない仕事が良い。本屋はその点レジ業務はあるとしても入荷作業やら書棚整理の時間が勝手な予測では多そうだから魅力的だ。バイトが発注まで行うかは分からないけど、いざとなれば漫画知識を活用できるかもしれない。ネットで検索しながらそう思った。

 今の所正直書店しか目が無い。やりたくない。だから履歴書の一枚目はそれで決まり。通学圏内だけで結構な数ある内、頻繁ではないけど時偶利用するブックオフに応募する。面接に行って利用客だと知られたら何となく恥ずかしいから。しかしこうして調べてみると、高校生不可の店が書店に限らず多い。具体的には丸善がそうだった。それと居酒屋とファミレスの募集がやたら目立つ。私が飲食店で働くことは死を意味するからやるはずないけど。客が消える未来図が簡単に想像出来る。

 求人ページから目的の店舗を選んで、名前生年月日住所電話番号メアドを書き込む。性別を未選択に出来るのは気が利いているぜ。書き終えたら送信と。何日かしたら向こうから電話かメールが来てその後面接するそうな。一発目で受かるかどうか分からないから不安だけど、平凡な日常を描くように過度な期待はしないで、落ちても落ち込まない心の状態をセッティングしておこう。

 三日後、学校帰り道路を歩く最中電話の着信音が鳴った。電話かぁ、メールの方が気楽だったのにと愚痴垂れつつ応答すると大人の男性の声が聞こえた。

「もしもし、こちらブックオフ○○店の○○という者ですが」

「……っぇぁぅ」

「もしもし?」

「あ、あああすいませんっ、私ですっ」

「えー、ゆずさん、でお間違えありませんか?」

「はいくず、じゃな、ゆずですっ」

「それで面接ですが、今週ですと水曜日と木曜日のどちらかになるのですが」

「じゃ、じゃじゃす水曜でおねが、まーすっ」

「了解しました。では時間帯に希望はございますか?」

「ゆゆゆ夕方で」

「ありがとうございます。それでは水曜日の午後四時辺りでよろしいでしょうか」

「こちらこそ、です?う、あわ、違いまし、です。そうですっ」

「では当日、宜しくお願いします」

「あびゃああはひ、あ、な、わかり、わかりませたっ」

 私は無事手続きを終え、スマホを閉じた。

 そして向かえた面接当日。「見慣れたはずなのに入口がやけに大きい」「面接官が恐かったら絶対喋れない」「いいやたかがバイトなんだ緊張する要素なんて何もない」「最初から合格してしまうかもしれない」「でも心臓の動きが抑えなれない何故だ何故だばばばば」カラフルな気持ちを抱えて店の所属する建物に入った。エスカレーターで上り中古本フロアの奥へ進むとレジがある。えーと、誰に言い出せばいいんだろう。二分間本を探す振りをして悩んだ挙句、「あ、あのー、本日アルバイトの面接に来たんですけど……」二分間反芻したフレーズをレジの店員に語り掛けた。

「面接でしたらそちらのスタッフルームですよ」と柔和に微笑むおばさんに案内され、関係者以外立ち入り禁止の貼紙の付いたドアを開ける。アルバイターはここに入れるのかそうかと新鮮な心持ちになりながら薄暗い通路を抜けるとメガネを掛けた若いお兄さんが居た。

「あ、こんにちわたし、あのゆずです!面接しました!」

「おーう君がゆずちゃんね。いいよいいよこっち座って」

「わかりましっ」

 誘導されたテーブルで鞄から履歴書と学生証のコピーを提出し、各要項の確認をお兄さん主導で行った。話振りからしてお兄さんは店長のように見えた。

 面接自体は五分程で終わり、採用の場合は後日一週間以内に連絡が送られることを説明されてそのまま帰った。腐っても本屋だから、てっきり本の話でもするのかと思っていたけどそんなこと無く終了した。志望動機に書いた「本が好き」にも特に触れられなかった。

 夕暮れの寄り道帰り、ほっと溜息を吐く。手応えはよく分からない。一体一だから少なくとも悪印象は与えてないはずだけど、もっとにこやかに話すべきだったかもしれない。あぁもう考えても仕方ない。連絡が来るのを待つだけだ。

 そうして一週間、電話が掛かって来ることは無かった。


 次に応募したのは宅配ピザ屋。店頭販売のある店で、バイクの免許を取得していない私は店内の調理接客を要望した。前と同じく電話のやり取りをし、休日早朝の面接日に自転車で現地を訪れた。今度の担当は二十代後半の女の人で、小さな椅子に座って対話した。本屋よりも短い時間で面接を終えた私は足早に家へ帰った。

 そしてピザ屋も落ちた。


 二回の不採用を受け、色々と疑心暗鬼になった私はとうとう最後の選択肢、コンビニエンスストアに応募する。地元の駅前に小さく構えるコンビニだ。三回目となれば諸々の対応にも慣れてきて、スムーズに面接へと漕ぎ着けた。この時私の財布に入っているのは小銭だけとなっていた。

 またも学校帰り、最寄り駅の本屋で時間を潰した後、目当てのコンビニへ向かう。淡い期待は最早抱いていない。コンビニだから受かるだろうとかどうせ駄目だろうとか、そう言った憶測が全部無駄に思えて、採用か不採用か、それのみに意識が傾いた。

 訪れたコンビニの中、いつも通りレジの店員に挨拶をしスタッフルームへ入る。小規模な店だけあって通路も一際狭い。踏み倒してしまいそうなダンボールを通り抜けると小さなデスクとパソコン、そしてその前に店長風の男の人がいた。三十代半ばのようだけど届く声は若い。

「こんにちは。バイトの面接に参りましたゆずです」

「おっ、こんにちは」

 脇にあったミニチュアの椅子に腰掛け、見せるべき書類を渡す。項目の内興味のあるらしい私の学校について執拗に尋ねられつつ、面接を熟していく。今回は珍しく込み入った雑談が長い。「学校楽しい?」「部活とかやっているの?」等と質問攻めされ、「はい」「そうです」「あぁ」を中心に返事を吐き出す私。話していると他の正社員らしき女性も来て会話に加わってきた。そこで初めて眼の前の男性が店長であることを確信した。

 店長の大人っぽい声と、恐らく店員と同年齢の女性の黄色い声、おまけの私の途切れ途切れの声が巡る。仕事中、面接中のはずなのに軽快なお喋りが続いている。一体いつまで話すのかなとパソコンの端をチラ見すると、とっくに三十分経っていた。

 時間の経過に気付いた店長は「あぁいけない、話し込んじゃったね」と前置きして言う。

「じゃあとりあえず明後日、四時から六時までの二時間やろうか」

「…………えっ」驚きで間抜けな声を出す。

「それって、受かった、ってことでいいんですか?」

「うん、採用」

「ゆずちゃん礼儀正しいし、しっかりしているわね」

 店長と隣の女性がそう優しく笑って言ってくれた。

 こうして私のバイトがコンビニバイトに決まった。

 帰り道、ニヤニヤが止まらなかった。

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