第29話:フィスト1-12「あの日への道筋」

 私がヘレナお嬢様に助けてもらって数ヶ月後のことです。屋敷にとある噂が流れました。


「旦那様が別の女性と浮気している」


 現に旦那様の外出が多くなり、加えて外出した後屋敷の外で女性と会っているのを見たという人が何人もいました。

 その噂は瞬く間に屋敷内で広がり、ついには奥様の耳にも入りました。最初、奥様は旦那様を信じ、そんなことはあり得ないと一蹴し、そのことを話している者を見つけるやいなやきつく𠮟責されていました。しかし、目に見えて屋敷にいないことが多くなってしまうと奥様は疑いの言葉を呟くようになり、顔には生気が無くため息をつくことが多くなってしまいました。

 奥様は旦那様を心から愛していました。誰よりも強く。

 そして奥様は原因は自分にあるのではないかと考えました。旦那様は素晴らしい人だと、彼が他の女性に手を伸ばしているのは自分が悪いのだとそう考えるようになりました。

 奥様は貧しい家の出でしたが苦しい生活の中で勉学に励み、高い地位につき一度の離婚を経た後、旦那様と出会いました。

 精神的に追い詰められていた奥様は仕事の中で生きたあの時のような完璧な自分であれば旦那な様が再び振り向いてくれる、そう考えてしまいました。奥様は自身に厳しくなりました。

 そしてそれはだんだんとエスカレートしていき、ついには周りも厳しくするようになっていきました。

 繰り返すようですが、奥様は旦那様を心から愛していました、誰よりも。娘達の事よりも強く。

 奥様はヘレナお嬢様の姉であるマリーお嬢様に必要以上に厳しくし、ついには手をあげるようになりました。一方、ヘレナお嬢様に対してはより一層優しく接するようになりました。

 この差は奥様の連れ子がマリーお嬢様であり旦那様の連れ子がヘレナお嬢であることが起因していると考えられます。

 私達メイドはエスカレートしていく奥様を止めようと何度も話しましたが、耳を貸してくれることはありませんでした。それでもと、口を開いていた私達に奥様はある言葉を口にしました。


「次、私の方針に意を唱えたものは解雇します!」


 解雇する、その一言で皆一斉に口を閉じてしまいました。皆にとってこの屋敷は最後の拠り所、失うことを恐れたのです。そして、私もその中の一人でした。ヘレナお嬢様に恩があるにも関わらず姉であるマリーお嬢様をお守りするために行動することを自分可愛さに止めてしまいました。

 その後、私は直接マリーお嬢様をお世話することはなかったので話を聞いただけですが、メイド達も奥様の言ういわゆる”しつけ“を強制されたようです。日に日に傷つき弱りゆくマリーお嬢様から私は目を逸らして過ごしました。

 そして、その結果マリーお嬢様が首吊り自殺をし、それを最初に目撃したヘレナお嬢様は家を出て行ってしまわれたのです。

 その後奥様はメイド達に監視役を送ることを命じ、それに私が志願しました。

 もちろん私は監視役として役目を果たすのではなく、恩返しのため贖罪のためについていきました。

 理由はどうであれ私達メイドがマリーお嬢様に苦痛を与え自殺に追いやったのは事実、ヘレナお嬢様に嫌われて当然だと思います。それでも私は優しいヘレナお嬢様のおそばにいたい、助けになりたいと思いこれからも全力でサポートしていくつもりです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る