第1章 クリーグス
01、オレンジカップ
真冬だというのに、屋根のないスタジアムは熱気で包まれていた。寒空の元、人々は酒を酌み交わし、旗を振り、声援を送る。スタジアムのレース会場では、ちょうど準決勝でトップに輝いた選手が競技用の浮遊機ロラッチャーから降りて手を振っていた。
〈これで決勝に進むメンバーが決定しました! 前回準優勝のジュンジー、初出場のチャッフ、前回優勝のリフ、運は最強のベレイオー、果たして今年のオレンジカップの優勝者は誰になるのか――〉
実況者が興奮しながら様子を伝え、観客たちは一層の盛り上がりをみせた。
「あんな高速で飛ぶなんて! 操縦を少しでもミスすれば大惨事だよ!」
エシルバは興奮のあまり持っていた旗を真っぷたつに折ってしまった。
隣のジオノワーセンは寒さで頬がリンゴのように真っ赤になっていた。
「天井をつくればいいのに」
ジオノワーセンが雪を厄介者にしていると、隣の大酒飲みが彼に絡んで大乱闘が始まった。「クリーグスのたしなみは雪だ! ハハハッ、雪が多ければ多いほど盛り上がるぜ!」
雪は容赦なく降り注ぎ、誰も座っていない客席にはこんもりと積もっていた。決勝戦が始まると聞いて戻って来たルゼナンはエシルバの隣に座った。
「お手並み拝見といこうか」
彼はポケットに手を突っ込み、首をすくめながら白い息を吐いた。
やがて決勝レースが始まった。三レーン目のリフは参加者の誰よりも小さかった。だいたい、この大会に出場する選手は大人くらいのものだった。
リフの乗り込んだロラッチャーはスタートの合図と同時に前進した。一人は出遅れ、残り二人はほぼ同じ出だしだ。最初に差し掛かったのはゆるやかなカーブだ。その先には障害物として人工の滝が設置されていた。
リフは上手くカーブを通過し、それから滝の水面をすれすれに垂直飛行した。二番手の選手チャッフがスピードを出し過ぎたのか、滝にぶつかってコースアウトした。
会場に「あぁ!」という落胆の声が上がった。
「いいぞ! リフ! その調子だ」
乱闘を終えたジオノワーセンが息を切らして応援に参加した。その横ではタチの悪い酔っぱらいが重なっていた。
「ねぇ、あと何があるの?」
エシルバは双眼鏡でリフを追いながらルゼナンに聞いた。
「タワーを登ったあとは、地下トンネルが待ち受けている。その後は最難関のでんぐり返しだ」
「でんぐり返し?」
その時、首位をキープしていたリフを三位だったロラッチャーが追いぬいた。三機は競り合いながら中央の巨大なタワーに円を描きながら登っていった。
〈首位にたったのはジュンジー、ジュンジーだ! ここから絶対王者のリフ、巻き返し狙えるか! タワーは常に急カーブだから安定した操縦技術が求められるコース!〉
実況者の解説が終わる頃には、首位のジュンジーと残り二機の距離はかなり開けていた。
「リフが負けちゃう!」エシルバはハラハラして言った。
選手たちは地下トンネルに突入し、その様子が巨大モニターに映し出された。リフは大人顔負けの冷静さで、操縦桿を握りしめて前を飛ぶジュンジーのことをよく観察していた。
「トンネルの先は魔のカーブだ」
リフは勝利を確信したようにつぶやき、減速した。やがてトンネルの出口が現れ、強引にカーブを曲がりきろうとしたジュンジーを抜いてリフが出し抜いた。
〈やはり王者は強かった!〉
会場がワッと盛り上がって、その瞬間を目撃したエシルバも思わず飛び上がって手を叩いた。いよいよレースも終盤、選手の機体がまっさかさまに傾いた。そのまま地面すれすれに飛行を続け待ち受けるカーブを通過した。これがでんぐり返しか――エシルバが感心していると、突然実況者の声色が変わった。
〈ベレイオー、どうした! まだ地下トンネルから出てこないぞ〉
モニターに移されたベレイオーの顔を見た瞬間、スタジアムでどよめきが起こった。彼は気を失い、ぐんぐん加速を続けながら目前に迫るカーブに突入しようとしていたのだ。
〈ベレイオー!〉
実況者の声がプツリと途切れ、観客はレースそっちのけでがやがやし出した。レスキュー隊が準備をし始めた時、リフの機体が急にコースを外れ、地下トンネルにつながる非常通路に入っていった。
エシルバはハラハラしながら見守っていた。リフはベレイオーの機体にピタリとつけ、緊急用の降着装置を出して彼の機体にひっかけ始めた。一回目は失敗したが、二回目なんとか成功した。
「五、四、三……」
しっかりと固定されたことを確認したリフは、トンネルの出口に差し掛かったところでおもいきり機体を傾けた。
「一……!」急な傾きによって二機は羽をカーブに激しくこすり、黒煙を上げながら滝が流れる水辺へと着水した。
エシルバはドキッと隣を見たが、ルゼナンはもうそこにいなかった。エシルバは旗を投げ捨てて階段を下りコース内部へすっ飛んで行った。
やがてモクモク煙を上げる機体の中から人影が見えた。レスキュー隊がベレイオーを抱えてタンカーに乗せていた。
「リフ! リフ!」
大人たちに立ち入りを制限されたエシルバは、絶望的な気持ちで煙の向こうに目を凝らした。恐らく、ルゼナンはレスキュー隊員よりも先に行ったはずだ。
「うそだ……」エシルバは地面に膝をついた。
スタジアムはさっきまでの熱気が嘘だったかのように静まり返っていた。誰もがレースを放棄して選手を助けに行ったリフの生還を待ち望んでいた。一人の観客が叫んだ。「見ろ、出てきたぞ!」
本当だった。ルゼナンに抱えられたリフがぐったりした顔で空を見上げていた。ルゼナンの腕の中で、リフは何かを聞かされてほっと安心したような笑みを浮かべた。やがて彼は煤まみれの手を高く掲げた。
〈リフ|イルヴィッチ! 彼は生きていた!〉
実況者の声に、会場は温かい拍手に包まれてた。
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