22、バドル銃の実習
3人は三大必需品の扱い方について学ぶため、他の新規団員とともに使節団屯所の実習場に集まった。数分後、一同の前に現れたのは太眉のルバーグだった。
「バドル銃はシブーだけが持つことを許された三大必需品と呼ばれる道具の一つ。これを所持するということは、常に責任を持たなければならないということだ」
彼は初めてバドル銃を使う団員らの前でそう説明した。カヒィは身を乗り出して目を輝かせながらルバーグの話を聞いていた。
「カヒィ、なにかおかしいことでも?」
カヒィは笑顔を消しながら頭をかいた。
「あなたの実習は世界一と聞いていたので、つい張り切って」
会場に笑いが起こった。
「あまりニヤニヤしないように」ルバーグは続けた。「シクワ=ロゲン規則で主に禁じられていることは、バドル刃の常備、仲間内での決闘、燃料管の指定外廃棄など。まだまだ細かい注意事項やルールがあるが、ここではバドル銃、主にバドル刀の初歩である刃の転送と振り方について指導する」
ルバーグは少し間を空けてから続けて言った。
「バドル刀は心の刀だ」
エシルバは言っている意味が理解できず、隣のリフを見ると彼もまた不思議そうな顔をしていた。
「人を殺せない者には殺せないし、殺せる者には殺せる。強い決意がないと、この武器は扱えない。武器に振り回されて終わってしまうのだ。だから、たいていのシブーは恐怖の克服から訓練を始める。そもそも人の命を断つということは罪深いこと。その罪がなくなるように願われ、作られたのがバドル刀。しかし、こうは思わないだろうか? 罪深いのに、なぜ刀を持つのかと。武器を持たぬ者は武器を持つあしき者に征服されるからだ」
ルバーグは一人一人の目を見た。それからバドル刀の部分名称を教え、簡単な仕組みを解説した。エシルバは彼の言動の何一つ見逃さないように目を皿のようにしていた。
「それでは転送から始めてみようか」
転送はゴイヤ=テブロと関連付けた転送システムを使う。エシルバは巨大格納庫に納めた刃のことを思い出し、そのことだと思った。転送は形態変更ボタンの次に転送ボタンを押すだけだった。
すると銃は真っすぐ柄の形に早変わりし、その先端にキラリと鈍い銀の光沢を放つ刃が出現した。
「これ、やってみたかったんだ」リフがうっとりしながら言った。
「これはただの刃だ。紙一枚切れない金棒と一緒。ただ、ここにエネルギーがともるとなんでも切れるようになる。エネルギーがともった刃をぶつけ合った時、個人のエネルギーカラーが瞬くように見えることがある。しかし、正常な現象なので問題はない」
「なんでも?」
カヒィが尋ねた。
「そう、人も、植物も、だいたいのものはなんでも切れる。柔らかいものならあっという間だ。エネルギーを宿した途端、粒子に変化が訪れ、恐ろしい殺人刃となるのだ。その状態にするには燃料管が必要となる」
ルバーグは緑色の液体が入ったガラス管を見せた。
「本来燃料は無色透明だが、法律により着色することが義務付けられている。そして一つ気を付けてもらいたいことがある。燃料管の所持は一人5本までと決められていて、使用済みの燃料管は専用の回収ボックスへ入れなければいけない。さて、これを1本ずつ渡し、燃料管保護カバーを外してセットしてもらおう」
各自燃料管をセットし終えるとルバーグはエシルバを前に呼んだ。
「持ってみてどうかな?」
「思ったより重いです」
エシルバは答えた。
「今の形状を剣式と言い、バドル銃の二通りある形態の一種だ。もう一つは、最初の形状であった銃式。剣式で刃を呼びだすと重く感じるのは当然のことだ。そしてここからは慎重にいこうか……スライドストップを外すんだ」
言われた通りにしてみると、途端にさっきまで感じていた重みがふわりと無重力のように軽く感じられた。まるで、風を手に持っているようだ。
「この状態をエネルギー滞留刃と言う。まさになんだって切れる。扱いには重々気を付けるように」
エシルバは緊張しながら慎重にバドル刀を構え、ゴクリと唾を飲み込んだ。不思議な感覚だった。次第に妙な心地よさが全身を包み込み、リラックスしていった。
「あそこに実習用のかかしが設置されている。さぁ、一度試しに振ってごらん」
エシルバはリアルなかかしに歩み寄り、完全な自己流で刃を振り下ろした。刃はスルッと滑らかにかかしを切った。若干切った感覚はあったものの、本当に切れているかは疑問だった。
「これがバドル刀の大きな特徴だ。物理的に切れているようには見えないが、実際は内部に大きなダメージを与えている。エネルギー粒子を切ったのだ」
周囲から驚きの声が漏れた。
「全ての人間にはエネルギー保有率が決まっている。そのエネルギー値には個人差があるが、平常値51~80%といわれている。それでは――ルシカ。もしも、エネルギー値がゼロになった時、人はどうなる?」
「倒れる?」ルシカは適当に答えた。
「死ぬんだ」
ルバーグは低い声で言った。この場の空気が何だかずんと重くなった。
「エシルバ、それ、どうしたの?」
リフの声でふとわれに返り、エシルバは手に持っているバドル刀を見て眉をひそめた。刃から薄い霧のようなモヤが漂っているのだ。故障でもしたのかと思いエシルバは大慌てでバドル銃を床に落としてしまった。
「怖がらなくていい」
ルバーグはすぐさま冷静に呼び掛けた。
「ただ触っていただけなのに、急に壊れて……」
「これは正常な現象だ。持ち主と一体化したバドル刀は煙を吐く。刃に力がこもればこもるほど、それは濃くなっていく」
エシルバは自分が壊したわけではないと分かり安心した。するとジュビオレノークが真っすぐ手を上げてルバーグに視線を送った。
「なんだい?」
「質問があります。さっき、刃をぶつけ合った時に個々のブユカラーが目に見えるとおっしゃいましたが、実際に見てみることはできませんか?」
ルバーグはややあってうなずいた。
「いいだろう、1人ずつエシルバのようにバドル刀を構えて私の前に並び、前に出て私の刀に一回だけ刃を触れてみなさい。ただし、順番を待っている間は必ずスライドストップを外さないように」
エシルバたちはワクワクしてその時を待ったが、さっきまで元気だったカヒィがうそかのように意気消沈していた。エシルバとリフは先頭に近いところに並んだが、カヒィは最後尾に回った。
「さぁ、きなさい」
最初に刀を振ったのはポリンチェロだった。刃と刃がぶつかった瞬間、彼女のブユカラーであるピンク色とルバーグのブユカラーである黄色がパッときらめいた。場内は大盛り上がりで待ち遠しそうな声が後ろから聞こえた。エシルバの番、リフの番と続いていきみんな自分のブユカラーを目にして感動した様子だった。最後のカヒィの番になった時、彼の顔にありありと浮かぶ不安の要因が分かった。
「ほら、俺たちになかなかブユカラー教えてくれなかったろ? 相当見せたくない理由があるんだろうな」リフがエシルバに言った。
「どうした、カヒィ。一振りしてみなさい。怖くないから」
ルバーグに促されてカヒィは決意した様子でバドル刀を振った。バチッと刃がぶつかり合い、ブユカラーがきらりと光った。しかし、ルバーグの黄色の光が瞬いただけで、あとはなにも光らなかった。エシルバたちはなにが起こったのかとぼう然としていたが、ルバーグだけは別だった。
「ほら、みんな何をボーッとしている。次の実習に移るぞ」
カヒィのブユカラーに関してはないがしろにされた感じがしたが、ルバーグが流れを止めなかったのは空気の切り替えにもなった。次はバドル銃での簡単な射撃練習だった。
「難しくて全然的に当たらないわ」
エシルバの隣で練習中のポリンチェロがため息を漏らした。
実際にやってみると彼女の言うことがよーく分かった。的に命中させるにはかなりの集中力がいるし、思う以上に難しかった。すると、別のレーンからパーンと音が聞こえた。真っすぐに放たれた光弾は目標の的に命中した。
「さすがだわ、ジュビオ!」ウリーンの黄色い声が聞こえた。
見ると、防御用サングラスを外して余裕そうにバドル銃の手入れをするジュビオレノークがいた。
「うまいぞ、ジュビオレノーク。みんなの前でもう一度的を狙って撃ってみなさい」
「分かりました」
ジュビオレノークの光弾は高確率で的の中央に当たった。彼はいたって冷静で、同い年とは思えないほどバドル銃の腕は確かだった。
一通り実習が終わった後、カヒィはなんだかずっとさえない顔をしていた。そこへジュビオレノークがやってきて声を掛けた。
「シブーなのに色がないなんて残念だ。もしかして、採石の儀式でとった石も色なしなのか? 無色だなんて聞いたことがないし、ぜひ見てみたい」
嫌な空気が流れた。カヒィはだんまり、ジュビオレノークは右手を差し出し石を渡すように催促している。
「見せられないのか?」
「見たって大して面白いものじゃない」
カヒィは言った。
「ブユカラーがなければシブーとは言えないな」
リフが飛び掛かりそうになったのをカヒィが止めた。こんな状況でもカヒィが決して怒ることはなかったが、エシルバ自身彼がそんなふうに呼ばれるのは癪でしかなかった。
「君はシブーとしての資質がない」
ジュビオレノークはさらに追い打ちをかけるように言った。カヒィがうまく言い返すとエシルバは期待していたが、彼は唇をかみしめたまま何も言わなかった。
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