第22話 求愛行動2

 なんとなく気配を感じて目を開けてみれば、目の前にイザークの顔があった。


 そうか、寝ちゃったんだ。


 私はお疲れ様の意味もこめてイザークに手を差し出した。自分の格好なんてすっぱり頭から抜け落ちていたし、まだ男児だと思われていた時の名残りで、ついついハグでお帰りなさいをアピールしてしまった。そして、イザークは前と変わらずハグを返してくれる。

 スンスンと首筋を嗅がれる気配がし、切なげな声が耳元に響く。その甘く低い声に背中がゾクゾクした。


「匂い、薄くなったな。また付けたい。付けていい?」

「また、舐めるの?」


 あれはくすぐったいというか、恥ずかしいというか、変な気分に……いやイザークにしたら単なるマーキングなんだろうけど、正常な成人女性としては恥ずかしい反応をしてしまいそうになる訳です。


「……とりあえず?」


 とりあえず? 

 とりあえずの意味もわからないし、何で疑問形なの?舐めない匂い付けがあるってこと?


「とりあえず……舐めたいの?」

「舐めたい!」


 あ、今度は即答きた。


「しょうがないな。でも、けっこうくすぐったいんだよ。ちょっとにしてね」


 恥ずかしいけど髪をかき上げて首筋をさらしてみれば、すかさず首を舐めたり甘噛みされたり、しまいには耳まで食まれて変な声が出てしまう。それが恥ずかしくて無意識にイザークにしがみついたら、イザークの手が宥めるように私の腰を撫で、尻をつたって今朝の再現のように尾骶骨をグリグリと押された。


「ヒャアッ!」


 その生々しい感触に、思わず悲鳴のような声をあげてしまう。

 何故、今まで忘れていられたんだろう?!何をって、スッケスケのウッスウスの卑猥な自分の格好をだ!

 生々しいのは当たり前で、Tバックの下着はお尻丸出しだし、イザークの手はその丸出しの尻を直にグリグリしているのだ。ネグリジェに防御力を期待してはいけない……そんなものは存在しないのだから。


「ちょ、ちょ、ちょっとストップ!」


 イザークは私の停止の声に思いっきり耳をへニョリと下げ、動きは止めたものの私の首筋から一ミリも離れなかった。


「ダメ?イヤ?」

「ダメでもイヤでもない。でもいったん離れて」


 そりゃね、こんな格好した女が自分のベッドで寝てたら襲いたくなるよね。私自身はツルンペタン体型だとしても、全裸より色気増し増しだと思うし。いや、お子様ワンピネグリジェ(色気皆無)の今朝も同じようなことされたけどさ……。でも、首までかっちりしまって、足首まで長さのある厚手の生地だと、今の格好よりは防御力があると思う訳。あの格好で触られると、この格好で触られるじゃ、貞操の危機感が段違いなのよ。

 その貞操を捨ててこいと、こんな格好をさせられているんだけどさ。


 はだけていたシーツを身体に巻き付けてイザークの前に座ると、イザークもムクリと起き上がった。耳はペタンと垂れ、尻尾はご機嫌をとる為か小さくたまに揺れている。いつもは凛々しく引き締まったそのご尊顔は、不安そうな情けない表情になっていて、心臓がキュンキュンするくらい可愛らしく思えた。


 カッコイイのに可愛いとか、絶対に狡いよね。こんなん、好きにならない訳ないじゃん。年下だとか、身分とか、考えてもどうにもならないことは一旦置いとこう。


「私はイザークの番で間違いないの?」

「間違いようがない」


 スッパリ迷いなく言い切るイザークに、もし本物の番が現れたら……なんて、今までグダグダ考えていた自分が申し訳なくなる。


 人間、竜巻にまかれるなんて経験をするのはごく少数だろう。しかも、そんな稀な経験をした上で異世界に飛ばされてきてしまうなんてことも……まぁ私くらいかもしれない。そんな0%に近い異世界転移が実際に起こっちゃった訳だから、唯一の「番」が異世界に生を受けているという確率もきっと0ではないかもしれないよね。

「番」を引き合わせる為の異世界転移だとしたら、これは必然だったんだろうし、運命……(恥ずかしい!)なのかもしれないよね。


 自分の恋愛を運命とか言っちゃうあまりに乙女チックな思考に頭の中で悶絶しながら、でもこれだけは聞いておかなくちゃってイザークの袖口を引っ張った。前に私が「番」だってカミングアウトしてくれた時、私のこと好きだって言ってくれたけど、それって……。


「イザークはさ、私が番だから好きなの?」

「番だから……?シォリンは難しいことを聞くな。シォリンは生まれた時から俺の番で、それってシォリンの一部なんだよね。番ってのは、鍵と鍵穴みたいに全部がピッタリ相性の合う相手で、見た目はもちろん考え方や好き嫌いのタイプまでもドンピシャ合う相手なんだ。もちろん身体の相性も。番だから好きになるというより、全部タイプの相手だから番なんだ。俺らとっての番は、知り合えば絶対に好きになる理想の相手ってこと。でもさ、パッと見ていきなり好きになんかならないから、番だって認識できなかったらすれ違ってそれで終了かもしれないだろ。だから俺らは番の匂いを感じ取れるんだ」

「それは、好ましい香りがするってこと?一番好きな匂いがするの?でも比べてみないとわからなくない?もっと好ましい匂いの相手が現れるかもしれないし」


 イザークは少し困ったように、言いづらいことのように視線を泳がせた。


「好ましいか好ましくないかって、そりゃ好ましいんだけど……」

「だけど?」

「好きな匂いとか嫌いな匂いとかいうよりも、どちらかというと……」

「どちらかというと?」

「性……子孫繁栄欲求に直結した匂いという感じかな。番以外には絶対に感じない匂いで……」


 つまりは性欲と言いたかったのね。「番」の香りは媚薬のようなもんだって言ってたしね。


「番の匂いって、個人限定のセックスフェロモンみたいなものなのかな」

「セッ……、シォリンそんな言葉知ってるの?!」


 この人、いまだに私を子供だと思っているんじゃないだろうか?


「私、二十六歳だって言ったじゃん。知らない訳ないでしょ」


 だいたい何も知らないでこんな格好(スッケスケネグリジェ)してたら、ただの露出狂でしょうが。


 自分の格好を再度思い返し、シーツをしっかり抱え直してイザークを見ると、イザークは何故か放心したような虚ろな目をしていた。そうかと思うと、いきなりカッと目を見開き、今まで見たことない厳しい表情で私の肩をグッと押した。

 いきなり反転する身体、目の前にはイケメンのドアップ、その背後には天井がボヤけて見えた。


「まさか、いや、でも……」


 イザークが喉を鳴らし、動物が威嚇する時のような音を発する。なんか、肉食獣に捕獲されたような気分になるから止めて欲しい! 


「……シォリンにはパートナーがいたのか?いや、今は夫も恋人はいないみないなことを言ってたよな?もしかして、今はいないけど、前はいたなんてオチはない?ないよな」


 なんかよくわからないけど、無表情で凄い早口で何か言ってる。ちょっと目がいっちゃってない?


「パートナー……?」

「過去に夫がいたことがあるのか?」


 オット?オットー?夫か!


 イザークが何やら勘違いしていることに気づいた。今更だけど、私の年齢と結婚の有無について思い当たったらしい。


「いない、いない、いない!結婚歴はないから」


 イザークの表情が緩み、私の首筋にボスンと頭を落としてきた。思いっきりそこで匂いを嗅ぐのは止めようか?鼻息がくすぐったくてしょうがないから。これがイザークじゃなければグーパンチものなんだろうけど、イザークであるのならば鼻息すらも愛おしい。ただね、変な声がでちゃいそうになるから、せめてさりげなく嗅ぐくらいで留めて欲しい。


「シォリンからは他の男の匂いがしなかったから、そういう接触はないんだろうって思い込んでたんだ。年齢も未成年じゃなかったってだけが嬉しくて、そういう相手がいたかもしれないなんて頭に全くなくてさ。でも、過去過ぎて匂いがしないだけかもしれないって考えたら……、魔力が暴走するかと思ったよ」


 イザークの魔力暴走って、屋敷が吹っ飛ぶレベルですよね?マジで勘弁してください。


「ないから。そういう相手ってどういう相手かわからないけど」


 私に乗りかかるようにしていたイザークが、ゴロリと横に転がった。首筋の匂いはごっつ嗅がれていたけど、体重は全くかかっていなかったから、全然重くはなかったんだけどね。二人で向き合うように横向きで、ほんのちょっと顔を傾ければキスできちゃうくらいの距離感が凄く恥ずかしい。でも、イザークの手が私の腰を抱き寄せるようにするから離れることもできない。

 ううん、イザークのせいみたいにしてるけど、私が離れたくないんだ。


「番ってさ、本当に見つかりにくいんだよ」

「うん」


 私は異世界にいた訳だしね。見つかる訳ないよね。


「でさ、番を見つけるのを諦めてパートナーと結婚して子供を作る人間のが多いんだ。だから、いざ番が見つかっても、他人のパートナーになってる可能性のが高くて、だからそれが当たり前の筈なのに……。いざシォリンにパートナーがいたかもしれないって思ったら、ヤバイくらい……嫉妬した」

「嫉妬されるような相手いたことないからね。好きになったのだってイザークが初めてだし、第一異性とこんな近い距離にいたことすらないし(満員電車くらいだし)」

「今なんて?」


 イザークが肩肘をついて上半身を起こし、私の顔を覗きこんだ。下から見上げても崩れないイケメンって凄いな。


「異性と近い距離にいたことすらないもん。小学生の時のフォークダンスの時くらいだし、異性と手を繋いだのなんか。自分のモテなさ具合が露見する一言で凹むんですけど」

「ダンス……はまぁ仕方ないか。でも、番のいる奴にダンスを申し込むのは礼儀違反だから、これからはダンスを申し込まれても、番がいるって言って断るんだよ。いや、毎日匂い付けするし、俺の匂いを纏っている番に声かける猛者は……団長くらいか。シォリン、団長に申し込まれても、脛を蹴り上げて断っていいからな」


 申し込まれるって、ダンス?私が踊れるのはマイムマイムくらいだよ。


「ダンスなんかできないから平気。フォークダンスはいわゆるダンスじゃないから」

「異性と……付き合ったこともない?相性の確認は?」


 相性の確認?

 それって、身体の相性ってやつだよね?お付き合いすっ飛ばしてそこいっちゃう?する訳ないじゃん!


 私は不満気に唇を尖らせた。


「ある訳ないでしょ!キスだってまだなんだから」


 イザークからは、上目使いでキスを強請るような表情に見えてるなんて、私は全く気が付いていない。


「わざとか?わざとだよな?天然なのか?!」

「どうせね、私はイザークみたいにモテませんからね」


 私が過去の自分の恋愛遍歴の皆無さ加減に傷ついている間、イザークはイザークで頭を抱えていた。横でピクピク動く耳があまりに可愛くて、その耳を指の間に挟んで擦ってしまう。


「シォリン!」

「はい!」


 ほぼゼロ距離まで顔を近づけたイザークが、あまりに大きな声で私の名前を呼ぶから、私も思わず大きな声で返事をした。


「耳を弄るのは求愛行動だ。お伺い的な」

「は……い?」


 何のお伺い?って、やっぱりアレですよね。そういえば、だいぶ前にゲオルグから言われたような……。


「最終的には尻尾をからめて求愛行動は完成する」

「……はい」


 イザークの右手が私の耳に触れ、左手がお尻の割れ目の上側、尾骶骨辺りをさまよった。

 尻尾がないから尻尾ぬ付け根あたりを触ってるんだと初めて気がついた。ただのHな行為じゃなかったよ。イザークは求愛してくれていたんだ。


「シォリン、好きだ。俺の唯一。シォリンは俺のこと好き?」


 私はイザークの尻尾をしっかりと握りしめた。


「大好きだよ」


 イザークの目が甘く蕩けて、自然と唇が重なった。軽く触れて離れて、鼻と鼻をこすり合い、また唇が重なる。何度も何度も繰り返し、その度に「好きだよ」と囁かれ、次第に深いキスになっていき、そして……。


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