第10話 初めてのお使い 2

 騎士団詰所は王都のど真ん中、王宮の東門入ってすぐのところにあった。ちなみに騎士団宿舎は正反対の西門を出てすぐのところにあるらしい。騎士団の仕事は多岐に渡ってあるけれど、メインは王宮警護ということだろう。


 馬車が使えるのは東門までで、そこで門兵に家名を名乗り用事を伝える。確認が取れれば王宮内に入れるらしいが、すでに先触れが行っていたのか、名前を名乗っただけで中に入れてくれた。騎士団員だったというエルザを門兵が知っていたというのもあったかもだけど。門兵は馬の獣人らしかったが、エルザにメロメロのようだった。


「あら、媚売り雌猫じゃないの」


 門を入ってすぐ、小馬鹿にした口調が聞こえてきて、振り向くとキャシー•リード伯爵令嬢、自称イザーク婚約者が立っていた。


「まぁキャシー様、まだ騎士団に所属してたんですね。伯爵家令嬢なのにシュテバイン伯爵家のメイド試験を受けて、しかも不合格したから(プッ)、てっきり騎士団にも居辛くなって、とうにお嫁に行ったかと」


 この娘も受けたのか、メイド試験。体格的にはエルザよりも少し大きめだけど、エルザの方が強かったんだ。


「まさか!私はイザーク様の婚約者ですからね。シュテバイン伯爵家以外に嫁ぐ予定はありません」

「自称をつけてよね?!シュテバイン伯爵家メイドとして、聞きづてならないから」


 同じ猫系獣人なのに仲良くできないもんかね。二人の間にバチバチ火花が飛んで見えるよ。全然私のことなんか視界に入っていないよね。


「エルザ、早くそれ届けないと」


 イザークの昼食を届けにきたのに、こんなとこで時間を食ってたら、お昼の時間を過ぎてしまうんじゃないかと心配になって、エルザの持っていたバスケットを引っ張った。


「あら、それはなんです?」

「イザークのお弁当。お昼食べちゃう前に届けないとだから」


 だからエルザにからまないでねと、騎士団詰所の方へ足を向けようとする。


「なら、私が届けてあげます。部外者は入れませんから。もちろんただのメイドもね」


 キャシーは、イザークの所まで届けられるのは自分だけだと誇らしげにエルザからバスケットを奪おうとする。しかし、エルザは足音もさせない軽いステップでキャシーをいなすと、軽くキャシーの背中をトンッと押した。凄い勢いですっ飛んで行き、木に激突するキャシー。多分脳震盪を起こしたのか、立ち上がってこない。


 軽く押しただけだよね?!

 これがシュテバイン伯爵家のメイドに選ばれた実力ですね。


「あれ、大丈夫?」

「騎士は丈夫じゃないとやっていけないのよ。さ、行きましょ」


 身体もだけど、キャシーも伯爵令嬢なんだよね?立場的に大丈夫なんだろうか?


 脳震盪を起こしたキャシーを放置し、騎士団詰所につくと、石造りの大きな建物の前にイザークが立って待っていた。私達を見つけると、素早く駆け寄ってきて私を抱き上げた。


「シォリン、無事で良かった!」


 だから、ここはそんなに物騒なんですかね?貴族の馬車は襲撃でもされるっていうのかな。あんなに高い塀で囲まれてる王宮内の守りは鉄壁だろうし。いや、キャシーの襲撃はあったか。


「馬車乗ってただけだし、王宮内歩いたのだって五分もないよ」

「五分も歩いたのか、疲れたんじゃないか?ほら、ちゃんと捕まって。運んでやるから」

「いや、歩かせてよ。足の筋肉が衰えて歩けなくなるでしょうが」


 イザークは常日頃から、良く食べて良く寝ないと健康になれないぞって言うけど、適度な運動も大事なんですよ。それでなくても過労死一歩手前まで働いていた私は運動不足なんだから。

 イザークは渋々下ろしてくれたが、しっかりと手をつながれる。


「そうか?疲れたら言うんだぞ。ほら、一緒にお昼を食べよう。ゲオルグから二人分入れておいたって連絡がきたからな」

「私、中に入れるの?」

「シォリンが入れないところなんか存在しないよ。どこだってフリーパスさ」


 それはないだろう。私はただの一般庶民だ。


「イザーク様、私は女騎士団の詰所に顔を出したいのですが」

「好きにするといいよ。シォリンが帰る時に声をかけるから。それとも今日は一日俺の仕事の見学でもする? ああ、そうしよう。それがいいよ。エルザは用事が済んだら帰っていいからね」

「かしこまりました。後でバスケットだけ受け取りに参ります」


 エルザは一礼すると、足音もなく去って行った。というか、エルザってばあんな喋り方も出来たんだ。どちらかと言うと上から目線で、三人娘の中ではハスッパなお色気担当かと思っていたけど、あれなら伯爵家メイドっぽい。いや、メイドが足音消して歩かないか。


「私、イザークの仕事の邪魔にならない?」

「なる訳ない。逆に仕事が捗ること間違いなし」


 イザークに手を引かれて騎士団詰所の中に入る。

 沢山の獣人がいた。しかも、騎士団員だからかガッチリマッチョ系が多い。イザークも身長は高いが、さらにデカイ壁みたいなのとか、縦も横も厚みも半端ないのとか、とにかく圧が凄かった。ついでに筋肉が発熱しているのかムワッと暑い。(ついでに男臭い)


 イザークが入ると、ザザッと波が分かれるように騎士団員が壁際に整列した。圧巻だね。イザークに向かって敬礼しているんだろうけど、イザークは私の腰に尻尾をからめつつ(後ろに倒れないように支えてるつもりなのかな?)、満面の笑みを私にだけ向けてイソイソと階段を上る。二階の一番奥の右側の部屋がイザークの執務室らしかった。ちなみに左側は団長室らしい。


「お茶をいれよう。ほら、そこに座ってて」


 私が……と思わなくもないけど、イザークの方がこの部屋にも慣れているだろうし、何よりイザークがいれた方が美味しいのは、森の小屋時代によくいれてもらったからわかりきっていた。

 イザークがお茶の準備をしている間、私はバスケットからサンドイッチやらを出してスタンバっておいた。ついでに果物を食べやすいようにむこうとする。


「ウワァッ、ナイフなんか使って危ないじゃないか」

「大丈夫だよ」


 イザークは私の手からナイフを取り上げると、サクサクと果物をむききってしまう。

 大きなテーブルに立派な対面式のソファー。それなのに何故かイザークは私にピッタリくっついて座り、手ずから私の口にサンドイッチを運ぶ。

 あれ?十歳の子供って、食事の介護が必要だったっけ?これはもう子供扱いというより赤ん坊扱いでは?

 そんなことを考えながらも、口を開ければ入ってくる食事が楽過ぎて、異を唱えることなく咀嚼しては口をパカッと開ける。イザークは私に餌付けをしつつ、同じサンドイッチを自分の口にも放り込んでいた。


 私の口の中にサンドイッチが入った瞬間、ノックもなしにドアが開いた。私は口を大きく開けた間抜け顔で、イザークはさっきまでの上機嫌が一気に下降し、眉間に皺を寄せて入ってきた人物をジロリと睨んだ。


「団長、ノックくらいしてくれないかな」

「なになに、見られたらまずいことでもするつもりかよ?」

「……」

「ウワッ、肯定も否定もしやがらねぇ」


 入ってきたのは、イザークよりさらに背が高く、筋骨隆々とした「ザ•男!」と言うような厳しいワイルド系美丈夫だった。浅黒い肌にもっさりとした黒髪を後ろに撫でつけ、無造作に一つに縛っている。その頭には熊耳がピクピク動いていた。年齢は私と同じくらい?二十半ばから三十といったところだろう。


「で、そのかわい子ちゃんは誰だ」


 ワイルド系美丈夫にウィンクされ、顔がボンッと赤くなってしまう。平々凡々な顔面偏差値の私は、男性の垂れ流す色気には耐性がないのだ。ウィンクなんて、されたこともしたこともない。イケメン恐るべし破壊力!


「見るな、減る。確かにうちの子は可愛らしいけどね。あ、これはうちの隊の団長ね」

「これはねぇだろ。しかも名前すら教えないとか、おまえ心せめぇな。俺は第七団隊団長のアイン•ベザストン」

「はじめまして。私はシォリン•キャンザクです」


 立ち上がって挨拶をしようとしたら、イザークに腰を抱かれて膝の上に乗せられた。何故だ? 


「キャンザク?そんな家名あったか?」

「シォリンはザルツイードの国民じゃない。カサーギに運ばれてやってきたんだ。どこか小国の出身なんだろうけど、俺が保護したからシュテバイン伯爵家預かりだ」

「保護ねぇ……」


 イザークにしたら保護対象の子供でしかないんだろうけど、さすがにこれは恥ずかしい。下ろして欲しくてモゾモゾしていると、さらにしっかりと後ろから囲まれた。


 そこにノックの音がして、イザークが返事をすると、犬獣人の騎士団員がドアを開けた。イザークを第一騎士団の団長が呼んでいるとのことだった。


「あー、行って来い、行って来い。王太子の誕生日祝賀パーティーの件だろうよ」

「団長が行けばいいんじゃ」

「ご指名は副団長だってさ。ムサ苦しい俺に用はないんだと。さっさと行けよ。子守りは任せろ」


 イザークはブツブツ文句を言いながらも、「すぐ戻ってくるからね」と私の頭をポンポンと撫でて部屋を出ていった。

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