第9話 初めてのお使い 1

 イザークに屋敷の仕事をするのは禁じられた。屋敷のみんなにも、私には使用人の仕事はさせないようにと、くどいくらい言い聞かせたらしい。


 そんな私の一日は、すごーく暇•暇•暇の一言に尽きる。


 朝、イザークと同じ時間に目覚めて一緒に朝食をとる。

 騎士団の制服に着替えたイザークをお見送りすると、遊んでいてくださいとイザークの寝室の続き部屋になっている遊び部屋に突っ込まれる。

 何もすることなく(積み木で遊べと言われても……ねぇ)お昼をむかえ、運ばれてきた食事を一人で食べる。

 お昼寝を強いられ、寝れないけど横になる。この時は遊び部屋の小さいベッドね。

 夕方起こされ、メイド三人娘の誰か一人に付き添われて庭の散歩。

 夕飯も一人。イザークは仕事が忙しいらしく、私の夕飯の時間には帰ってこないから。

 お風呂に一人で入り、就寝。


 最初はさ、あまりのお気楽さ加減に天国かと思ったよ。元の世界ではザ•社畜な生活を送っていたからね。おかげさまで少し肉付きも良くなったかもしれない。太腿と太腿の間の隙間が若干少なくなった気がするし、痩けていた頬もまぁ普通くらいにはなったかな?


 でもさ、こんな生活は三日もすれば飽きるのよ。

 三週間たった今じゃ、ウンザリもいいとこ!


「ゲオルグさん、暇過ぎです!」

「ですから、ゲオルグとお呼びください」

「ゲオルグさん、暇、暇、暇なんです!ギブミージョブです」

「ギブ?なんですか?」

「お仕事をくたさいってことです」


 私は忙しく動き回るゲオルグの後をついて歩いた。迷惑ですよね、すっごくわかります。お忙しい人の邪魔をするのは心苦しいんですけど、もう我慢も限界なんです!


「ですからね、イザーク様からシォリン様には使用人のするようなことはさせるなと、きつい御達しがありましてですね。私共も主の命令には逆らえないですから」

「そこをなんとか!イザークには内緒にするから」

「バレたら殺されます」

「まさかぁ」


 大袈裟だなぁと笑うと、ゲオルグは真顔で「真です」とうなづく。


「でも暇過ぎて死にそうなの!」

「死……それは駄目です。困ります。国が滅ぶかもしれません。あぁ、でも真っ先に私が殺されるだろうから、その後の心配など無用なのか」


 ちょっと意味がわからない。

 ゲオルグはブツブツつぶやいていたかと思うと、ふと私の胸元に目を向けた。

 やん、乙女(という年齢ではないけど)の胸元を覗くなんて、見た目によらずムッツリですな。

 膨らみも谷間もございませんけどね。


「それ、イザーク様の魔石ですね。見せていただいても?」

「いいよ。ただ、なんでか外れないんだよね」


 そう、イザークに貰って首にかけたペンダントだったが、何故か留め金が開かなくなっちゃったんだよね。頭が抜ける長さがないから、結局つけっぱになっちゃって。


 ペンダントに手を伸ばそうとしたゲオルグは、バチッと音がしてしゃがみこんでしまった。なんか、いつも綺麗に整えられているゲオルグの白い髪が見事に逆だっている。静電気?下敷きとかで頭を擦ったときに髪が立つみたいになっていた。


「えげつないですね。守りの結界付きですか。ウワッ、居場所探知の魔法までついてる。執着が駄々漏れじゃないですか。転移の魔法陣まで組み込まれて……。博物館でも見たことないですよ。国宝級じゃないですか」

「そんな凄いの?日常生活に役立つ便利グッズかと思ってた。イザークに返した方がいいかな」


 トイレ流せたり、お風呂にお湯をはれたり、電気の点灯や消灯も自由自在。魔法がないと生活できないこっちの世界で、本当にお世話になりっぱなしなのがこのペンダントだ。


「いえいえいえ、是非にシォリン様がお持ちください。これがあれば大丈夫ですね。では、メイドをつけてお使いをお願いいたします」

「お使い?」


 庭園に出るのさえ細かく注意されるのに、まさか街に出られるとは思っていなかった。王都についた時にはすっかりイザークの頭を抱えて爆睡していたし、異世界のしかも一番栄えているだろう王都を見てみたかったんだ。


「歩いて行くんだよね」

「まさか!馬車をお出しします。目的地までは決して下りてはなりません」

「エーッ!観光は?」

「お使いですから」


 そうか、遊びじゃないんだもんな。仕事もらったんだった。


「観光は、イザーク様がお休みの時にお願いしてみてください」


 イザーク、この三週間休みなしなんですけど。私の勤めていた会社もかなりブラックだったけど、騎士団も大概ブラックだよね。まぁ、もしかしたら私が知らないだけで、お休みの日にデートとかで出かけてるだけかもしれないけどさ。イザークだって遊びたい年齢だろうし、十代男子なんて性欲の塊だろうし!私はよくわからないけど!


「そんなに観光したいですか?」


 私が急にムスッとしたせいか、ゲオルグが私の顔色を伺うように覗き込んでくる。

 まずった。

 なんでかな?急にイライラしちゃったよ。


「気分転換できるだけありがたいですよ。で、お使いって?」

「騎士団詰所にイザーク様の昼食を届けていただきたいんです」


 この世界に来て、初めてのお使いってやつだ。頭の中で某TV局の某番組の挿入歌が流れる。しょげませんよ!きっちりやり遂げてみせますとも!


「了解しました!」

「あ、じゃあ……エルザ、シォリン様について騎士団詰所に行ってきてください。くれぐれもも、シォリン様に危険がないように」


 ゲオルグは、ちょうど通りかかったエルザに声をかけ、何度も何度も私を無事に屋敷に戻すように言い聞かせた。


 何?そんなに言わないといけないくらい王都ってのは無法地帯なの?子供が一人で歩いたら誘拐されるとか?


 それから大きなバスケットにサンドイッチやサラダ、フルーツなどを詰めてもらい、それを持ったエルザに付き添われて屋敷の正面玄関からシュテバイン家の馬車に乗り込んだ。

 馬車は凄く快適だったけれど、窓のカーテンは開けてもらえなかった。


「ね、王都ってそんなに治安が悪いの?」

「いや別に普通だけど」

「じゃあ、カーテン開けたら駄目?街を見てみたいんだよね」

「駄目!ゲオルグさんから言われてるから。それにしても、本当あんたって何なの?」


 何なの?と言われても……。イザークに拾ってもらった異世界人ですとは言えない。


「イザーク様の番じゃないのよね?」

「違うに決まってるじゃん」

「それにしては扱いがVIPなのよね。伯爵様の隠し子とか?でもシュテバイン伯爵様御夫婦は番同士だから仲はよろしいって噂だし。番がいて浮気なんかねぇ。それか、イザーク様の兄上様方のてどなたかのってこともあるのか。叔父甥の関係とか?」

「全くの赤の他人だよ」

「だってあんた、イザーク様と同じベッドに寝てるでしょ。まぁ身体の関係はないみたいだから、恋愛関係じゃないんだろうけど。番でもない、恋愛関係でもない、親戚でもないなら、なんだってあんたはそんなにイザーク様に大事にされてるのさ?」


 身体……?!

 いやいやいや、二十六歳女子だけど十歳少年って思われてるからね! 


「男同士だよ?!(違うけど)」

「だから何よ?男同士だって夫婦になれるでしょ」


 そうだった。この世界ではそれも普通なんだっけ。

 確かにイザークは優しいけど、その手のアプローチはされていない……筈だ。ただの子供好き?責任感の固まりだとか? 


「その洋服だってさ、平民なら着れないよね。貴族の子供御用達のブランドじゃん。一着で私の給料何ヶ月分よ」

「ゲッ?!マジで?」

「そうよぉ。それに、私達がお屋敷に雇われたのだって、メイドっていうより多分あんたの護衛じゃないかしらね」

「どういうこと?」


 エルザは鋭い爪同士をカチャカチャいわせながら鼻を鳴らした。


「だって私もミラもアイラも前職は騎士だもん。女騎士団の宿舎にシュテバイン伯爵家のメイド募集の貼り紙が出たの。だから、応募したのはみんな女騎士ばっかだったのよ。当たり前だけど、みんなイザーク様狙いよね。同じ騎士ったって、対して接触なんかないじゃない?屋敷のメイドならお目にとまる可能性もあるって、みんな目の色かえてたわ」

「イザーク……モテモテだね」

「あったりまえよ。多分女騎士の八割はイザーク様狙いだから。あ、残りの二割は番持ちよ。あの桁外れの魔力、剣技だって体術だってこの国で負けなしなんだから。ハァー、本当に素敵過ぎる」


 エルザはうっとりとした目つきで、せつなそうに自分の身体を抱きしめている。


「で、イザーク狙いの他の女騎士をおさえてエルザ達がメイドの座を勝ち取った訳だ」

「そうよ。ほんとーに熾烈な戦いだったわ」


 エルザは一瞬遠い目をした。


「ちなみに、選ばれた理由は?どんなことしたの?面接とかメイドの心得的な筆記試験とか?実技もあった?」


 ベッドメイク選手権とか、掃除のタイムアタックとか、テーブルクロス引き……はないか。


「そんなのある訳ないでしょ」

「ですよね」

「剣術、体術、魔力測定。毒耐性毒認知もあったかしら。ガチの総当たり戦は死ぬかと思ったわ。模擬試合じゃなくて、真剣使わされたし。私はプラス隠密能力を買われて合格したのよ」


 エルザはどうだと言わんばかりに胸を張っている。うん、立派なお胸だと思いますよ。女の私でも顔を埋めたくなるくらい。

 それにしてもシュテバイン伯爵家、メイドに何を求めているんでしょうか?かなり謎過ぎる。


 そして、うちのメイド三人娘は最強だってことは理解しましたよ。

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