第5話 私にできること?

 庭でゲオルグに会った後、良い機会だからと私はお屋敷の使用人の人達に挨拶した。


 屋敷を取りまとめるゲオルグ。料理人のステバン(象の獣人)。メイドはメイド長のマーサ(鼠の獣人)に若いメイドが三人。黒髪のエルザ(猫の獣人)、茶髪のミラ(猪の獣人)、金髪のアイラ(ライオンの獣人)だ。ゲオルグ、ステバン、マーサはずっとこの屋敷にいた使用人で、若いメイド三人は今回イザークと私が屋敷に住む為に雇い入れたらしい。


 それを聞いて申し訳なく思ってしまう。よし、私にできることはやらせてもらおう!

 森の小屋にいた時はイザークが全部やってくれていた(私も勝手がわからなかったし)けど、私だって一人暮らし歴は長い。やってやれないことはない。(得手不得手はおいておこう)

 でも、ゲオルグは全体的に忙しそうで声をかけにくいし、ステバンはあんなプロフェッショナルな料理の手伝いなんかできなさそうだ。マーサは、イメージ的にキビキビしていてちょっと怖い。という訳で、メイド三人娘に声をかけることにした。


「あの……何か私に手伝えることはないかな? 」

「手伝いですか? 滅相もない。伯爵家の方にお手伝いなんて」(アイラ)

「そうですよ、ねえ? 」(ミラ)

「それに欠人に手伝いなんかさせて、もし怪我でもしたら。欠人はすぐに死んじまうそうじゃないですか」(エルザ)


 この世界の「欠人」はよくわからないけど、私は丈夫です。怪我や病気なんかで寝込んでいたら、生活できなかったからね。滅多に風邪もひかなかったよ。


「私は伯爵家の人間じゃないですよ。たまたまイザークに拾われただけで」

「そうなの? じゃあ貴族じゃない?従僕候補か何かかしら? 」


 私が頷くと、三人娘は明らかに態度を軟化させた。


「なんだ、てっきり伯爵家関係の人だとばっかり。それじゃあんた、軽々しくイザーク様を呼び捨てになんかするんじゃないわよ」(アイラ)

「そうよ、馴れ馴れし過ぎ! イザーク様はみんなの憧れの存在なんだから、いくら専属の従僕候補だからって主従はしっかりしないと」(ミラ)

「全くだわ! 私達だってまだ直にお話しできてないんだから。というか視界にも入れて貰えてないし! 」(エルザ)


 それからどんなにイザークが素晴らしいか、見た目だけじゃなくその桁外れな能力と仕事ぶりについてまで話しだした。


 国家魔術師を遥かに凌駕する魔術量、騎士団団長レベルの剣技、宰相も狙えるくらいの頭脳だとか……。第一、十九歳にして騎士団の副団長になることすら例がないことらしい。しかも、騎士団入団一年にして、すでに副団長に任命されていたとか。団長にならないのは、ただ年齢が若過ぎるせいで、実力は団長を超えているって、私の保護者ってばチート過ぎませんか?


 そんなイザークは王都中の女子の憧れの的であり、誰もがイザークを籠絡しようと虎視眈々と狙っているらしい。さすが獣女子。肉食系だね。

 かく言うメイド三人娘も、正妻は無理でも妾……一夜の過ちでも良い!と、この屋敷のメイドの座を獲得したんだとか。苛烈な戦いが水面下であったとかなかったとか。しかも、かなり体当たり的なアプローチもしているようだが、アウトオブ眼中も良いところらしい。


「あんた、どうやってイザーク様に取り入ったのよ?! 」

「そうよ、教えなさいよ! 」


 どうやってって……。


「カサーギっていう魔物に攫われて(本当は竜巻だけどね)、あの木くらいの大きな木のテッペンに落とされたらしい。それをイザーク……様? が助けてくれたんだって。私は気絶してたから覚えてないけど」


 三人娘の顔がひきつる。


「わ……私もイザーク様と親しくなれるんなら、魔物の一頭や二頭……」

「エルザ、食われて終わるわよ。その手は無理よ。私達には使えないわ」


 三人娘が悔しそうに歯を食いしばる。歯がギシギシ鳴ってますけど、歯割れちゃうんじゃないかな? 顎の力も半端なさそうだ。噛みつかれないように注意しないといけないね。


「……あの、で、私にできることは?」


 雑巾と桶を渡され、窓拭きをしておいてと言われた。これ以上肉食系三人娘と関わると、イザークへの夜這いに協力しろとか言われそうで、どうやってイザークに取り入るか言い合う三人は置いておいて、窓拭きをする為にとりあえず廊下へ向かった。


 入って良い部屋と駄目な部屋の区別がつかなかった為、まずは廊下の窓を全て拭こうとし、その窓の大きさに愕然とした。私の身長じゃ窓の下半分くらいしか拭けないのだ。屋敷自体が獣人仕様だ。そりゃ窓も大きいよね。三階建ての屋敷も、私から見たら五階建てくらいの高さだしな。椅子に乗っても届かないんじゃなかろうか?

 まずは脚立を探さなくてはと、とりあえず物置を探す。けれど、まぁこんな大きな屋敷だ。簡単に見つかる訳がない。屋敷を彷徨いていると、猫耳のエルザに遭遇した。


「エルザちゃん、丁度良かった。脚立どこにあるかな」

「あんた、年上にちゃん付けはないでしょ。エルザさんって呼びなさいよ」


 どう見ても十代に見えるが、まさかのアラサーなんだろうか?


「エルザさんて二十歳超えてるの?」

「そんな訳ないでしょ! まだ十六よ。あんたより六歳も年上なんだから敬いなさいよ」


 あぁ、そうか。十歳設定だった。


「エルザさん、脚立のある場所教えてくださいな」

「しょうがないわね、ついてらっしゃい」


 一階の階段の下に小さな扉があり、階段下が掃除道具の収納になっていた。


「これよ」

「重……い」


 渡された脚立は私の体重くらいありそうで、これを持って三階まで上るとか、無理ゲーではないでしょうか?

 私がなんとか引きずりながら運ぼうとすると、エルザが脚立をヒョイと肩に担いだ。


「さすが欠人。ひ弱過ぎ」


 あなたが逞し過ぎなんです……とは言わない。ニッコリ笑ってありがとうとエルザの後について行く。


 一階の一番奥の窓に脚立を設置してもらう。


「いい、脚立引きずって床を傷つけるんじゃないわよ」

「努力します」


 脚立ってさ、一番上には乗っちゃいけないんだよね。跨ぐみたいにしないといけないの。それは知っているんだけどさ、届かないものはしょうがないじゃん。脚立の一番上に乗って、背伸びしてなんとか窓の上側にかするくらいなんだよ。しっかり擦りたいけど、指先で雑巾を引っ掛けるようにしてなんとか窓上半分を拭き終えた。この窓があと……。数えると気が遠くなった。


 私達がくる前、三人娘までいなくて、たかだか三人でこの屋敷を管理維持していたとか、凄いプロフェッショナル過ぎやしませんか。


 あ……、高さに目眩が……。


 一生懸命上だけを見て掃除していたせいか、下を見たらクラッとして身体が傾いだ。そのままバランスを崩して脚立から落ちてしまう。

 こういう時って、本当にストップモーションみたいに感じるんだね。妙に冷静に考える自分がいた。ここから落ちても死にはしないけど、怪我はするだろうなとか、凄い音がするだろうから、忙しいみんなの手を止めてしまうなとか。鈍臭い自分にイザークは呆れないだろうかとか。ほんの一瞬の筈なのに色んなことを考えて、床に激突する衝撃に身体を固くした時、床よりは柔らかくて温かい物体に包まれた。


 この匂い……。


「何をしてるんだ! 」


 予想通りの声がして、顔を上げると見慣れた顔が間近にあった。ただ、いつも笑顔のその顔が怒りでか強張っており、尻尾はピンッと立って毛が逆だっていた。


「窓を拭いてたら落ちちゃったよ」


 笑って欲しくて、少し軽い口調で言う。鈍臭いな、何やってんだって軽く流して貰えるように。


「ゲオルグ!!! 」


 窓が震えるくらいのイザークの大声に、バタバタバタと使用人達が集まってくる。


「なぜシォリンが窓拭きなんぞしてる?! 」

「窓拭き?? 」

「脚立なんぞに乗せて、もし怪我などしたらどうするつもりだ! 」


 ビリビリとしたイザークの怒りのオーラに、使用人全員が硬直して動けなくなっていた。


「違うよイザーク様、私が自分から……」

「イザーク?! シォリン、なぜ俺になんかつける?! 」

「えっ、だって、凄い人だって聞いたから」

「イザークだ! など不要! 誰だ、余計なことをシォリンに吹き込んだ奴は?! 」


 メイド三人娘が蒼白になって縮こまる。

 イザークが何にこんなに激怒しているかはわからないけれど、原因は全て自分にあるということはわかる。しかも、私に対して怒ってくれれば良いのに、怒りの矛先が使用人達に向かってしまっていた。


「イザーク、ごめんなさい! 私が悪かったの。ただお世話になっているのが申し訳なくて、何かできることをしなくちゃって。窓も満足に拭けないなんて情けないよ。みんなはイザークのことを褒めただけなの。それ聞いて、私が勝手に呼び捨てなんかしちゃ駄目だって。全部全部、私が考えてしたことだから」


 だから誰も怒らないで! と、イザークの首にしがみついて言った。ギューギューにしがみついていると、イザークの怒りのオーラがおさまってきて、いつの間にか尻尾もペタンと下がり、大きな耳も伏せられていた。


「……ビックリしたんだ」

「うん」

「小さなシォリンが真っ逆さまに落ちるのを見て」

「うん」

「死んでしまうんじゃないかって」

「死なないよ。イザークが助けてくれたじゃん」

「俺は……。みんな悪かった。取り乱した。仕事に戻ってくれ」


 ゲオルグがイザークに向かって頭を下げてから、私が使っていた道具を片付け始めると、皆が自分の仕事に戻っていった。


「シォリンは何もしなくていいんだよ。うちに……俺のそばにいれば」

「そういう訳にいかないでしょ。働かざる者食うべからずだよ」

「なんだ、それ? 」

「私が住んでいたところの諺? 格言? 働けるのに働かない人は食べたら駄目だよって意味かな? だから私は食べる為に働きたいんだ」

「シォリンが働かなくても、俺が働いてるから大丈夫」


 イザークは両手両足尻尾まで使って私を囲い込む。私のことを子供だと思っているからか、イザークは私に凄く過保護だ。


「でもさ、やっぱりいつかは……成人したら(もう立派な成人なんだけど)?独り立ちしないとじゃん」

「そんな心配しなくていい。欠人が一人で生きていける筈ないんだから」


 確かに、この世界は私のいた世界とは違いすぎる。体格からして違うし、獣人達ができることがほとんどできないってのは、悲しいかな真実だ。

 でもだからってイザークにおんぶに抱っこは絶対に違うよね?


 私は私にできることは何だろうと考えるようになり、イザークはなぜかそんな私にベッタリになっていった。

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