第2話 この世界は?
「おかわりもあるよ。もっと食べな」
「もうお腹いっぱいで……」
「遠慮しちゃ駄目だよ。大きくなれないぞ」
目の前に恐竜もどきを見た私は……気絶しなかった。人間って凄いよね。どんな状況でもお腹が減るんだよ。悲鳴を上げる前に、お腹の虫が盛大に騒いだんだから。
で、イザークの作ったシチューと白パンをご馳走になっている訳だ。
イザーク、このイケメン犬耳お兄さんのことだ。いや、実はお兄さんではない。私のこと年下扱いしてくるから、てっきり年上かと思いきや、十九歳だって。七つも年下だよ。
イザーク・シュテバイン、森の守護者って言ってたけど、ちょっとよくわからない。森の管理人みたいなものだろうか? 副業で魔獣退治をしているとか、ナンチャラ団のナントカ(長ったらしい名前でいまいち理解できなかった)に所属しているとか。色々話してくれたけど、彼のことを理解するより現状把握にいっぱいいっぱいで、ちょっとその辺りは落ち着いたら再度聞こうと思う。
あのカサーギという恐竜モドキからもわかるように、ここは私の知っている日本……地球ですらないようだ。
ここは、この森を含めてザルツイードという国で、沢山の種族が集まった連合国みたいなものらしい。ザルツイード合わせて世界には大国が五つあり、その他小国は数え切れないほどあるということだ。地図とかはないそうで、アバウトに位置関係を紙に書いてもらった。
竜巻に巻き込まれて異世界転移とか、まぁラノベとかではよく聞くお話……現実には有り得ないと思っていたけどね。現実的かどうかはさして問題じゃない。だって、今私がいるのはここ(ザルツイード)だからさ。
で、世界が違えば常識も違う。
まずは常識の擦り合わせが大事だと思って、他にも沢山質問したよ。
まず、一番気になっていた魔法の存在。これはアリだった。王族とか貴族とかは稀に桁違いの魔力を持つ場合もあるらしいけど、一般人は生活魔法みたいな感じで、指先からライターレベルの炎が出るとか、蛇口のないところでコップに水が注げるとか、髪を乾かすくらいの風を起こせるとか、ちゃちいなオイッというレベルらしい。そんな魔法を使うよりは、自力で動いた方が速いということで、魔法は生活の補助的な役割しかないそうだ。
それでも魔法なんかお伽話だよって世界から来た私にしたら、大興奮するレベルなんだけどね。イザークに火を出してもらい、拍手喝采で誉め讃えた私に、戸惑いがちに照れていたイザークはイケメンのくせに可愛らしかった。
生活魔法の他に身体強化魔法というのもあるらしいが、走るのが速くなったり力が強くなったり身体が硬くなったりするらしい。元から身体能力が高い彼らには、特別な状況にならない限り使わない魔法なんだとか。
第二に、イザークの頭についている耳。異世界ならばアリなのかと、「あなたは獣人ですか? 」って聞いてみた。もしも「趣味で犬耳カチューシャつけてます」なんて返されたら、異世界だろうが「お邪魔しました」ってお暇していたよ。とっても似合ってはいるんだけどね。
「獣人」って言葉は理解されなかったけど、イザークみたいな人(獣耳獣尻尾)がスタンダードな「人」で、逆に私みたいにツルンとしてる(お胸じゃないよ! )のが「欠人」と言うらしい。ケツビト……、ちょっと、かなり嫌だ。だから、私の中ではイザーク達は「獣人」、私は「人」でいこうと心に決める。
で、獣耳獣尻尾なしの人間は、少数ではあるけど突然変異的に生まれるらしい。彼らは全てにおいて虚弱で、身体能力は赤ん坊レベル、魔力0、病弱、極めつけは獣人の本能と呼ばれる「番」認識能力が欠如しているらしい。
「番」設定来たァァァッ!
唯一無二、本能で引き合う相手、出会ったら最後離れられない、それが「番」ってか。
「イザークさんは番はいるの?」
「……今のとこまだ。イザークでいい。敬称はいらないよ」
「やっぱ、出会ったら最後、離れられないみたいな感じなのかな?」
「まぁ、無条件にひかれるって話。でもある程度距離を置けばなんとかなるらしいけど」
「距離? 」
「番」は出会えたらラッキーなくらい遭遇率は低く、近くにいれば何となくいる方向が分かるけど、物理的距離が開けばわからないし、「番」を求める焦燥感みたいなものも薄くなるとか。「番」に出会う前に家庭をもった人なんかは、「番」に出会わないように常にアンテナを張り巡らせ、物理的距離を開ける努力をするんだって。
異世界の私にしたら関係ない情報かもしれないけど、ラノベ愛読者としては獣人とか番とかは浪漫だよね。もちろん魔法も。
「シォーリはどこでカサーギに攫われたの? 親は? 」
「シ•オ•リね。……どこかな、道端?地名はわからない。でも、この国ではないみたい。私の国にはイザークみたいに耳や尻尾のある人はいなかったから。親は……小さい時に事故で死んじゃったかな」
「じゃあ、今までどうして生きてけれたの?欠人が大人の保護もなく生きられないだろ」
「欠人」ってそんなに弱い存在なのか。果たして私は一人で生きていけるんだろうか? あんな恐竜みたいな生き物が普通にいる世界で。
「親が死んでからは、叔父さんちにお世話になってたよ。働けるようになったら家を出されたけど」
「働けるって、無理だろ?! まだこんなに小さいのに! 」
イザークは憤ったようにテーブルをダンッと叩いた。テーブルがミシッていったけど大丈夫か? ヒビ入ったような……テーブルがね。
私がビクッと震えると、イザークは慌てて笑顔を作り私の頭を撫でた。その動作が小さい子にするみたいで、なんかこっ恥ずかしい。もしかして、私のこと大人だと思ってない?
2メートル超えのイザークから見たら、身長150センチの私は子供にしか見えないかもしれない。
「……そんなに小さくもないよ」
「だって、まだ十やそこらだろ。保護者が必要だよ! そりゃ家業の手伝いとかで働いてる子供がいない訳じゃない。でも欠人でそれは有り得ない。すぐに死んでしまう」
十歳に見られてたのか。ビックリだ。二十六歳なんですけど……とは言えない。助けてくれたイザークに嘘をつくようで申し訳ないんだけど、大人ですから一人で生きてくださいなんて放り出されたらたまったもんじゃないから否定も肯定もしない。狡い大人な私を許してちょうだい。
「私……どうしたらいいかな? 」
「家を追い出されて途方に暮れていたところをカサーギに攫われたのか。欠人を追い出すような非人道的な奴のとこには戻せないし、第一どこの国かわからないとな……。小国なら欠人だけの国もあるのかな? 聞いたことないけど」
何やら悩んでくれちゃってるイザークは、本当に良い獣人なんだろう。見ず知らずの私を助けてくれたり、自分のベッドを提供してなおかつ美味しい食事までご馳走してくれる人が悪い人な訳がないもんね。見た目がイケメンな上に、性格まで極上とか、天は二物以上与えるもんだな。
どうか、私がこの世界で無事に生き延びられる術を考え出してくれ! と、私は黙ってイザークを見つめた。
私がジッと見ていたせいかわからんけど、イザークの耳が半端なく動いていて(ちょっとした挙動不審? )、尻尾がバタバタと座っている椅子を叩いてしまっている。尻尾、痛くないのかな? というか、獣耳も可愛いけど尻尾も魅力的過ぎる!!
あの尻尾、後で触らせてくれないかな? 子供のふりしてじゃれついたりしちゃおうか。
「孤児院みたいなとこはないのかな?(児童ではないのですがね)」
「なくはないけど、欠人は需要がないうえ、育てるのが大変だから受け入れて貰えないかも」
孤児の需要って何だ?!
一瞬、人身売買とか奴隷みたいな物騒なことを考えてしまった。異世界転移して奴隷落ちとか、それはそれで鉄板なのか?! と顔色を悪くする。
後で知った話、この世界は異種族婚(違う獣性を持つ者同士の結婚)はもちろん、同性婚すらアリなんだって。異種族では子供はできにくく、さらに同性は当たり前だけど子供はできない。ただ、異性婚の場合は多産が常なんだって。一度に三人四人当たり前、しかもそれを数回繰り返すと、子供が十人以上なんてザラで、育てきれない子供は孤児院に預けられ、子供ができない家庭に養子縁組されるらしい。
つまりは、孤児を育てる機関というより、孤児院は養子斡旋機関のようなものみたい。引き取る方だって、自分達と同じ獣性の子供を引き取りたいだろうし、わざわざ育てにくい「欠人」は需要がないから孤児院でも敬遠されるってこと。
「あぁ、そんな顔しなくても大丈夫。子供は心配なんかするもんじゃない。俺がちゃんとしてやるから」
ちょっと強めに頭を撫でられ、この手に縋りたくなる。もうこの際十歳になりきってしまおう! 二十六のいい年した社会人のすることじゃないけどね。こんなイレギュラーな事態を生き残るには、子供の真似だってなんだってしてみせましょうとも!
私は十歳! 十六歳サバを読むことにした。
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