竜巻の向こうの世界はオズではありませんでした
由友ひろ
第1話 出合い
社畜……会社に飼い慣らされいる畜生のような人間。うん、まさにそれだな。
サービス残業当たり前、毎週の休日出勤ですでに何連勤かも覚えてない。でも、一応正社員。最低限の福利厚生にボーナスなんて子供のお小遣い程度、それも出れば良い方で、昇給なんて入社して一回もない。
こんなブラックな会社辞めてやる!……とならないのは、今の御時世再就職なんて無理中の無理だからだ。
生きて行く為にはお給料が必要なんだよ。住む家も、電気ガス水道も、もちろん着る物に食べ物も、お金がなければどうにもならない。
頼れる実家なんてものは、記憶にすらない。5歳の時に両親は交通事故で死亡。その保険金やら何やらは私の学費や生活費ですでにないと、私を引き取った叔父夫婦に高校の時に言われた。大学に行くんなら自力で、高校卒業後は自立しろと、高3の卒業式の日に追い出された。まぁ、義務教育で放り出されなかっただけよしとしよう。
大学は気力で行ったよ。奨学金(返済はマジきつい)と寝る間も惜しんでアルバイトしてさ。就職氷河期に勝ち取った就職先は、前述のようなブラック企業で、さらにセクハラ・パワハラ•モラハラ当たり前。私に関してはセクハラはないけどね。ハハハ、何せ全体的に生活苦が滲み出ちゃってるから。
全く丸みのない身体つきは、大学の時の貧乏時代のせいというだけでなく、叔父宅での生活に起因していると思う。たまに食事を抜かれたり、明らかに量が違ったりと、今思うと虐待かなって思わなくもない。もう関係しない人達だからかまわないんだけど。
そんな栄養失調気味な身体は、まぁ、触りたいとは思えないんだろうね。触られたくもないから、お互い良かったねって感じ。
スレンダー(良い言葉だ。何となくカッコイイ)な体型でも、見た目が可愛けりゃ食指も動いたのかもしれないけど、ありがたいことに私はごくごく普通。可もなく不可もなく、ちょいツリ目で細めだけどかろうじて二重(たまに奥二重)で、鼻は低いけど団子ではない。口はまぁ、歯医者さんに喜ばるくらいの大きさはある。
何事もポジティブに。
それを信条に生きてきた私なんだけど、ただいまポジティブになり難い状況に巻き込まれようとしていた。
万年疲労困憊の身体を酷使して、何とか終電に間に合って良かったと、最終電車に駆け込んだまでは良かった。たまたま目の前に座ってた人が降りたら、あと二駅だろうが座っちゃうよね。
一秒で爆睡。
気がついた時には、最寄り駅を三駅も過ぎていたよ。
しかもさ、下りの最終だったから上り電車はもう終わってんの。
三駅、微妙な距離だよね。歩けなくはない。タクシー乗るのももったいないし、しょうがないと諦めた。ドンヨリとした曇り空で、月も星も見えないけど、雨降らないだけラッキーだよねと、田舎道を歩き出した。
でもさ、田舎の方の一駅ってなにげに遠いのよ。後悔してきた時には辺りには車も通ってないし、駅に戻ってタクシー捕まえるには歩き過ぎた。
「……詰んだな」
ため息を吐き出して、うつむくのが嫌だったから逆に空を見上げた。
見上げて……後悔した。
なんかさ、雲が変なんだよ。
ぶ厚い雲の一部が、地上に引っ張られるように伸びてきてるの。円柱状の雲の塊が、しかもなんか回転してるように見えるんですけど。
「……竜巻? 」
否定も肯定もされない。だって一人だから。周りには人もいないし、建物も点在してるけど遠い。つまり、身を隠す場所も逃げ込める家もない。
ただア然と空を見ていると、竜巻らしき物体は、グングン地上に伸びるように近づいてくる。しかも私のいる方向目指して。
ここ日本だよね?!
人が飛ばされるくらいの竜巻なんか起きないよね?! 私、ドロシーじゃありませんから!
凄まじい音と、目も開けられない土埃の中、多分……私は竜巻に巻き上げられたらしい。というのも、浮遊感と共にスコンと意識も飛ばしたから。
この状態で気絶しないで実況中継できる人がいたら、無茶苦茶リスペクトするよ。私には無理だった。
★★★
なんだろう、良い匂いがする……。
グ~〜〜ッ!
自分のお腹の音で目が冷めた。いや、この良い匂いのせいだろうか?
ご飯の良い匂いで目が覚めるなんて、生まれて初めてかもしれない。叔父さんちでは朝はご飯なかったし、一人暮らししてからは自分で作らないとだから、逆に匂いがしたら誰がいるんだよって話で恐怖だ。
うん?
で、誰が料理してるの?
バチッと目が開いて、目に入った天井は見慣れた天井ではなかった。それにうちは布団だ、せんべい布団。それがフカッとした大きなベッドに寝ている。キングサイズ? とにかくデカイ。衝立みたいなのがあって、その向こうに湯気が見えるから、料理はあの向こうで作っているんだろう。
で、誰が?
恐る恐る起き上がり、布団をめくって自分の格好を確認する。だってさ、いくらセクハラ被害に合わない見てくれだとしても、一応年頃の乙女ですからね。たまたま趣味趣向が私の見た目に合致する男性もいるかも知れないしさ。
スッポンポンだったらどうしよう?!なんて悩む間もなく、昨日着ていたパンツスーツそのままの姿で乱れたところはどこもなかった。ちょっとかなりボロボロではあったけど。
「起きたのか」
衝立の上からニュッと顔が覗いた。
「ヒッ……」
いや、ゲテモノが出てきた訳じゃないよ。衝立の上からってのに驚いたの。だって、衝立だけでも170センチくらいあるんだよ。そっから顔が出るって2メートル以上? いや、台かなんかに乗ってるのかな。
衝立を回り込んで目の前に現れたのは、そのまんま2メートル強の大男だった。
デカイ! 細マッチョ! 顔面偏差値高ッ!
フワフワ波打つ銀髪の腰まで長いロン毛を一つに縛り、金色がかった茶色い瞳にバッチリ二重の目をした彫りの深い男が立っていた。手足の長さ、筋肉の付き方、全てが黄金比なんじゃないかっていうバランスの良さ。日本人じゃないのは見るからにだけど、同じ人間だというのが恥ずかしいレベルだ。そして、デカイのにカワイケ(可愛い系イケメン)ってアリなんだな。
「気分はどう? 飯は食べれるかな?」
ウオッ! 声までカッコイイ!
骨格? 声帯? までイケメンなの?! 眼福ならぬ耳福だァッ!
「言葉がわからない? 」
男の耳がへニャリと垂れる。
耳? あれ、耳?
頭の上に尖った大きな耳……犬とかについてる耳みたいなのが、今はペッタリ垂れている。ハロウィンの仮装かな? 動かせるとかよく出来てる。
ハロウィンは来週の筈だけど、ちょっとフライングしちゃったのかな。似合ってるけど。
それより、この人日本語上手だな。
あ、理解できてること言わないとだよね。
「わかります。日本語お上手ですね」
「日本語? 」
耳がピコンと立った。
これ、どうやって動かしてるのかな?ロボ耳みたいな感じかな。実は高性能みたいな。
「あの、ここは? 私どうして……」
昨日どうしたんだっけ? と自分の行動を思い返す。
飲み会でお持ち帰りされた(されたことないけど)とか……じゃないな、アルコールを飲んだ記憶もなければ、こんなイケメンがいた飲み会に参加した記憶もない。いつも通り終電ギリギリまで仕事して、滑り込みセーフで電車に飛び乗ったっけ。珍しく途中から座れて爆睡して乗り過ごしたんだった。
で、歩いて帰ろうとしたら……竜巻だ! まさかの竜巻に遭遇してって、そんな訳ないよね。竜巻に巻き込まれて生きている訳ないし、あれはきっと電車で寝た時の夢だ!
「空から降ってきたんだ」
「は? 」
「空から降ってきて、あの木に引っかかったから下ろしたんだよ」
男は、ベッド横の窓から見える大木を指差した。
「は? 」
「串刺しにならないで良かったね。カサーギは獲物を木の枝に刺して保存するんだ。あいつらは子供の肉が大好物だからね」
串刺し? 獲物? 子供?
私がキョトンとしていると、男は私の頭をガシガシ撫でた。
「カサーギに襲われて連れ去られたんだろ? 頭上に影ができたら気をつけろって習わなかった? 君は運が良かった。運ぶ途中で落とすなんて、ずいぶん鈍臭いカサーギだったんだな。しかもたまたまあの木があったから助かったんだ。直に地面に落ちてたら、それだけでアウトだよ。しかも生い茂った葉の間に落ちたから、上からも見つけられなかったんだろ。上空にいたカサーギはそのまま飛んで行ったみたいだったし」
カサーギとはなんぞや?
しかも、あの高い木の、さらに上空から私は降ってきたらしい。カサーギという物体に襲われた記憶はないから、たまたま私が降ってきた近くにそのカサーギとやらがいたんだろうけど……。なら、なぜ私は空から落ちてきたのか。
竜巻。
あれは夢じゃなかったのか!?
ノホホンと夢だと思っていたことが現実だったと思い知り、私は今更ながらにの恐怖で身体が震えた。普通なら死んでるからね。今生きてるのが奇跡で、世界○ホニャララに出れるレベルだよ。
「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だから」
男はベッドサイドに腰掛け、私をハグして背中をトントンとあやした。
いきなり眼前に現れた固い胸板に、少し高めの体温、フワリと香るグリンノートのような爽やかな香り。ヤバイ!私、今、イケメンに抱きしめられてる?!
イッキに恐怖なんか吹っ飛んだ。
彼氏いない歴=年齢でございます! 男性に免疫なんかございませんからァァァッ!!
多分、頭から湯気が出てると思うよ。よく漫画で赤くなって湯気出てるやつ。過剰表現かと思いきや、あれ地で出来るんだ。ビックリ。
「あ、ほらカサーギがとまった」
男の声に、自然と視線が窓へ行く。
さっきの大木のテッペンに、巨大な鳥……じゃないな、あれ、あれは?!
カサーギと言われた物体が大きな翼(翼全長7メートルくらい)を広げてギチギチ鳴いた。
プテラノドン?!
実際にお目にかかったことないけど、図鑑などで見覚えのある恐竜に似た姿の生き物がそこにはいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます