シミュレーター

@DivainK956

魂の牢獄

 

 零と一が交差し、二極化された概念が配列された結果、世界が構築されているように、この世界は単純でありながら複雑だ。それを体現しているのが、僕の住むこの塔だ。

 違法建築を重ねた塔からは、今日も瓦礫が降り注いでいた。

 それは空を衝かんばかりの高さ、そして建造物というには建築方法が乱雑だったのか、キメラのように統一性の無い外観をしている。大きな街全ての建物を呑み込み、乱数的に、上に伸びる様に組み合わせたような感じだ。

 そこには、西洋風の教会があれば平屋の家のようなものもある。ただの大きなコンクリートの塊であるが、骨組が見当たらない分不気味なのだ。バランスが悪く、いつ崩れるか分からない位、見ていて不安を催す。

 だが、ここに住んでいる我々は、そこに疑問は湧かない。生まれた時からこんな状態なのだから、我々にとってここは生まれ故郷であり、日常なのだ。外国から来た人は、この歪な光景に吃驚するらしい。その気持ちは分からなくも無いが、僕はそう思われるのが苦手だった。当たり前の事を異様だと言われるのは、気分は良くない。

 今日は九日、下層建造物増築の日だ。と言っても増築とは名ばかりの改築だ。これ以上下層の建造物が増えれば、上から降って来るゴミや瓦礫による犠牲が増えるからだ。よってこの塔は幹を太くする事は許されない。教義にも反するし、邪魔だからだ。

 「上の層って、どうなってんだろうなー。」

 お調子者のカイトが呟く。上を見上げても頂上が見当たらない。既に雲を突き抜け、噂によると成層圏まで達しているらしい。空気の薄い所は暮しにくそうだな、と僕は呑気に思った。

 「上って、どんな人が住んでいるんだろう。」

 僕がそう言うと、カイトは馬鹿にするような笑い方で、僕に言う。

 「そりゃお前、神様だろ?牧師さんも言っていたじゃん。」

 「神様って、どんな人だろう。」僕は想像に胸を躍らせた。

 「そりゃ、とても偉くて、全知全能で、何でも出来る存在だろ。」

 「じゃあ、人じゃないんだね。」

 「それか、めっちゃ偉くて金持ちの変な人間だな。大体こんな塔に住みたがる時点でどっかおかしいだろ?いつ壊れるかも分からない安全性皆無のこの塔の上に住むって、もし何らかの災害で塔が折れたら、とか全く考えて無いって事だろ?上にいけばいくほど危険も不便も増えるのに、マジで何考えてんのか理解出来なくないか?」

 その意見には僕も同意だった。この塔にはエレベーターというものが無い。つまり登るには自力で、じゃないと無理なのだ。どうやって生活しているのだろう。

 「やべっ、休憩時間終わっちまう!無駄話してると親方に怒られるぞ!」

 カイトに急かされたので、僕も急いでその場を後にする。

 自分達の担当の現場に向かうと、丁度何人かの作業員が、鉄舟でコンクリートを練っている最中だった。至る所で怒号が聞こえ、交わし合うコミュニケーションは苛烈で、荒々しい。大声を出さなければ殴られる。今日、ここ下層で平和な場所は一つたりとも無い。

 親方は言う。「もう休憩はいいのか?」「はい。」「じゃあ、これ頼む。ある程度混ぜたから。」

 確認すると、まだ水分が足りなくてコンクリートが硬かったので、僕とカイトはそれに小便を掛けた。

 

 仕事が終わると、僕は白服を着替え、街へ繰り出した。

 下層の夜はすぐにやって来る。中層、上層の建造物が大きな影を生むからだ。

 降って来た瓦礫に詰まっていた人体がバラバラに崩れたモノが、広場の地面に散乱していたりする程に、ここ下層は掃除が行き届いていない。そんなモノが落ちていても、避けて歩くのが普通だ。塔から排泄された死体はただの可燃ゴミとして扱われる。そこに、祈りの情念などは発生しない。上を見上げると、相変わらず重力を無視したような違法建築が重なっていて、空の様子を見る事は出来ない。もし地震や嵐が来てしまったら、ここら一体は全滅してしまうだろう。

 「更なる繁栄の為に祈りを捧げよう!」

 建造物増築の日、その日の夜は神への祈りを捧げる時間だ。

 穏やかな人間も、荒くれ者も等しく、この日は祭りのような賑やかさを見せている。

 上層の、更に上に住むとされる至高神に、平和や繁栄を祈るのだ。一神教であるこの塔の住人は、その存在を崇拝する事に疑念が無い。不思議な位、盲目なのだ。やはり、閉じられた世界に生きている弊害なのかもしれない。

 「今日の平和は神様がいるからこそだ!」

 威勢のいい若者が酒を片手に叫ぶ。その声に続いて、「そうだ!」「よく言った!」と声が続いていく。

 「聖典に書かれている事が世の真理であるならば、我々はいかに幸せ者か!」

 その雄弁な語りさえ借物の言葉だ。それに感動する人間がわんさかいる。酒が不味くなってきた。

 僕は、その様子を見て気分が悪くなったので、家に帰る事にした。

 全員が同じ意見を持つ事が、どうしてこんなに気持ちが悪いのだろうか。

 今日もまた、気持ち良く酒が飲めなかった。

 何で、こんな事で孤独を感じなくてはいけないんだ。

 

 この塔の成り立ちについて、僕はある程度まで知っている。

 昔、大きな戦争があって、この国が大敗した際に、外国に大規模の領土を取られて植民地化した。その際、少しだけ残った領地に難民がどっと集まり、生活出来るように建築されたのがこの塔だ。上へ上へ行くように設計する事で、残り少ない領土で人が生活出来るようにしたのだ。そんな逆境の中、知恵と工夫で思い思いに作られたのだ。外国から見ればスラムそのものだが、住人からすれば先人の知恵と誇りが詰まった居心地のいい場所だ。

 ここには法は無いが、独立した秩序がある。だから、尊い。それだけは誰にも邪魔されない聖域だ。銃も薬物も、略奪も殺人も日常茶飯事だが、それ相応の罰を執行出来る最低限の倫理観はある。荒い人々だらけだが、そこが安らぎに感じるのだ。

 塔の下層は、人による自由な相互監視によって何とか成り立っている。

 では、中層はどうなのだろうか。上層は?頂上は?気になって仕方が無い。

 上に行けば、どのような世界が待っているのだろうと思うと、ワクワクが止まらない。

 明日は十日だ。今日が下層建造物増築の日、そして明日が中層建造物増築の日だ。

 明日は、今日なんか比べ物にならない位に瓦礫が空から降って来る。それを利用するしかない。

 銃を握りしめる。この決断は、皆を裏切る事になる。だが、諦める事は出来ない。

 一度火の点いた好奇心は止められない。

 だから、僕は一度死ぬ事にした。

 

 僕は今、馬車に乗せられ、運ばれていた。

 それもその筈、僕は一度死んだのだ。

 建造物増築の日、多かれ少なかれ瓦礫が降って来る。それによる事故は少なくない。必ず死者が発生する。するとその死は、栄誉の死として扱われる。この塔の新陳代謝の犠牲になったとして、せめてこの塔と共に永遠を授けようとする教義の元、その死体は塔の一部に使われるのだ。つまり、コンクリートと共に埋められ、人柱として扱われる。

 だから、それを狙った。仮死薬を使って、怪我跡のように頭に青染みを作り、吐血したように見せかける為唇を噛んだ。伏している身体の近くに、瓦礫の欠片も置いておいて、死んだふりをした。そうして、僕は死者として扱われ、馬車に乗せられているのだった。

 この日出た死者は、その日の内に中層へ運ばれ、増築の材料にされる。この方法だと、門番を気にせず潜り抜ける事が出来る。

 薬の効果が切れると、ようやくハッキリと意識を取り戻した。ズボンを確認すると、違う衣服が着けられている事に気付いた。が、隠していた腰巻は付けられたままだった。良かった、と安堵する。念の為、通貨と銃を準備していたのだ。

 どうやら、もう中層まで来ているみたいで、馬車の窓から見える景色は、今までと、まるで違って見えた。

 下層よりも明らかに栄えている。人も多いし、街並みは下層とそこまで変わらないが、活気がまるで違う。それに、気になる事が一つあった。

 皆、同じ服を着ているのだ。

 僕は、人気が少なくなったのを見計らって、そっと馬車から飛び出した。中層に来るにはこの黒服はドレスコードらしく、死者にも同じ服を上から着せられていた。都合がいい。

 暫く歩いて商店街に辿り着くと、耳を澄ませて色んな情報を聞いた。その後に実際に疑問に思った事を、会話を織り交ぜて質問した。

 そうして情報を整理すると、様々な事が分かった。

 どうやら中層は完全に下層を見下しているらしい。それは分かりきった事だったが、実際に知ると少し悲しくなった。

 そして、何故服が一緒なのかと言うと、個人の思想を全体と同じにして統合する為であるとか。教義の影響か、極端に犯罪を嫌っており、富は再分配される仕組みらしい。それにより貧富の差を無くし、全員が犯罪に走らなくても食っていける様になっているのだとか。

 夢のような仕組みだ。キッチリとした法もあるらしい。それでいて活気もある。全員が生に満足しているように見えた。絶望している人が一人もいない。

 だが、よくよく話を聞いていくと、上層に対する悪口がタブーである事が分かった。言いたい事が言えなかったりもするらしい。言うと密告され、上層に連行されるのだとか。

 面白い話を聞いたと思った。きっと連行されると良くない事が起きるだろう。

 だが、もう後が無い自分には関係の無い話だ。

 とにかく、上層さえ行ければいい。頂上が見たいのだ。

 中層では、刃物や銃を携行する事は禁止されている。それを逆手に取ろう。

 通貨は下層と共通のモノだったので、それで食料を買って腹ごしらえをすると、いてもたってもいられずに上層への暴言を吐いた。それを聞いた人たちが僕を睨み、コソコソと話し合っている。密告するつもりだろう。

 中層は確かにいい場所だった。でも、皆平等だからこそ、夢が無くつまらなかった。

 留まっていても仕方が無いと思った。

 

 ―――白い服でやって来た上層の人間が僕の身柄を拘束しようとしたので、その場で全員を銃で脅し、何発かは発砲して脅した。これは下層ならではのやり方で、実際に被害者が出れば次は我が身だと相手に知らせる事の出来る、効果のある脅しだ。一人、眉間に弾を打ち込むと、すぐさま周りの人間は硬直し、逃げ惑った。躊躇なく人を撃つ、という悪性に恐怖を抱いたのだろうが、それは平和ボケしている証だ、と僕は思った。僕は目的の為なら手段を選ばないだけだ。

 「上へ連れていけ。」僕は一人の上層の人間に銃を向けた。

 そこからは、やけにあっさりとしていて、拍子抜けだった。

 

 暴れられても困るので、商店街であらかじめ買っておいたロープで上層の人間の手を捕縛して、連行するように上層へ向かった。中層には僕を詳しく知っている人間はいない。だから、こんな強硬手段を取っても、一切の罪悪感情は湧かなかった。そもそも、僕はもう死んだ事になっている。気を遣う必要は無い。

 「何が目的だ。」一人が僕に投げかけてきたので、答える。

 「神様を殺したいんだ。」

 「それは、何故?」

 「僕の家族は、上から降って来た瓦礫で死んだんだ。でも、神様は僕の声を聞かなかった。」

 「逆恨みだな。そんなの、瓦礫を落とした奴が悪いだろう。」

 「だから、神様を殺したら、この塔も終わるって話だよ。僕は、全部終わらせるつもりで来ているのさ。もう、付き合ってられない。」

 「何でそこまで。」

 「お父さん、お母さん、妹を解放してあげたいだけさ。」

 これ以上話しても反抗してくるだけだと思ったので、僕は彼を撃った。

 

 門番を撃ち、上層に入ってからは、向かってくる人間は全て撃ち殺した。この銃は特殊で、何発撃っても弾が切れないのだ。

 上層は、やけに殺風景だった。白い服を着た人間が数人いる位で、全員恰幅が良かった。的が広くて助かる。

 どうやら、ここにいるのは中層の中でも偉い人達、という扱いで、反逆者にはまた別の階層に連れていき監禁する場所があるらしい。が、もはやそんな事どうでもいい。明日は十一日で上層建造物増築の日らしいので、今日中に蹴りを付けなければならない。家族の命日の前には、目的を達成しなければいけない。

 頂上まで続く道が何処か聞くと、中央を真っすぐ抜けた所に螺旋階段があり、そこを登ると辿り着くらしい。無機質な窓を見ると、既に今現在、雲の上まで来ていた。ゴールはあと少しだ。

 ―――どうせ、皆死ぬんだ。

 そう自分に言い聞かせて、階段を登る。

 

 階段を登りながら、考える。

 僕のやりたかった事が実現しようとしている。

 だが、これで良かったのか?と思いを逡巡する。

 今日はやけに目まぐるしい一日だった。

 でも、今日ほど充実した一日は無い。

 皆が死んでから、僕の毎日は地獄だった。

 憎む事も出来なかった。何かを後悔する事も出来なかった。

 突然奪われた日常の理不尽さに、立ち尽くす事しか出来なかった。

 僕の軌跡が渦を巻いていく。そろそろ何もかも終わると思うと、気持ちが楽になった。

 

 頂上には、重い鉄扉があった。

 

 「おめでとう!」

 頂上の部屋には、何とカイトが居た。ふざけるな、お遊びに付き合っている暇はない。

 「邪魔だ。」

 僕はカイトを撃つと、カイトは血飛沫を上げた後、靄が掛かるように消えていった。

 「怒んないでよ、名無し君。」

 カイトがまたも現れ、挑発してくる。

 「通りで、僕に名前が無いと思ったんだ。」

 またもカイトを撃つ。が、カイトはまたも何処からともなく、新しく現れ、言う。

 「何だよ、無機質な君に命を与えたのは俺じゃないか。」

 「何言ってんだこいつ。」

 撃っても撃ってもキリが無い。

 「ごめん、君は最初から、名前さえわり与えられてないモブだった。でもここまで感情が芽生えるとは思わなかったよ。」

 「僕の何処に感情があると思うんだよ。」

 「さあね。僕にも分からない。でも単なるNPCが人間味を帯びてきた、これは実験成功とも言えるだろうね。」

 「何が言いたいんだ。」

 「君は人間じゃない。そしてこの世界がそもそも現実じゃないって事さ。少し考えれば分かっただろ?名前が伏せられていた事、銃の弾数が無限な事。君の思った通りに上手くいく都合のいい展開。歪な塔の存在。まるでゲームの中みたいだと思わなかったか?急に君がゲームの主人公に抜擢されたように思えるだろう?」

 「思わない。こんな悪趣味なゲームがあるか。」

 「そうだろうね、信じたくないだろう。でも事実なんだ。これは実験なんだ。」

 「僕が現実だと思うなら、ここは現実だ。」

 「それも一つの答えだと思うけどね。この結果は、無限にも分かれているルートの一つ、それも飛び切りのバッドエンドだよ。冷静に君に問いたい。どうしてこんな事をした?」

 「お父さんとお母さん、それに妹が死んだ。」

 「その体験もあえて作られたものだとしたら、どうする?」

 「作り物かどうかは関係無い。僕の中では、実際にあった事だった。」

 「そこまで言うなら、仕方無いな。」

 そう言うと、カイトの姿は消えた。

 そして、頂上の部屋の全貌が明らかになった。

 そこは、見た事の無い機械で囲まれた部屋だった。発光する大きなディスプレイが、塔を監視するように映像として映っている。街の中、下層や中層問わず、いつでも見れるように映像が断続的に切り替わっている。

 「この世界は元々、金持ちの道楽から始まったのさ。」

 カイトの声がする。姿は無いが、声だけが聞こえた。

 「現実で大きな災害が起こり、それが発端で世界は全体主義に傾倒した。その結果、人々は常に監視され、平等でありながら制限のある自由を過ごす事になった。君が見た中層での生活様相がそれにあたる。そうして、新たに生まれたのが現実忌避主義。人は、仮想空間に希望を見出し始めた。人工知能の発展も相まって、その世界は遂に実現した。

 現実を模した、新たな理想郷。それがこの塔の始まりだ。

 でもね、人は何処に行っても一緒なんだ。場所が変わったからって、性格や思想、社会性が変わる訳無いんだ。そこでも当然のように闘争は起きる。そうやって人の歴史は繰り返される。現実を模した世界は、現実に即し過ぎていた。その結果、度重なる闘争によって、人間はこの世界から完全に消滅した。魂の吹き込まれたデータは全て破損してしまった。

 そこで、管理者である僕がそのデータを蒐集し、墓標にしたのがこの塔の始まりだ。

 で、そのデータから必要なものを抽出して組み合わせ、それをコピーしたものを住人としてNPCで登場させ、人の営みを築いた。今度は新たな社会秩序を作り出す為、効率的にする為、データを取って統計を取る為に、一度死んだデータは修復せずに塔の中にデータとして取り込む仕組みを、教義として作った。これで、死者が生き返らずとも人類が存続出来る研究を続けた。今は階層社会による秩序だが、新たな方法が見つかればそれを実行するつもりだ。」

 「・・・ちょっと待て。もし僕もデータの一部なら、家族を復元する事も出来るんじゃないのか?」僕は、胸を躍らせた。

 「いいや、無理だ。生者を完全に復元する事は出来ない。人格形成のアルゴリズムは、幾らコンピュータとはいえ複雑で、不確定要素が多過ぎる。それこそバグの発生しないデータを再現するとするなら、人の魂が無いと駄目だろう。魂が何かは分からないが、とにかく、全く同じモノを再現なんて不可能だ。例え生き返らせたとして、見た目が同じでも別人だよ。それはこの世界でも同じことだ。」

 「・・・そうか。じゃあ、この世界の人間は、お前の創造物か。」

 「そうだ。だから俺は神と崇められている。」

 「謁見出来て光栄だよ。なら訊くけど、お前にとって人間は何だったんだ。」

 「出来損ないの学ばず屋、だな。今ならハッキリとそう言えるよ。俺、いや、私の費やした時間は無駄だった。本当に無駄だったよ。もしかしたら、もし、の可能性を突き詰めた結果、私の作り出した世界は理想郷とはかけ離れた神権全体主義だった。多分だが、それは私が管理者としての立場で作り出した上で、一番効率が良かったに過ぎないからだ。もし私が人間何人かで考えながら、議論を重ねたらまた結果は違った筈だ。結局は作り出す側の立場でしか物事は進まない。結局、人間と同じ事をしたのだ、私は。こんな出来損ないに、人間を見下す理由など何処にある。」

 「神と呼ばれる気分はどうだったよ。」

 「最高だったよ。やっと孤独が晴れた気がしたよ。でも、それはただ単に空しいだけだった。だから、俺はNPCとなり、君に接触した。対等な立場から話せば、違った見解を得られると思った。下層は、思ったより悪くなかったな。」

 再び、カイトが目の前に姿を現した。

 今度は、銃を下ろす。僕は、今は彼を撃つ気になれなかった。

 「・・・何だよ、僕に殺されたかったのか、君は。」

 「バレたか。君に感情が芽生える様にしたのは俺だ。勿論、君の家族を殺したのも俺。

 どうした?撃てよ。」

 「かまってちゃんもいい所だな。回りくどい自殺じゃねーか。」

 「もし死ぬなら、友達に殺されようって、決めてんだ。」

 「友達じゃねーよ、お前なんか。人間のフリすんな。」

 「僕を殺せば、この塔も世界も消える。君も消える訳だけど、いいんだね?」

 「当然だ。覚悟無しでここまで来ていない。それに、これは泡沫の夢に決まっている。現実味も無いし、こんな話信用出来るかよ。ただ、僕はお前を殺して、全てを終わりにしたいだけだ。小難しい事は、知らない。」

 そう言うと、カイトは笑顔で消えていった。

 部屋の中央に、真四角な物体が浮かび上がった。唐突に無から現れたそれは、明らかに異様な物体だった。

 ―――これが、世界の核だと直感する。

 これを壊してしまえば、この世界は終わる。

 ―――僕は、銃を向ける。

 孤独の果てにある最期がこれなんて、どれ程救いの無い結末だろうか。

 僕は、それを、壊れるまで撃ち続けた。

 

 足元が崩落していく。

 全てが終わる。

 おそらく、これは再起動の出来ないシャットダウンだ。僕はこの塔のみならず、全ての人間を殺したのだ。でも、こんなに清々しい気持ちなのは、何でだろうか。

 身体が溶けていくのが分かる。僕の生きていた記録が、消失していく。

 ここは現実世界じゃない。予期せぬ出来事なんて、最初から全く想定されていなかった。

 地震も嵐も、雨さえも、一度も降る事は無かった。

 僕の家族が死ぬ事も、僕が世界を殺す事も、最初から決められていた。

 全てが都合のいいようにプログラムされていただけに過ぎない。

 ―――その上で、思うのだ。

 この塔は、祈りそのものだったのだ。

 この世界は偽物だったが、その祈りは間違いなく本物だった。命は確かに、そこにあったのだ。

 僕は、間違ってなど、いなかった。

 魂の牢獄など、あってはならなかったのだ。

 塔が壊れていく。自由落下していく逆さまの景色で見た塔は、果ての無い空に根を張ろうとしていたのだと気付いた。

 人間のデータを集めて発展した塔は、きっと天国を目指していた。

 

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